4. 避けるんじゃないよ
シュルツが、捕まらない。
この異世界に召喚されて早一週間。俺の伴侶になるというこの国の第一王子シュルツとは、未だまともに言葉すら交わせていない。
「で、殿下にも何か、お考えがあるのですよ」
灰褐色の髪をした少年が、そうこちらを気にかけるよう言葉を紡ぐ。
リオナ=ルーミエ。自身の世話役として付けられた齢十六ほどの若者だ。行儀見習いとして王城に来た貴族の子息で、現在は城の様々な雑務に関わっている。彼からは色々なことを教わっている最中だ。
「ユウマ様が早くこの城に馴染まれるよう、今はあえて距離を置かれてるとか」
「うーん、確かに城や国のことは、前より分かるようになったけども」
単純に、避けられてるだけではなかろうか。
ヴァリエ王国首都、ヴェイルセル。この都市の中央に聳え立つ王城は、かつて国が繁栄を極めた時代に建設された非常に巨大で壮麗な建造物だ。
城内には数百の部屋があり、王族だけでなく十数家もの貴族が駐在して暮らしている。この広く入り組んだ城内で、たまたま王子一人とすれ違いすらしない日々が続くのは、特段おかしなことでもないのだが。
「シュルツの居室が何処にあるか、リオナも知らないんだよな」
「ええ。防犯の都合上、一部の人間にしか知らされておらず……」
その一部に自身が含まれていないのが、何とも物悲しいことだが仕方ない。
頭の中に叩き入れた地図をもとに、歩みを進める。
「ユウマ様? 今からどちらに……」
「午後からの予定までまだ時間があるだろ。心当たりのある場所を、しらみつぶしに探す」
今は朝の十時頃。王子は摂政と共に、内政を中心とした政務を担っているらしい。
この城にある執務室は確か四つ。一つ目は外れ。二つ目。外れ。次は摂政の居室付近にあるとされる、一番広く大きな執務室。
「…………居た」
ノックの後、入室を促され足を踏み入れたそこには、机に向かい書類仕事をしている摂政ハラルドと探し人の姿があった。
「シュルツ王子」
シュルツは青灰色の瞳を軽く見開きこちらを見つめていたが、一拍おいてフイと視線を逸らす。
「ユウマ殿、本日はどのようなご用件で」
「ハラルドさん。王子にいい加減、俺の部屋に来るよう貴方から言い聞かせください」
俺の言葉に、ハラルドはぎょっとした顔をした後、シュルツの方を見やる。
「まさか。三日前、殿下をユウマ殿の部屋に送り届けたと、部下から報告を受けていますが」
「……ユウマが不在だったので自室に戻った」
「わざと自分の予定を長引かせて、俺が不在の時間を見計らったでしょう。リオナ経由で俺の予定を把握していたと、先ほど当人から聞きました」
リオナが横で、手を合わせて王子の方に頭を下げている。先ほど執務室を回る最中。揺さぶりをかけた所、彼はあっさりとそのことを白状したのだ。
シュルツは形の良い眉を顰めて、ぽつりと言葉を零した。
「今は、政務中だ。後にしてくれ」
「分かりました。今夜は予定もないので、部屋でお待ちしてます」
そう言って手短に礼を済ませ、執務室を出る。数歩の後、肺の奥から押し出すよう大きな溜息が出た。
「…………ユウマ様。この度は申し訳ありませんでした。あなた様を裏切るような真似をして」
「ああいや。俺とシュルツ王子を天秤にかけたら、そりゃ後者の言うこと聞くのが当然だろ? リオナが気にすることじゃない」
それよりもシュルツのあの態度だ。こちらと目を合わそうとすらしない。おそらく、いや、十中八九疎まれてる。
もし夫婦関係が成り立たない場合、これからの自身の扱いはいったいどうなるのか。異世界クーリングオフ制度とかあるのかな。流石に着のみ着のまま、放り出されることはないと信じたいが。
「……ユウマ様、俺」
リオナの声に、考え事を中断し後ろを見やる。
「俺、今度こそはユウマ様の味方になります」
「お、おう? いや、無理はしなくて良いんだけど……」
「無理なんてありません! ユウマ様も、シュルツ様と同じほどにお優しい。とてもお似合いの二人だと思います。だから俺はお二人の仲を応援したい」
待て待て先走るな。勝手に応援するな。まだ彼とは、会話すらまともに出来ていないのに。
「小耳に挟んだところ、王子も今夜の予定はなかったはず」
「どうかな、急な用事を作るかも」
「俺の出来る範囲で根回しをします。今回はハラルド様も本腰をあげて動くでしょうし、必ず良い結果をユウマ様にお届けします」
リオナは張り切ったよう、未だ丸みの残る頬を紅潮させ拳を握る。
……まあ、ここまで言ってくれるのだから、素直に甘えてみるのも良いか。
「任せても良いか?」
「はい、勿論です!」
頼もしいリオナの声色に、一つ苦笑いをする。
現状、彼らの働きと期待に応えられる結果を自身が出せるとは思っていない。若干憂鬱ですらあった。
しかしもう悩んでいても仕方ない。後は当たって砕けて、砕けた後は野となれ山となれの心もちで、挑む他なかった。




