32. シュルツが来た
「シュルツ様!」
早朝のグロリース湖。昇る朝陽に水面がきらきらと輝く中、俺は疾馬の馬車から今しがた降りてきたその男の懐に飛びついた。
割りと勢いをつけたつもりだが、男の体はびくともせず俺の体を抱き留める。ハア逞しくて頼もしい……好き……。
「シュルツ殿下。アリエス陛下は昼過ぎにこちらにお見えになるそうです」
「ああ、ダミアンからも聞いている。先日は苦労をかけたなロミアス」
側に控えるロミアスは、少し困ったような笑みで「滅相もない」と言葉を返す。そうか、流石にシュルツには事の次第は説明してあるのか。
「長旅でさぞお疲れのことでしょう、殿下。部屋を用意してありますのでお休みください」
「ありがとうリオナ、早速そうさせて貰おう……ユウマ」
「はい、シュルツ様」
「悪いが夕方まで少し待っていてくれないか。アリエスとの用が済んだらすぐ部屋に向かう」
シュルツ様??
「殿下もきっとお疲れなのですよ、ユウマ様」
「うう……分かってる。分かってるけどぉ」
頭では理解出来ても、自身の感情を上手く制御できない。
俺がグロリース湖に来てから早一週間。割りと色々な事があった。いや俺がというより、従者の皆がことごとく振り回されたという方が正しいか。改めて面目ない。
そんな風にバタバタしつつも、ここ一週間滞在したグロリースの地の景色は美しく、食べ物も酒も美味い。そう感じ入る度、自身の胸中を過ぎるのは彼の顔だった。
ここにシュルツも居てくれたらと、何度思いを馳せたことか。
あと数時間の辛抱。そう分かっていつつも、思いの外すげなかった今朝のシュルツの態度に気分が滅入る。
シュルツは俺のことを好いてくれている筈だ。しかしもしや、この一週間離れて過ごす内に、自分への気持ちが冷めてしまったのだろうか。
……あ、あり得る。というよりむしろ、今までがおかしかったのだ。あんなに若くてカッコ良い一国の王子様が、こんな33歳の冴えないおじさんに惚れているなぞ、ファンタジー以外の何物でもない。
「(ど……どうしよう)」
シュルツに捨てられたら、俺はもう生きていけない。召喚された当初の頃は、まだ諦めることもできた。しかし今はもうダメだ。
「……リオナ」
「ユウマ様? 一体どうされ……」
「シュルツの側付きに、少し聞いてきて貰いたいことがあるんだが良いか?」
よろよろとベッドから起き上がりリオナの方を向く。
どうにかしなければ。そう自らの脳が回転をはじめる。元来、くよくよ考えるよりは行動に移すのが俺のさがである。
たとえそれが空回りであろうと、何かしていなければ文字通り気が狂いそうな心地だった。




