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23.コンソメスープ



「これは……」

「コンソメだよ。前に話してくれただろう」


 覚えている。ヴェイルセルの城で、初めてアリエスと会った時に語った百六十年前のグロリース湖の逸話。


「本場の味は未だ食べたことが無いだろうと思ってね。きっとユウマの口にも合う。さ、温かい内にどうぞご賞味あれ」


 そういたずらげな笑みを浮かべてスプーンを持つアリエスに、思わず自分の顔もほころぶ。


「ありがとうございます、アリエス様」

「おや。口にする前から礼とは、いささか逸りすぎじゃないか?」

「私の食欲が戻ってないやもと、気を遣ってくださったのでしょう」

「んー……何のことやら。フラミス叔父上もシュルツも、ユウマの事は何一つまともに教えちゃくれなかったからな。今のキミはさながら深窓の姫君のようだ」


 アリエスの言葉に、嘘はないのだろう。

 しかしマンティコア討伐の際、彼の叔父であるグロース家のラケシスが、俺と同じ酒宴に参加していたのを覚えている。


 あの時の俺は確かに心身ともに衰弱し、食欲が落ちていた。アリエスの耳には、その時の自身の状況しか伝わっていないからこその計らいなのだろう。


 故に、今はただその心遣いが嬉しく思えた。


「ありがたく頂きます」


 この世界に来て数週、ようやく様になってきたマナーに沿い、華美な装飾の施されたスープ皿からコンソメを掬い口に含む。


 …………おおっ!? 味が濃い!!


 塩気や辛味などの単調な刺激を伴わない、しかしガツンと濃い多種多様な素材の味が口の中いっぱいに広がる。


 それでいながら後味はすっきりして、飲み込んだ後、豊かな風味が舌の上になんとも心地の良い余韻を残す。こ、これは。

 

「とても、美味しいです。アリエス様」

「それは良かった!」

「……今頃になって大変おこがましい話なのですが、食欲の方も実はすっかりと元通りになっておりまして」

「ああ、良い良い。なにせユウマ殿は肝がすわっているからなぁ。もうとっくに立ち直ってるものと思い、通常の食事も用意してある」

 

 アリエスが二度手を叩くと、扉の方から多種多様の彩り豊かな料理を居並べた押し車が、使用人の手によって運ばれてくる。おお、どの料理も美味しそう。一台、二台、三……四!?


「に、二人前としては、いささか量が多すぎるのでは?」

「二人な訳があるものか。グロリースの別邸において催される宴は、無礼講が相場と決まっている。ふふ、ユウマもまだまだ知見が足りないなぁ」


 アリエスの言葉と共に、自身の護衛として伴ってきたダミアン、ロミアスが粛々と、そうしてリオナがおずおずとこちらの顔色を伺うよう入ってくる。


「お久しゅうございます、陛下」

「畏まった呼び方はやめようじゃないか、ロミアス。いとこ同士の仲だろう」

「ではこの場においてはアリエスと」


 ロミアスはそう言って、ちらりとこちらを見やる。よくわからず目礼をすると、ロミアスは目を伏せた後、再び言葉を紡いだ。

 

「アリエス。こちらの者どもについて、私の方から紹介を。向かって右におりますはダミアン・ローエン。彼は摂政ハラルドの娘婿にあたる男。かの武勇名高きグーリン家の出で、風の魔法の使い手となります。左はリオナ・ルーミエ。ハラルドの甥にして、シュルツ様の従兄弟にあたります。我ら三人、日頃よりユウマ様の側にてお仕えする身。本日はお招き頂きまことにありがたく存じます」


 あっ、ごめんロミアス。あの意味ありげな視線は、供の皆をアリエスに紹介してくれという意思表示だったのか。気付かずに悪かった。次からはちゃんとします。


「固い固い。お前が一番くだけてくれなきゃ無礼講の意味がないだろうロミアス。まあ、でもいい。ひとまず席を決めよう。ロミアスとダミアンはユウマの両隣に」

「はい」

「リオナは俺の隣に」

「エッ……は、はい!」

「キミとは確か、先日のヴェイルセルの王城で会って以来か。側仕えをしているとユウマから聞いた。主人の顔の見える場所にいた方が、何かとやり易いだろう」


 それがアリエスの方便なのだと俺一人だけが理解している。リオナを一目見て、将来有望だと呟いた彼のかつての言葉を、俺はけして忘れていないのであった。


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