37. アリエラ姫
昔から割りと、子供は好きな方であった。
親戚の集まりでは年長組として幼い子供達の遊び相手になり、幸か不幸か人に威圧感を与えない背丈と童顔から、見ず知らずの子供に懐かれることも度々あった。
「そっかぁ、アリエラ姫はこっちのお花がお好きなんですねぇ」
邸の中庭に備えられた小さな庭園。そこに俺はしゃがみこみ、隣の小さな姫君と花遊びに興じている。
彼女は確かに叔父アラミスの言うよう引っ込み思案な所はあったものの、それ以上に人に慣れるのも早い。
小さな手のひらで摘んだ花を、アリエラは腕をのばし俺の頭の上へと乗せた。ええ? おじさんにくれるのぉ? なんて優しい子なんでしょ。
「ゆーしゃさま」
勇者じゃないよ。勇真だよ。
「様」の発音ができてるのだから、滑舌の問題でなくシンプルに名前を間違えて覚えてしまったのだろう。まいったな。
「アリエラ様は、ヴァリエの勇者のお話が一等お好きなんですのよ」
側に控える乳母が、そうニコニコとこちらに語りかける。
「ユウマ様がこちらの世界に召喚されてからというもの、アリエラ様は貴方に会えるのを心より楽しみにしておりました」
「そうなんですか?」
「以前アリエス陛下がヴァリエを来訪したのも、姫がユウマ様にあまりに会いたがるもので、ご自身もまたご興味と関心を持たれたのだとか」
そういう経緯だったんだアレ。それにしても、ううん。ヴァリエの勇者か。
千年前に異世界より召喚され、この世界を魔王の手から救った伝説の英雄。しかし彼は、おそらく俺自身とは何の関わりもない。何なら召喚された元の世界すら違うのかもしれない。同郷の保証すらない訳だ。それよりも……。
「アリエラ姫は、ヴァリエの勇者がお好きですか?」
「はい!」
「そうですか。それでは姫、こちらにどうぞ」
乳母の許可を経て、幼いアリエラの体を抱き上げる。歩む先にいる男の顔がぎょっとしているのを見て、思わず苦笑いを浮かべた。
「ユウマ、駄目だ。私はアリエラに嫌われている」
確かにシュルツの姿を視認した姫の体が、大きく強張るのが腕越しに伝わった。まあシュルツは体も大きいし、顔も美しいとはいえ子供の目には少々恐ろしく映るのかも知れない。俺とは真逆だ。
ぎゅっとこちらの服を掴む小さな手に「だいじょうぶですよ」と心を込めて語りかける。
「シュルツ様。かがん……でも駄目か。しゃがんで下さい」
「あ、ああ。分かった」
「よし……アリエラ姫。彼はシュルツ王子。ヴァリエの勇者の子孫です」
「しそん?」
「シュルツ王子のおじいさまの、そのまたずっとおじいさまはかの勇者様なのだそうですよ」
勇者という言葉に、腕の中のアリエラの緊張が少し解けてきたのが分かった。
「シュルツおうじ」
「……なんだ」
「まおう、たおせる?」
それは、ちょっとどうだろうか。だがここは話を合わせた方が良いとシュルツに身振りで伝える。彼が困惑しながらも頷くと、腕の中の姫がふわあと愛らしい歓声をあげた。
「ゆーしゃさま!」
はいはい。姫の声に応え、腕の中から地面に下ろすと、アリエラはシュルツの方にかけよってぺたぺたとその顔に触れる。乳母が慌てて駆け寄り止めようとするも、それを手で制する。
「アリエラ様の好きなようにさせてあげてください」
「で、ですが」
「シュルツ様も本当に嫌ならお止めになるでしょう。あ、ほら」
アリエラは、今度は花壇でなく付近に咲いていた小さな花を摘んでシュルツの頭に乗せていた。どうやらあれが姫なりの親愛の証らしい。花女神の祝福とでもいったところか。
シュルツの顔は、困惑しつつも先ほどよりずっと柔らかく、穏やかなものとなっていた。
彼はきっと、子供に嫌われやすくはあるものの幼子そのものは好ましく思っているのだろう。そんな顔をしていた。
…………いいなぁ。子供。やっぱりかわいいなぁ。
流石に「欲しい」という言葉は、生々しすぎて頭の中で思うことすらはばかられた。
しかしいずれは直面する問題である。その時はその時と思ってはいたものの。うん、やっぱいいなぁ。悪くないなぁ。




