28. 何をしてるんだ
少し話を戻す。俺と供の三人でロミアスの導きに従い、小規模ながらも美しく整えられた湖畔の邸宅に迎えられた時のことだった。
「この邸の外の警備は俺にお任せください!」
そう言って一抜けたのはリオナで、次いで会食の最中、不意に顔を顰め腕を押さえたダミアンが席を外し、その後戻ってきた後、剥き出しにした腕の刻印から聞き馴染んだ男の声が発せられれた。
「ダミアン。リオナのことは話に聞いてる。ロミアスとお前は引き続きユウマの側に居てくれ。セレニケ殿、貴方とは二年前の舞踏会以来だな。もし機会があれば、ぜひまた我が城に遊びに来て欲しい。歓迎する。あとはフェリペ殿」
「なんだい王子様」
「ユウマには手を出すな」
その言葉を最後にシュルツからの通信が途切れる。
一瞬肝が冷えたが、フェリペはただ軽く肩をすくめるだけで、幸いにもその言葉を大事にとられることはなかった。
ダミアンが報告したのだろう、シュルツは俺が他国の王族の宴席に招かれたのを知り、急遽伝達魔法の応用による秘技、いわば現代のリモート会議に近い仕組みで、遠いヴァリエの地よりこのたびの宴に参加している。
最もシュルツは、一週間後憂いなくこのグロリースの地を訪れる為、大量の書類仕事に追われているそうだ。常時会話に参加することは難しく、まばらに話題を拾っては必要な時のみ言葉を発している状態である。
「いやぁ、ユウマ殿とシュルツ王子は全く以って仲の宜しいことで。フ、ハハッ、なぁ、聞いたろセレニケ? あんな色ボケしたシュルツを見るのは初めてだ! ハハハ!」
「あまり笑ってやるなフェリペ。良いことじゃないか。お前はもう少しシュルツ殿の誠実さと一途さを見習った方が良い」
「ハァ、面白い……ここにエクスもいれば尚良かったのに、あいつマンティコアの次はグリフォン退治だって? せわしないな」
フェリペはそう言って赤葡萄酒の杯を一気にあおった。空になった彼の杯に、ロミアスが新たな酒を注ぐ。その顔からは一切の感情が抜け落ちており、腰を抱くフェリペの手がいたずらに尻のあわいを撫でても、されるがままだ。
お、俺の部下が。俺の目の前で他国の王族からセクハラとパワハラを受けている……。
二、三日前にもアリエスの邸で似た光景を見た記憶が蘇る。流石に今回は、国際問題諸々のリスクを負ってでも止めに入った方が良いのでは。
「ところでユウマ殿」
そう思っている間にセレニケから声をかけられる。ああ、助けるタイミングを逃した……。
「……なんでしょう」
「マンティコア討伐の最中、私と貴殿の持ち場は離れた場所にあっただろう。ゲラン殿が絶賛していた火と水の複合魔法を、この機会に一度私も目にしてみたい」
おっと、こちらも少し困った状況。今の俺は、スランプだかストレスだか分からないが、魔法がロクに使えない状態だ。だがまあ、ここはもう正直に言った方が良いだろうと口を開く。
「実は、今すこし俺の魔法は調子が良くない状況でして……今回ゼルフィ行きを決めたのも、療養を兼ねてのことなのです」
「ああ、そうだったか。これは失礼した」
「全くだ、セレニケ。それにこんな狭い場所で火と水の魔法なんか撃ってみろ、この邸ごと全員仲良く蒸し焼きだ」
いや実演するならちゃんと外でやりますよ??
しかしよく考えたらここはただの邸でなく、ゼルフィ王国屈指の景勝地。外で爆発音なんて響かせようものなら、下手すれば軍が飛んでくるかもしれない。
「ふむ、どうするか……少々退屈ゆえ、何か余興をと思ったのだが」
「俺の寝床に来れば退屈はさせないぜ?」
「帰る」
「おい待てセレニケ、冗談だ。 そうだな……せっかく宝飾をいくつか用意してきたんだ。コンテストの予行演習なんてのはどうだ」
「悪くはないが、私が見せ物になるのはごめんだな」
「となると……」
セレニケとフェリペの目が、こちらへと向く。待って、すごくいやな予感しかしない。
『ユウマ』
ダミアンの腕の刻印から、シュルツの声がする。
『私も今から疾馬……いや、瞬馬に乗ってそちらに向かう』
『いい加減になさいませ殿下! ……もう良い、ダミアン。伝達の魔法は解除せよ。用があればまたこちらから繋ぐ』
シュルツがまた何か言い募る声が聞こえたが、ハラルドの指示に従いダミアンは呪文を唱えた後、まくっていた袖を元に戻す。何をしているんだ一体。




