8.アリエス登場
アリエス・ゼルフィ・グロース。26歳。バツ2子持ち。
周りから「恋多きアリエス」と称される、ゼルフィ王国の若き国王である。
「この度の歓迎、心より感謝する」
アリエスはこの世ならざる美貌に、華の咲きこぼれるかの如き笑みを浮かべ、翡翠の瞳でこちらを見据える。
さらさらと流れる白銀の髪に、宝石の煌めきを纏った緑の瞳。
シュルツの美貌もまた飛び抜けてはいるが、目の前の男の、淑やかな優美と絢爛な華やかさの前には若干の遅れを取るだろうか。
あれから二週間。俺ことカネナリユウマは、このヴェイルセルの城の一等豪奢な応接室にて、隣国の王アリエスと向かい合っている。
「それで、シュルツ王子はいつ此方に」
「午前の会談は、王子に代わりこの私めがお相手を仕ります」
ふと部屋の温度が下がる心地を覚え、小さく身震いする。
アリエスは美しい顔に浮かべた微笑みを崩す事なく、桜色の唇を開いた。
「敬語、崩しても良いかな」
「……は、い」
「とりあえず、シュルツ呼んで来て貰える?」
「王子は、この後の食事会からの参加になると」
「ハァ〜〜こんな事を今、君に言ってもしょうがないと思うけど」
「…………」
「一国の王である俺が、わざわざ時間を作って此処に来てるというのに。肝心の王子本人が居ないとはどういう了見だ? ひょっとして俺のこと舐めてる?」
軽薄な物言いだが、その目は一切笑ってなどいない。
彼の言うことは最もだ。当然予想していた反応だが、目前から感じる重厚なプレッシャーに胸が押し潰される心地を覚える。覚悟を決め、あらかじめ用意していた言葉を述べる。
「一つ、訂正を。シュルツ王子は不在ですが、私は「第一王子」たる彼の権限を今譲り受けている。この場において、私の言葉は王子自身の言葉。神と祖の名に置いて『シュルツ・ヴァリエ・ローエン』が此処に誓います」
そう言って、重く分厚い羊皮紙の上に記された文を、アリエスの方へとかざす。
王子と自身の直筆。古レムール文字で書かれたその文面は、今この場所、アリエス王との会談の時間においてのみ。シュルツの立場と権限を俺に委譲するという内容だ。
署名にはヴァリエ王家の金印とシュルツの血判が押されている。古くから続く公文書の形式に則った記し方である。
アリエスはぽかんとした顔で、自身と文書を交互に見やり。次の瞬間大口を開けてその場で笑い転げた。
「ワハハハハ! マ、マジかあいつ……! ハハハッ、本当に書いてある。「神と祖の名において」……破れば聖教会からの破門、特権身分の剥奪。滅多に使われない誓約文だぞ。一体、どんな脅しをして書かせたんだ……!」
息も絶え絶えに、アリエスは腹を抱えながら俺に問う。
「あー……その、お恥ずかしながら。色仕掛けといいますか」
実際はその全く逆なのだが。
その回答がまたアリエスのツボに入ったらしく、ヒィーと引き笑いを漏らしながら机に突っ伏していた。
先ほどの非礼を誤魔化せそうな雰囲気に、内心でホッと息を吐く。最も、上手くいかない場合も想定のうちではあった。
他国の王へ非礼を働くという大失態、シュルツの王候補としての評判を落とすには悪くない選択だ。
アリエスは奔放な王でこそあるものの、けして直情的な性格ではないという。彼の心象を悪くしたことで、両国の戦争など致命的な結末に陥ることはまずないと、シュルツからのお墨付きを得てはいた。それでも、やはり余計な火種は生まないに越したことはない。
「ハハ、ハァ……分かった! 祖の誓約を持ち出されたからには、こちらも態度を改めるべきだろう。ハァ……異世界の邦人ユウマよ。貴殿をシュルツ王子の正式な代理人として認めよう。それでは早速、本題に入っていくとしようか」
アリエスは目尻に溜まった涙を拭った後。居住まいを正して、再びこちらへと向き合う。
会談で話す内容や、契約に必要な手続きなどは一通り頭に入っている。まだまだ気は抜けないと、一つ深呼吸をして俺もまた背筋を正し、美しき隣国の王の顔を見据えた。




