41. 死地再び2
シェルフ山岳山頂。目標に近付くにつれ精度の増すダミアンの刻印が示すのは、今まさに魔物と人の血飛沫が飛び交い地を濡らす苛烈な戦場であった。
「……どうする、一度中腹で降りて体勢を整えるか」
「そちらにも魔物の群れが……ああ、これはひどい。異常繁殖にせよ、何故あれほどの規模になるまで放置していたのか」
馬車の外を覗き込むと、そこには山地に転々と散らばる赤。よく見れば大型のトカゲに類似した姿をしている。
「すでに先遣隊がキャンプを張っているはず。あそこか」
山頂よりやや下にある拠点。魔物避けの結界が張り巡らされたそこに馬車を停める。
「ロミアス殿、ダミアン殿! 増援に来てくれたのか、かたじけない。後ろに居るのは……っえ! ユ、ユウマ様まで!?」
「ラケシス殿。ここにシュルツ殿下はお見えか」
「あ、あぁ……シュルツ殿下はエクス殿下と共に戦場へ。いやはや、兄弟揃って全く勇ましいことで」
エクス!? ここに来て意外な名前に驚くも、ロミアスとダミアンは目配せをした後こちらの腕を取る。
「ラケシス殿。我々三人はシュルツ殿下と合流します。それでよろしいか」
「ええ。グリフォンはすでに半数討伐済み。知能持ちも確認されず、現在は各個撃破で各々が自由に動いています。ですので……どうか流れ弾にはお気をつけを。戦力上は我々が優勢ですが、前線は以前混戦状態です」
ラケシスの忠告を受け取り、俺たちは三人で山頂へと向かう。移動する最中、今自身が使える中で比較的戦闘に向きそうな呪文を詠唱し、魔力を練り上げる。
山頂に出ると、そこはラケシスの言う通り混沌とした状況であった。地を這う赤い大型のトカゲが、グリフォンのかぎ爪に捕らえられた瞬間を狙い、魔法が空を舞う魔物の胴体を直撃する。空飛ぶグリフォンに向け水の矢を飛ばし撃ち落とそうとする者もいれば、大型トカゲが今にも腰の抜けそうな若い兵士を追いかけ回している。
この乱戦の真っ只中に、シュルツの姿は……いた!
「シュルツ様!」
反射的に駆け出す刹那、自身の右隣でガシャァンと硝子のようなものが砕け散る音。驚いてそちらを見ると、地面には大小様々な氷の破片がいくつも散らばっていた。
「流れ弾には気を付けたまえよ、異邦人殿」
いやに聞き覚えのある、小鳥のさえずりにもにた響きを持つ大人の男の声色。
ロミアスが右前に進み出て、短杖を構えたまま見たことのないような鋭く険しい目つきをその男に向けている。
視線の先にはエクスがいた。たなびく黄金の髪。漆黒の羽根と胴を持つ馬に跨り、その手には華美な装飾の短い杖が握られている。
「エクス殿下」
「不敬であるぞロミアス。ここは戦場だ。己の身一つ守れぬひよっ子一人、どうなろうがそやつの自業自得だ。なぁ兄上殿!」
エクスが声を張り上げる。グリフォンと大トカゲの攻撃に対し、魔法で土の壁を召喚し応戦していた想い人の顔が、こちらを向いた。
「ユウマ!」
シュルツの側にいた大トカゲが、見えない壁の様な圧に弾き飛ばされ吹き飛ぶ。
杖を構えたダミアンが「ロミアス!」と声を上げると同時、彼らは俺を挟んで向かい合わせの体勢を取る。
「エクス殿下! どうかここは我らに任せ、貴殿は上空のグリフォンのお相手を」
「私に指図をするなダミアン! ……だがまぁ、良い。兄上のお守りにもそろそろ飽いた頃合いだ。ここは一気にカタをつけるとしよう」
そう言うとエクスは馬の手綱を引いて旋回し、二匹のグリフォンが舞う方向へと飛び去る。
周囲には大トカゲと応戦するまばらな兵達。グリフォン相手に連携した動きで魔法を当てる貴族らの姿。幸いにも敵の攻撃は単調で、これなら何とかなりそうな気もする。
「シュルツ様! こちらに……!」
シュルツは、横目にダミアンが杖を構えているのを確認した後こちらへと駆け出す。案の定、ずるずると彼のほう目がけ這い寄る大トカゲの姿。だがダミアンの魔法が発動する方が早い。そう思った時だった。
「ギャァアウ!」
突如、魔物の姿が激しい閃光の中に消え、一瞬でその姿が蒸発する。光が止んだ後、魔物がいた箇所の地面はじゅうじゅうと焼け焦げ、一部が溶岩と化していた。
「私が来たからにはもう安心です! シュルツ様」
勇ましくも愛らしい、のびやかな少年の声。
声のする方を見上げれば、そこにはつい数時間前に見かけた白金の髪を持つ美少年。純白の疾馬に乗り得意満面の笑みで杖を掲げるナルシス・ペーリエの姿があった。




