第一章 運命の再演
「──貴女は、またしてもヒロインを陥れようとしているのですね」
王宮の鏡の間に響く冷たい声。
私は鏡に映る自分を見つめながら、唇を歪めた。
「ええ、そうですよ。だって、それが私の役割でしょう?」
目の前に立つのは滑らかな長い髪に澄んだ瞳を持つ、美しくも冷たい少女──ミレーユ・エリューズ・シャリエール。
貴族の令嬢にしてこの物語の悪役令嬢。
そしてヒロインとは──この国で最も優秀な魔導士であり王太子の婚約者、アメリ・ルージュの事だ。
前世で私は、この世界を舞台にした乙女ゲーム『王宮の誓い』をプレイしていた。
ゲームの中で悪役令嬢ミレーユは──ヒロインを陥れ、王太子に逆らった罪で国外追放。
その後、反乱軍に加担し国を滅ぼそうとする。
──という、最悪のエンディングを迎える。
でも私は気づいた。
すべてが罠だった。
悪役令嬢ミレーユは、単に「悪役」として描かれていただけではない。
誰かの陰謀の盾にされていた。
そして──今、私は記憶をもって生まれ変わった。
*****
「ミレーユ、貴女は本当に……あの子を傷つけたいのですか?」
王太子マクシミリアンが悲しげな目で私を見つめる。
彼は優しく、正義感が強く誰からも慕われる王子様。
でも、彼もまた、真実を知らない。
私は、静かに微笑んだ。
「いいえ、王太子殿下。私は──彼女を守るために悪役を演じているのです」
その言葉に場が凍りつく。
「……何を言っているのですか?」
アメリが眉をひそめた。
彼女の手には先ほど私が「毒入りの紅茶を渡した」とされる証拠──空のカップが握られている。
「そのカップ? 確かに私が渡しました。でも毒は入っていません。逆にあなたを守るための魔除けの薬が入っていました。その紅茶には、暗殺魔法が仕掛けられていた。それを中和するためのものを」
「……なに?」
「昨日の夜、王宮の魔導書庫から禁忌の《影呪》が盗まれました。そして今朝、アメリ様の寝室の扉に黒い蝋燭の痕。──これは影の魔術師が接近している証拠です」
私は懐から小さな水晶を取り出した。
それは記憶の水晶。
魔導の力で過去の映像を映し出すことができる。
「見てください。昨夜、誰かがアメリ様の寝室に忍び込み、ベッドに《影の刻印》を刻もうとしていました。それを私が壊しました」
鏡に映るのは、黒いローブをまとった人物がアメリのベッドに手をかざす瞬間。
そして、影が跳ね上がり壁に刻まれる──直前で別の手がそれを消し去った。
その手は……私のものだ。
「……なぜ私を?」
アメリが震える声で問う。
「あなたはこの国を救う鍵だからです。そして私は──その鍵を守る盾になるため、悪役を演じている」
王太子がゆっくりと私を見つめた。
「……ミレーユ、本当に貴女は……?」
「ええ。私は悪役令嬢。でも、味方でもあるんです」