15.マンティコア討伐
翌日。朝から何となく嫌な予感はしていた。
「シュ、シュルツ様から仰せつかりました。ポルコです。馬車をお待たせてしておりますので、案内いたしますです」
そういってぺこぺこと頭を下げるのは、まだ十五にもなっていないであろう少年の姿。取り敢えず彼の言うことに従うまま、城内を進む。
「……待ち合わせ場所って、たしか『牝鹿の庭園』じゃなかったか? そっちにあるのは『牡鹿の庭園』だと思うけど」
「牡鹿であっていますです!」
さっきから若干、敬語がおかしいんだよな。そう思いつつ、正直俺も待ち合わせ場所についてはっきりと記憶している訳ではない。
案内された庭園には、確かにポルコが言うよう馬車が用意してあった。だが、只の馬車ではない。箱型の乗り物には車輪でなく籠のような器具が付いていて、そばに控える二頭の馬にはそれぞれ一対の大きな翼が生えている。
疾馬。翼の生えた馬型の魔物、ペガサスを家畜化し魔法で厳重に管理したものだ。急ぎ遠方へ移動する王侯貴族が利用する乗り物である。
「移動するのはたしか王都の近隣の筈じゃ。良いのかこんなの乗っちゃって」
「勿論でございますです!」
不安になって、馬車の御者に確認する。彼は言葉少なだったが「魔物討伐に向かう貴族を一人、送り届けるよう頼まれている」と言った。うーん、じゃあ合ってるよな。やはり俺の記憶違いか。
「私の案内はここまでですので!」
「お、おう。ありがとうな、ポルコ」
馬車に乗り込むと、二頭の疾馬が大きな翼をはためかせ、瞬く間に地面から宙へと浮き上がった。おおすごい、いかにもファンタジーといった感じでワクワクする。
窓の外から景色を眺めた。みるみるとヴェイルセルの壮麗な王城の姿が遠ざかり、王都の周りに広がる街道や点在する森、村々の姿が小さく映る。確か馬車で三時間ほどの場所だったか。このペースなら数十分で着いてしまいそうだなと、この時の俺はそう呑気に構えていた。
呑気に構えている場合ではなかった。途中休憩を挟みつつ、空飛ぶ馬車に揺られること数時間。俺が降ろされたのはヴァリエ王国の北方に山岳を挟み、国境を面するスーデン王国の最南端。そこで発生したマンティコアという強大な魔物の群れに、各国の王侯貴族の中でも手練れの人材が集い、魔物との戦いを繰り広げる最前線の基地であった。
「おお! 貴殿は噂に聞くヴァリエの異邦人か……! かつてそなたの同郷は、魔王を打ち倒しこの世に平和をもたらしたという。かの勇者も授かりし力があれば、この程度の魔物ごとき。我らの敵ではないぞ!」
魔物の返り血を全身に浴びた、スーデンの王弟を名乗る男が勇ましい大声で周りの人間を鼓舞する。皆魔物との戦いで疲弊した様子だったが、こちらの姿を見て両の目に希望の光が灯る。
なんか知らんけど間違って来ちゃいましたって、もう言えない雰囲気だなぁ。
俺は自分の軽率な行動を恥じつつ、ただ後には引けないことだけが分かった。
そうして何も分からないまま、あれよあれよと魔物の討伐隊に組み込まれてしまい、今に至る。
ぐぉおーん。上空から響く、マンティコアのしわがれた鳴き声。彼らは十程度の群れ単位で行動し、連携した動きで獲物を狩る。戦場はマンティコアの魔法による土煙が巻き起こり、視界が悪い。その最中おそらく上空を舞う個体が仲間にこちらの居場所を知らせているのだろう。周りからは奇襲を受けたであろう兵士達の悲鳴がとどろき、時にばりばりと何かを喰む嫌な音が響く。
「『知能持ち』の魔物とは何度も戦ったことがあるが、やつらは賢しい。人間並の知能があるからな」
スーデン王国の王弟、ゲランは俺の背後に立ち、辺りを警戒している。
彼の言う通り、今争っているマンティコア達の知能は高い。こちらの姿を視認しても、正面からは襲って来ず二匹がかりで死角を狙う。今、自分たちも二匹のマンティコアに周りを囲まれ、狙われているのがわかった。
今日分かったことだが、魔物討伐が貴族一人で行われることはまずない。必ず数人の魔力持ちを連れ、更に呪文を詠唱するまでの時間稼ぎ、悪く言えば肉盾の役割として数十、数百の兵を伴う。
今自身の周りにも十数の兵が、ゲランと俺を守るよう辺りを囲っている。いやらしいのが、マンティコア達は闇雲に目の前の兵を襲わず、魔法を扱える俺たち魔力持ちを優先的に狙っていることだ。
「う、うわぁアア!」
マンティコアと対峙する恐怖に、限界を迎えた兵の一人が隊列を崩し前へと進みでる。すかさず一匹がその兵を牙で捕え、もう一匹が恐怖におののく兵たちを掻き分けると、素早く囲いを抜けこちらへと迫りくる。
「ゲラン様!」
こちらの呼びかけに応えるよう、振り向くゲランの短杖の先から霧状の物質が噴き出す。痛みとは異なる催涙ガスの刺激に手前のマンティコアが怯み、その瞬間後ろからもう一匹のマンティコアが勢いよく飛び出しこちらへと襲いかかってきた。
やはりこちらが本命だったか。構えた自身の長杖から、練り上げた火と水の魔力を一気に解放する。
魔法の直撃を受け、文字通りマンティコアの頭がバラバラに弾け吹き飛んだ。
受けた催涙ガスと視界に散る血飛沫にもう一匹のマンティコアが怯んだ瞬間、ゲランが長杖を用いた呪文の詠唱を完成させ、放たれた長大な水の槍が魔物の頭部を破壊する。
途端、辺りを覆っていた土煙が晴れた。
「隊列を組み直せ! 討伐したマンティコアの数は8体。まだ地上に残りがいる筈だ!」
ゲランの声に、再度気を引き締め直した。煙が晴れ、死屍累々と散らばる無惨な兵の姿をあえて視界から外すと、再度呪文を詠唱し魔力を練り上げる。
頭が、不思議なほどに澄んで冴え渡っていた。
突如巻き込まれた異常な状況。血生臭い戦場。しかし自身の頭と体は、まるで以前から魔物達との戦いに馴染んでいるかのようスムーズに動く。
召喚された異世界の人間は、稀有な「天」の属性の魔力の他、戦いに必要な素養をその身に秘めているという。まさにこれがそうなのだろうか。
意識を研ぎ澄まし、遠くに二、三匹の魔物の気配を察知する。まだまだ気は抜けなかった。




