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5.ありがとう異世界



「ようこそ、シュルツ様」


 自室として与えられた広い部屋の中。俺の目の前には、ぶすっとした仏頂面の美しくも陰鬱な大男の姿。


 さて、どう話を切り出したものか。

 あの後ハラルドとリオナの頑張りが実を結んだのだろう。従者に連れられシュルツは俺と二人、初めてこの部屋を訪れる。


「とりあえず座りましょうか」


 そう言って俺は部屋に備え付けられた、一脚の大きく豪華なソファを手で示す。


「私は立ったままで良い」


 良い訳ないだろうが。埒が開かず、シュルツを導くためその手を取ろうとすると、彼はびくりと体を震わせこちらの手を弾いた。


「っいて」

「……! すまない。どこか怪我は」

「あー……いや、大丈夫です。こちらこそ、不躾に触ろうとしてすみません」


 弾かれた手を摩りながら、引き攣った笑みを浮かべる。


 ああ、これはもう駄目そうだな。

 そう判断し、手短に切り出すべく口を開く。


「シュルツ様、無理して俺を伴侶にする必要はありませんよ」

「……」

「あなたは自分が、心から良いと思える相手と結ばれるべきだ。俺は……元の世界に戻して貰えるのが一番ですが、無理なら良いです。自分で何とかするので」


 実際何とか出来るかは分からないが、それを彼に言っても仕方ない。最悪ハラルドさんに頼もう。

 そんなことを考えていると、シュルツが長い沈黙を破り言葉を紡いだ。


「触っても、良いか」


 唐突な言葉に驚くも、断る理由はないので頷く。

 彼はゆっくりと手を伸ばし、こちらの肩に触れる。そのまま体を支えつつソファのほうへと歩みを進め、俺をそこに座らせた。


 立ったままこちらを見下ろす男の姿。普段もそうだが、こうしているとより彼の並外れた体の大きさと異様さを実感する。


「私の話を聞いてほしい」


 なら尚更隣に座ったらどうかと、そう言える雰囲気ではなかった。自身に向けられる青灰色の瞳を見つめ返しながら、一つ頷く。


「エクスという弟がいる。私よりずっと才のある男だ。私は、彼こそが次の王になるべきだと思ってる」


 エクス・ヴァリエ・ランバル。この国に来て、名前だけは何度か聞いたことがある。ヴァリエ王国の第二王子にして、シュルツの腹違いの弟。彼と王位を争う相手の名だ。


「彼は私よりもずっと勇敢で、精力的だ。弁も立つ。土魔法もロクに扱えない私と違い、風魔法の達人で、今も国中を周り魔物や外敵との戦いに身を投じている」

「だから、自分は王を目指すべきでないと」

「ただ長子として産まれた故に、周りは私を王に推しているが……それが正しいこととは思えない」


 どうだろう。彼を推すハラルドやリオナの様子を見るに、単に長子だからシュルツを王にと言ってる訳ではないと思うが。


「……俺が今あなたの伴侶になれば、弟が王になる道は遠のく。だから俺を避けていたということで、合ってますか?」

「そうだ」


 出来れば当たって欲しくなかった予想が、当たった。彼が王となることに対し乗り気でないのは、日頃の言動から見て取れる。しかし。


「あまり良いやり方とはいえないですね」

「……そうだな。何よりユウマにも迷惑をかけた。中途半端な状況のまま、お前を放って不安にさせてしまい、すまなかった」


 一応、申し訳なく思う気持ちはあったのか。微かに眉を下げ、謝罪の言葉を述べる美丈夫を前に、小さく息を吐く。


「秘密裏に、俺をどこかに隠すなり逃すなりすれば良い。ただ城において、いつまでも避け続けたところで周りは黙ってない」

「分かっている」

「……あなたは優しい人なんですね、シュルツ王子。分かっていて、それでも俺の気持ちを考えて踏ん切りが付かなかった。でも俺はもう良いんです。全てあなたの指示に従います」


 思っていたより悪い状況だが、もう仕方ない。


 ただ俺が気に入らないから結婚したくない。それなら話は早かったが、シュルツは明確に王位を拒んでいる。そうなれば、王位争いの種になる自身をただ放っておくわけにもいかないだろう。


 今俺が言ったよう、最悪身柄を拘束されるか。良くて監視付きで、人目の付かない場所での暮らしを強いられるか。あまり幸先の良い未来とはいえない。


「ユウマ」


 シュルツが、自らの前に膝をつきこちらの手を取る。涼やかな青灰色の瞳が、真正面からこちらを見据える様に息を呑む。ああ、本当にこの男は顔が良い。


「王位継承の儀は、最短でも四ヶ月後の建国祭に行われるだろう。そこで私は自らの王位継承権を放棄し、弟を王にする。その後は……」

「はい」

「正式に、お前を私の伴侶として迎え入れたい」

「……はい?」


 一瞬、何を言われてるのか理解ができなかった。


 自身の手を丸ごと包む、大きく皮膚の硬い手のひら。じんわりと汗で湿っていて、目の前の男の緊張がありありと伝わってきた。


「私は見ての通り情けない男だ。それでも、もしユウマが嫌でなければ共にこの城で暮らしたい。私は臣下の一人として、弟の傍でこの国を支えようと思っている。上手く、やってみせるとも。結婚した後もお前に不自由ははさせない」

「あの、ちょっと、待って」


 思ってもみない展開に、頭が上手く追いついてなかった。


「……え、な、何で?」


 率直な感想である。だって全然そんな素振りもなかった。てっきり嫌われてるのだと思い込んでいた。俺を伴侶にするなんざ御免だと、ずっとそんな態度だったじゃないか。


「私は、あまり腹芸が得意ではない。お前とまともに関われば、顔や態度に出てしまうと思い避け続けていたが」


 シュルツの額に、玉のような汗が滲む。磁器のように白い肌がほのかな薄赤を帯びて、目の前の男の感情が昂っているのが分かった。


「一目見た時からずっとユウマに惚れていた。先ほど、私が良いと思った相手を伴侶にといっていたが、それなら私はただお前一人が良い。どうか、私を受け入れてくれないか」


 それはストレートな愛の告白だった。待って、本当に。心の準備ができてない。


 俺は同性愛者だが、相手は誰だって言いわけじゃない。

 じゃあ目の前の男はどうなのかと、自身の胸に問いかけた時。



 

「…………お、俺も。初めて会った時からずっとシュルツ様のことが気になってて、ウゥ、一目惚れでしたぁ。こんな、ふつつかなオジサンですけれども、どうぞよろしくお願いします」


 

 喜びなのか、安堵なのか。今まで抑圧されてきた恋情と、言葉にできない感情が涙となって零れ落ちる。ああ、歳をとると涙脆くなってダメだ。


 カネナリユウマ。33歳。召喚された異世界で、このデカくて顔が良い第一王子と晴れて両思いであることが今発覚した。

 

 ありがとう異世界召喚。ありがとうファンタジー。俺、この世界で幸せになります。



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