10.何言ってんの!?
「ワハハ! 中々イケるクチじゃあないか!」
「そう言うアリエス様こそ。おや、杯が空いてますなぁ」
「ああどうも……ハハ! こぼれるこぼれる! 容赦がないなぁ、ユウマは」
けたけたと大声を上げつつ、アリエスは薄桃色に染まったなまめかしい喉元を逸らし、注がれた赤葡萄酒を煽る。
食事会とその後の遊覧を終えた夜。アリエスの寝所としてあつらえた豪奢な居室の中、俺とシュルツは彼に呼び付けられ三人での酒盛りに興じていた。
もっとも盛り上がってるのは俺とアリエスのみで、シュルツは部屋の隅にて水割りの酒をちみちみと飲みながらこちらの様子をつぶさに観察している。まあ彼の性格上、こういったバカ騒ぎは好まないだろうと一人アリエスの相手をすること早一時間。
「やはりヴァリエの酒は格別だなぁ」
「ですねぇ。中でもこれは、アリエス様の生まれ年に作られた一級品だそうで」
つまり決して、こんな風にガバガバ飲んで良い代物ではない。そう分かっていながらも、思わず杯が進んでしまう。美味い。何より飲みやすかった。
酒はそこそこに強い自信がある。その上で、この世界の酒全般はどうやら見た目よりもずっと度数が低いらしい。
「いやぁユウマは本当に酒が強い! 異世界の客人はみな酒豪と聞いていたが、周りの者もそうだったのか?」
「ええ、俺より強い人ばかりでしたよ」
まあ俺や周りが強いというより、この世界の人間がアルコールに弱いという方が正しいのだろうが。目の前の例外を除いて。
「ハハ! それじゃあ、異世界にはいくつ酒樽があっても足りないな!」
アリエスは頬を桜色に染め、ひどく上機嫌な様子だ。艶やかな白銀の髪はゆらゆらと体の動きに合わせて揺れ、宝石のような緑の瞳はとろりと蕩けている。
大分酔いも回ってきたことだろう。ここに至るまでに飲み干された、ずらりと居並ぶ空き瓶の壮観さを横目に口をひらく。
「アリエス様。実はこのたび折り入って、お願いしたいことが……」
「んんー? 酒宴の席でのねだりとはまぁ、さかしいことで。いいよ、聞こうじゃないか」
「シュルツ様がどうしたら俺のことを抱いてくれるか今一度、経験豊富なアリエス様のご高説をたまわりたく」
部屋の隅でシュルツが酒を噴き出す。まあ無理もないだろう。
「ユ、ユウマ。いきなり何を」
「うーん、そこに本人も居ることだし直接聞いたら?」
「以前聞いたのですが……自分達にはまだ早いとだけ言われ、今日でちょうど二週間になります」
「なんだ洒落臭い。フラミス叔父上の媚薬でも盛るなりしてさっさと押し倒してしまえ」
おおむね俺と似た意見だな。そう思う間もなくシュルツに羽交締めされ、大きな手で口を塞がれる。
「今のは忘れてくれ、アリエス」
「ユウマに手を付ける気がないなら、いっそ俺が攫ってしまおうか」
なんて事言うんだこの酔いどれ国王。俺を抱きしめるシュルツの腕にも、力がこもる。
「お前が言うと洒落にならない」
「洒落じゃないと言ったら?」
「…………」
「隣がいつまでもお家騒動してちゃこっちも困るんだよ。さっさと既成事実作って身を固めることだ。異世界の邦人を伴侶とし、お前が王となれ。シュルツ」
それは、後々俺が切り出そうとしていた本題だった。
暗にシュルツが王位に乗り気でないと仄めかし、自身もまたそうであるとアリエスに伝え、協力をあおぐ算段。しかしこの流れは、いささか不味い気もする。
「……! ……!」
「こらユウマ、暴れない。今大事な話をしてるんだから」
「私は王にはならない」
「は?」
「アリエス、お前にはきちんと話をしておくべきだった。私は引き続き政務に携わるが、王位はエクスに譲る」
シュルツの予想外の言葉に、俺もアリエスも目を丸くする。
まさか馬鹿正直に、他国の王を前にそれを公言するとは思いもしなかった。
今この状況で、その言葉が容易に受け入れられる訳がないとシュルツも分かっている筈。しかし、それでも彼の目は本気だった。
俺が、王にならないという彼の言葉を受け入れた時のよう。心を込めて真実を打ち明ければ、きっとアリエスも分かってくれると。そう思っているのだろうか。
アリエスはしばし無言だったが、やがて手に持った杯をぐいと煽った後。その桜色の唇を開く。
「そのワガママを通すだけの算段は?」
「お前の協力があれば、あるいは」
「俺にメリットがないね」
「今は、そうだな。だからこれは空手形になるが……」
シュルツは俺の口を解放し、代わりにその手を下に滑らせ、平らな腹に触れる。
「将来、ユウマとの間に子が出来たらゼルフィに嫁がせる。その時私が王でない方が、お前にとっても都合が良いだろう」




