2. 大丈夫なのかこれ
「この後の事ですが」
白髪混じりの灰色の髭を撫で、ハラルドが言葉を紡ぐ。
「ユウマ殿には、我が国の宮廷魔法使いから『転性の儀』の説明を受けて頂きます。貴殿とシュルツ殿下は同性同士、子を成すには段階を踏む必要があるのです」
「はぁ……」
地下室のような場所から連れ出された後、通されたのは絢爛豪華な内装と調度で飾り立てられた応接間の一室。無駄にふかふかした真紅の布張りの椅子の上、居心地も悪く身じろぎする。
ヴァリエ王国。いかにもファンタジーなこの世界の大陸中央部にある、それなりの領土と古く長い歴史をもつ中堅国家。というのが、摂政ローエンの話を聞いた自身の所感だ。
この世界が魔王や強力な魔物の支配下にあった頃。初めにこの世界へとやってきた異世界人の勇者が亡国の王女を娶り、国を興したのが千年前。以降ヴァリエの王族は、自らに流れる異世界人の血を縁に、召喚の儀を行いその由緒ある血を繋いでいたそうだ。
だが時代を経るにつれ血が薄れ、召喚の儀を行う慣習も徐々に消えつつある。稀に覚醒遺伝で、古い血を持つ王族が儀を成功させることもあったが、それも百年前が最後のこと。
それが、最後の筈であった。しかし。
「私めは……信じておりました。シュルツ様はやはり特別なお方。この国の王になるべきと、神がそう仰られているのです」
ハラルドは不意に涙ぐみ、その目尻を手持ちのハンカチで拭った。
やや気まずい心地で、ちらと隣を伺う。名を呼ばれた男、シュルツは先程からずっと仏頂面で、遠い一点を見つめ黙り込んでいる。
長い灰色の髪を後ろで一つに纏めた大男。豪奢な衣装に身を包むその美丈夫は今年で24歳になるそうで、自身より9つも年下だ。
普通に考えて、こんな同性のオジサンと結婚して子供を作るなど、彼の方から御免なのだろう。周りの女性が放っておく筈もない美貌。せめて自身が年若い子女であれば救いもあったのだが。
「あー……ハラルドさん。一旦説明は理解しましたので、少し休んでも?」
「おお私としたことが、爺の長話につき合わせてしまいましたな。それではユウマ殿、シュルツ様、共にお部屋へ」
「私は所用がある。ユウマだけ先に案内してくれ」
シュルツは一人席を立ち、出入り口へと向かう。唐突な行動にハラルドが呆気にとられる中、咄嗟に自身の口から言葉が飛び出る。
「あの、シュルツ様。用が終わったら部屋に来てください。一度、ちゃんと話をしましょう」
そう伝えるも、シュルツはこちらを振り向くことすらせず応接室を出る。バタンと大きく扉が閉じる音と共に、ハラルドが小さく息を吐く。
「またいつもの悪い癖が」
「いつも?」
「ええ、殿下は少々気難しい所がありましてな。元々この儀は、先代国王が急逝した後、臣下の過半数の信任で王に選ばれたにも拘らずシュルツ様が駄々を……いえ、ある交換条件をお出しされたことから始まりました」
『私が誠の王というのなら、この身に流れる異邦の血がそれを証明するだろう』
「その王子の言葉を受け、残された文献から見様見真似で儀を執り行い」
「で、召喚されたのが俺ってわけ?」
「左様」
うーん、なるほど。
百年近く成功した試しがないという召喚の儀。それをシュルツがわざわざ執り行おうとした理由は分からないが、きっとそこに何かしらの事情があるはずだ。
一人考え込んでいると、ハラルドは目を伏せ、静かにこちらへと語りかける。
「ユウマ殿。どうか我々の勝手をお許しください」
大分今更感のある謝罪だが、真摯なその声色を前に責める気持ちも起こらなかった。
「貴殿の故郷では、同性同士の婚姻を行わないと文献にありました。さぞ困惑されたことでしょう」
あ、そっちか。
自身の頭を掻きながら、口を開く。
「いやそこは、心配頂かなくても良いとこでありまして」
「といいますと」
「俺の恋愛対象は男なんです」
もう正直に言った方が拗れないだろうとカミングアウトする。
昔からずっとそうだった。現代日本では若干肩身の狭かった己の嗜好。それがまさか遠い異世界の地で、謎のニーズの合致を果たす時がくるとは。
「ほう! それは何とも話が早い」
「はは、男なら誰でも良い訳じゃないですがね」
「勿論でしょうとも。ですがその点、ご安心を。シュルツ様はすこぶる男振りも良く、人を惹きつける内面の魅力のあるお方だ。きっとユウマ殿も気に入られることでしょう」
俺が気にいるかより、まず彼が俺を気にいるかの方が重要なのでは?
先ほどの王子の態度と、その背景にあるだろう彼の事情に思いを馳せる。前途多難の気配に、小さく溜息をついた。




