26.ごめんなさい
グロリース湖の周辺には、貴族の邸の他にちょっとした飲食店や宝飾屋、露店の類の立ち並ぶ区域がある。
「ユウマ様、この串焼きをどうぞ」
リオナから食べさしの串を受け取り、焼いた魚の腹身をかじる。うん、塩加減がちょうど良く脂も乗っていて美味い。
安全の都合上、買い食いの際はロミアスが魔法で毒の有無を確認し、念の為にリオナが毒見をした後、俺に渡される。
大袈裟だと思ったが、正式な許可証を持つ店と違い露店は出入りする人の管理が緩いのだそう。まあ元々俺が買い食いしたいとわがままを言ったのだから、素直に従うべきだろう。
「しかし魔法ってのは便利だなぁ……毒があるかどうかまで、調べられるんですね」
「これは魔法というより、薬学の知識ですね。使われる毒の種類というのは案外限られているのです。父は魔法薬の調合を得意としてますから、幼少の頃より叩きこまれました」
そう言ってロミアスははにかむような笑みを浮かべる。偉大な宮廷魔法使いの親と道を同じくする。色々苦労もしてきたのだろうかと、つい勝手な想像を働かせてしまう。
「あ、ダミアン様。あちらの店では、グロリース湖でとれた真珠の装飾品を売っているそうですよ。奥様への土産にどうですか?」
「今は仕事中だ、リオナ」
「まあ良いじゃないですか。俺もいくつか店を見たいと思ってたし、入ってみよう」
そう言ってリオナが指し示した宝飾店をのぞく。店内には謳い文句にあった真珠の他、様々な宝石や装飾品が並んでいる。
「お客様、何かお探しで?」
店の奥から、店主らしき男が揉み手をして現れた。うお。こういうぐいぐい来る接客あまり得意じゃないんだよなぁ……。
「あー……その、俺は」
「妻に贈る髪飾りをみつくろいにきた。流行りのものを幾つか見せて貰えるか」
「もちろんですとも! さぁこちらに」
俺が戸惑ってる内に、前へと進み出たダミアンが店主へと声を掛け、そのまま連行される。
「今のうちに店内を見て回りましょうか、ユウマ様」
「っ、そうだなリオナ」
た、助け方がスマートぉ……。俺が困惑してるのを察してのダミアンの行動に、思わず感心してしまう。あれはさぞモテることだろう。俺も見習ってシュルツにモテたい。
ダミアンが接客を受けている間、店内の一角を回る。ここは主に腰紐などの装飾を扱う売り場のようで、艶やかな布と金属でできた紐には、要所に宝石があしらわれきらきらと輝いている。おお、中々に見ごたえがありそうだ。
「こちらはどうでしょう、ユウマ様」
不意にロミアスが、亜麻色の絹布と真珠と金の造花で飾られた紐を俺の目の前にかざす。ん? 俺も何か手土産を買っていった方が良いって? でもシュルツにはちょっと、可愛らし過ぎるのではないだろうか。
「コンテストで身に付ける装飾品ですか」
「ええ。父が過去に使用したものも借り受けてはいますが、やはりユウマ様自身に合うものをみつくろった方が良いかと思いまして」
……? 俺が、なんだって?
「お、奇遇だなぁ! ユウマ殿!」
不意にどんと肩を叩かれよろめく。隣を見ると、止めに入ろうとした姿勢のままロミアスが固まっている。本当になんだ?
振り向くと、そこには燃えるような赤毛に琥珀色の瞳を持つ長身の美丈夫。忘れようもないその外見に、思わずアッと声が出た。
「フェ、フェリペ様」
「スーデンでのマンティコア討伐以来か? 今回は何の用でここに来た」
「それは、その」
「ユウマ様はこの度のコンテストの参加者として招かれたのです、フェリペ殿下」
ロミアスが俺を庇うよう、フェリペとの間に割って入る。
「おお、久しいなロミアス。付き添いでなく、アンタも美人コンテストに参加したらどうだ? せっかく小綺麗な顔をしているのに勿体無い」
「ご冗談を。フェリペ殿下は何故こちらに?」
「そりゃあ各国の美人が集まる祭をこの俺が見逃す筈もなかろう。ネーベルのセレニケも参加する。なあ、ここいらで一つ同窓会なんてのはどうだ? ユウマ殿」
「あ、はい、ソウデスネ」
突然の事態についていけず、条件反射で了承の返事をしてしまう。いつの間にかダミアンも側に控えていて、みな神妙な表情をその顔に浮かべていた。ご、ごめん皆。ついオーケーしてしまった。
「じゃ、決まりだな! 湖畔南部のほとりに俺の借りてる別荘がある。そこでユウマ殿とロミアス、あとの二人は付き添いで来ると良い。俺の名前を出せば案内は必要ないと思うが、念の為こいつを渡しておく。お前なら使い方は分かるだろう? ロミアス」
「……ええ」
「開催は今日の夜だ。楽しみに待ってるぜ! ハハハ!」
そう言って、フェリペは大きな笑い声をあげながら店を後にする。後ろから店主の「ま、まいどぉ、ありがとうございます」という消え入るような声と共に、二人の従者が大きな荷物を抱えて後を追う。
嵐のように来て、去っていった。何だったんだ一体。
「…………ユウマ様」
隣から、這うように低いロミアスの声が響く。あまりにも珍しいことに、ばっと彼の方を向いた。
「私は今……気分が優れないので。こたびの宴は欠席させて頂いてもよろしいでしょうか」
「仕事だ、ロミアス」
俺が返事をするより先に、ダミアンがぴしゃりとそうたしなめる。言葉通り、ロミアスの顔色は確かに悪い。
ああ、これは……よく分からないものの、きっと自身は何かやらかしてしまったのだろう。
「ごめんなさい」と、今度は内心でなく声に出してロミアスへと謝罪した。




