36. グロース邸にて
その日は自室でシュルツと過ごし、今は三日目。体調も完全に戻った所で、俺は彼と共に豪奢な貴族の邸、ゼルフィ随一の大貴族であるグロース家の別邸を訪れていた。
うん、まあ二人でゆっくりとは言っても、ヴァリエの王候補たるシュルツがまさか一週間なんの用もなく他国にのんびり滞在出来るはずもない。良いんですけどね俺は別に。とほほ。
「この度は我が領地にお越し頂きありがとう御座います。ユウマ殿にはお初にお目にかかります。私はアラミス。貴国の宮廷魔法使い、フラミスの兄にあたります」
そう言ってにこりと笑う白金色の髪を持つ初老の男性。その整った細面にはかつての美貌の片鱗こそ垣間見えるものの、フラミスとは似ても似つかなかった。
アラミスはグロース家当主にして、アリエスの母アラミエの双子の兄にあたる。末弟のラケシスを含め、彼らはいずれもゼルフィ、ヴァリエの両王国に大きな影響力を持つ傑物である。
今日彼らに招かれたのは、互いの親交を深める意味もあるが本題は別に二つある。一つはそう。
「シュルツさまぁ。私はただ貴方のお側に居たいだけなのに、何故分かって頂けないのですか」
そう言って、先ほどからシュルツにきらきらと小動物のような眼差しを向ける絶世の美少年。
ナルシス・ペーリエ。今年で十四歳になる、白金の髪に澄んだ薄青色の瞳を持ったフラミスの末子である。
おいこら、俺の旦那様に色目を使うな。そう子供相手にも我ながら大人気ない対抗心を持って、つい敵意の目を向けてしまう。
「ナルシス! 異邦の御客人を前になんたる無礼を! もう良い、お前はアドニスと共に下がっておれ」
アラミスが声を上げると、彼の隣に立つこれまた美しい少年。グロース家の三男アドニスが、その栗毛の髪を揺らして彼の手を引く。
「ほら行くよナルシス」
「あっ、イヤだ! 離せよアドニス。ああっ、シュ、シュルツさまぁ〜〜!」
ずるずると美少年の手により扉に引き摺られていくこれまた麗しい少年の姿を、思わず神妙な顔付きで見送ってしまう。噂には聞いていたが、実際目の当たりにすると凄まじいものがある。
「……グロースの家には、行儀見習いで来ていると伺っていましたが」
「どうかご無礼をお許し下さい。あれは愚弟……いえ、フラミスすらも手に余る跳ねっ返りでして」
成程。
今日俺達がここに来たのはフラミスの頼みで、絶縁済みの実家に引き取られた末子が元気にしているか、様子を見に行って欲しいと頼まれてのことである。
というよりフラミスが俺のゼルフィ行きを支援したのは、ほぼこれが理由だと彼本人がぶっちゃけていた。ああ見えて意外と抜け目のない。
「ごほん! 早速本題に入りましょう。三日後はアリエス陛下の御息女、アリエラ姫の御年3歳の誕生日でして。この時期は花女神の祝祭が御座いますので、毎年このグロースの邸にて姫をお預かりしているのです」
こちらはもう一つの本題、というよりこたびの訪問の主目的だ。
ゼルフィの若き王アリエス陛下はバツ2で、一人目の夫との間に娘をもうけている。
アリエラ・ゼルフィ・ラムール。魔力持ちの家に生まれる女性はかなり希少で、その割合は生まれた子供十人の中に一人いるかいないか。中でもアリエラ姫は、大陸でも名の知れたゼルフィ王国の第一王女というやんごとなき身分の生まれだ。その存在の希少性は計り知れない。
「誕生日祭はぜひ我々も参加させて頂きたく」
「ありがとう御座います。ただアリエラ様は陛下に似ず……あ、いえ。やや人見知りな面がございまして。当日初めてユウマ様とお会いした際に、何か粗相をいたすやも」
「ああ、それは大丈夫で……」
「ですのでぜひ、ユウマ様には今日アリエラ様と実際にお会いになり、互いにお見知り置きを頂ければと」
おっと流れが変わったな。そう思うと同時に部屋の扉が開く。そちらを見ると、乳母らしき恰幅の良い女性に抱えられた一人の愛らしい幼子がそこにいた。
陽の光を集めたように鮮やかな、ふわふわの赤毛。丸く大きな緑色の瞳に、薔薇色に染まったふくよかな頬。その顔立ちは幼いながらもアリエスの面影を色濃く受け継ぎ、さながら天使のように美しかった。
「……はじめまして。アリエラ姫」
恐る恐る歩み寄った後に腰をかがめ、少し離れた所から彼女へと語りかける。
アリエラは丸い瞳をぱちぱちと瞬かせ、次の瞬間乳母の胸元にその愛らしい顔を埋めてしまった。
………か、可愛い〜〜。




