33. 捨てないで
夕方過ぎ、俺の部屋の扉をノックする音に、自らの鼓動もまた大きく跳ねた。
一つ深呼吸をしてどうぞと、入室を促す。側付きの者が目を伏せながら扉を開け、その先に愛しい想い人の姿を見つけた。
「シュルツさま」
男の目が大きく見開かれ、固まる。まあ流石にこれは驚くだろう。予想していた反応だ。
「……数刻、人払いを」
顔を上げずにさがれと、そう言葉少なにシュルツが側付きへと告げる。その言葉の通り従者は静かに扉を閉め、部屋には俺とシュルツの二人のみとなった。
立ち尽くす男のそばへと歩み寄る。その手に触れると、びくりと震えるもののかつてのように払われ拒絶されることはない。
「ユウマ」
「シュルツ様、あなたにお願いがあります」
ぎゅうと彼の手を握る。自身の両手でようやく包めるほどの、大きくごつごつとした男らしい手。
ああ、好きだと込み上げてくる感情に、思わず目元が潤むのを自覚する。それでも意を決して上を向き、彼の青灰色の瞳を見つめながら用意していた言葉を紡いだ。
「どうか最後に一度だけ。お、俺に一晩の情けをいただけないでしょうか……」
思い詰めたすえの俺の作戦は、なんとしてもシュルツにこの身を抱いて貰おうという身も蓋もないものである。
その為に、使えるものは何でも使おうと思った。まずはリオナに頼み、シュルツの持ってきた荷の中に目当てのものがあるか確認させる。モノがモノであったため、俺が欲しいと頼めばシュルツの側仕えは快く、俺の部屋にそれを届けてくれた。
次にセレニケの使っていたものに似た化粧品を用意し、ロミアスに化粧を頼む。父の受けうりにより心得があるという彼は、中々に上手く俺の顔を作ってくれたようで、リオナが感嘆の息をこぼしていた。
後は諸々の準備を済ませ、最後にダミアンに衣装の着付けを頼んだ。ロミアスやリオナでなく彼を選んだのは、何だか少し気恥ずかしさもあったからだ。いつも表情を変えず平静な彼は、華美な腰布を纏った俺の体に、無言で布と宝飾を纏わせていく。
「お綺麗ですよ、ユウマ様」
おいおいこんな時に限って気を利かせないでくれダミアン。羞恥のあまり土に埋まりそうだ。
「きっとシュルツ様も喜ばれることでしょう」
その言葉に、自分の喉が無意識に鳴ったのを感じる。そうであって欲しいと、期待することすら今の俺には辛かった。
例え心が離れていようと。めいいっぱいに着飾りこちらの誠意を見せれば、一度ぐらいは情けをかけてくれるかもしれない。そんなシュルツの優しい性格を見越した、打算からの行動。
しかしそれ以上に自身の心にあったのは。これが最後なら、せめて自分の一番綺麗な姿を見て欲しいという年甲斐もなくみっともない恋心ゆえの悪あがきであった。




