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第一話 自己紹介ができません

 ふむ、なるほど――。どうやら俺は異世界に転生してしまったらしい。バイトをクビになって、とぼとぼと夜道を歩いていたところを、車にバンとはねられたところまでは覚えている。そして目が覚めたら、このだだっ広い草原のど真ん中に大の字で寝転んでいたというわけだ。

 え?どうしてここが異世界なのかわかるのかって?そんなの、俺の顔を覗き込んでいる女二人を見ればわかる。

「ねぇ。この人がリムネ様が言ってた人なのかな?」

 片方の女が大きくて丸い目をぱちくりとさせながら言う。俺よりも少し年下くらいの見た目で(十五、六くらいか?)、瞳と同じ色の淡い青紫色のぼさぼさヘアが特徴的である。まるで寝起きの中学生のようなヘアスタイルだ。

「たぶんそうよ。あの人の予言って全然当てにならないけど、この変な恰好は間違いなくこの世界の人間のものじゃないわ」

 赤、というよりは緋色のツインテールの女が気の強そうな声で言った。ザ・魔術師な感じの長い黒マントを羽織っている。変な恰好と言われたが、お前らに言われたくない。青紫の方は武闘家風の衣装、赤髪の方は魔法使いの衣装だ。まるで何かのコスプレのようだが、こんな自然豊かな草原でコスプレ大会など開かれているわけがない。

 つまり、ここは異世界であり、俺の前にいる彼女たちは異世界人というわけである。彼女たちはファンタジーゲームのコスプレをしているわけではなくて、本物の”武闘家”であり”魔法使い”なのだ。

 それにしても、我ながら自分の冷静さが怖い。なんで俺はこんな異常な状況をフツーに受け入れてるんだ?まあ、焦っても仕方がないが。

「とにかく、最初は自己紹介だよね!私の名前はロカ!よろしくね!」

 ロカは俺を起こして、握手して腕をぶんぶん振る。イデデデデ!!?ち、千切れる!こいつ、なんつーパワーなんだ!残像ができるくらい速い握手なんて聞いた事ないぞ!これが異世界流ハンドシェイクなのか!?

「あんた、さっそく仲間の腕を折るつもり?ほんと馬鹿力ね」

「えへへ。ごめんごめん」

 どうやらこのロカという少女がおかしかったらしい。じゃなきゃ困る。毎回握手の度に右腕を折られる異世界なんてまっぴらごめんだ。

「馬鹿ロカが悪いことしたわね。あたしの名前はキエリ。あたしに免じて許してあげて?ね?救世主くん?」

 救世主くん?俺はこの世界を救う役割が与えられているのか。なるほど。それは壮大な仕事だ。なんだかそれっぽい話になってきたじゃないか。

「……」

「……」

 沈黙、沈黙、沈黙――。ロカもキエリも俺の返答を待っている。何を待っているのかと言えば、俺の自己紹介だ。早く自己紹介しなければ。簡単なことさ。『初めまして。ボクの名前は……』と言うだけじゃないか。でも、でも……。

「……」

 俺はどこにでもいる普通の高校生だ。勉強も運動も平凡だし、趣味だってフツーだ。だが、ただ一点だけ、俺は普通の人と違うところがある。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。


「ねぇ、なんであの人なんにも喋らないの?」

「あたしに聞かないでよ……」

 二人は俺に背を向けてヒソヒソ話をし始めた。だが、俺にもばっちり聞こえている。でかいヒソヒソ話だな、まったく。

「きっとあれよ!言葉がわからないのよ!なんといってもこの世界の人じゃないし!」

「なるほど!さすがキエリ!確かにそうだよね!国が違うだけで言葉が通じないんだから、世界が違えば通じなくて当然だよね!」

 俺はどうやら日本語がわからない外国人留学生みたいな認定を受けているらしい。違う、そうじゃない。俺はコミュ障なんだ。人と話すのが苦手なだけなんだ。

 たかが自己紹介くらいでと常識人は思うかもしれない。だが、コミュ障は人と会話をするあらゆる状況で緊張する。正直、今さっきも俺は緊張し過ぎて立ったまま気絶するところだった。いかんいかん。異世界転生初日で気絶する奴がいるか。気をしっかり持たないと。

「にしても、言葉がわからないんじゃ困ったわね。当然辞書なんかないわけだし、会話できないんじゃ……」

「じゃあ、ここは私に任せてよ!大事なのは伝えたいっていう気持ちなんだから!ハートだよ、ハート!見ててね、キエリっ!」

 いや、言葉自体は全くもって伝わっているんだが……なんか誤解させてしまっているな。それにしても、ハートだって?このロカという少女、一体何をやるつもりなんだ?

「えー、こほん。アァ~……、ドモォ?ハジメマシテェ?ワタシノコトバワカリマースカァ?」

 舐めてんのか小娘ェ!!?お前のハートっつーのはカタコトかぁ!?馬鹿にされてるみたいで無茶苦茶腹立つぞ!!

「ね、ねぇ。この人、なんだか顔が険しくなってきてない?あんた、何か悪いことでも言ったんじゃないの?」

「ええ!?そんなぁ……。村に外国人が来た時はこれで通じたんだけどなぁ」

 馬鹿にしてるわけではないらしい。天然か、こいつ?

「あたしにいいアイディアがあるわ。言葉がダメなら物でコミュニケーションを取ればいいのよ」

「モノ?」

「そうよ。ほら、例えば針だったら、私たちの言葉では【ハリ】というけど、別の世界の言語では全く別の言い方をするかもしれない。でも、針が危ない物で触ると痛いっていうのは共通でしょ?皿に食物が乗っていれば料理、寝台に毛布が乗っていれば寝床だっていうのもわかるはず。そうやって、物を使えばなんとなくこちらの意図が伝わるんじゃないかしら?」

 おお!?このキエリという子はなかなか賢いな。ロカの脳筋的なコミュニケーションとは大違いだ。まあ、全然通じてるんだけどね?俺が何にも喋らないから勘違いされてるだけなんだけどね?

「ふぇぇ……。キエリの説明って難しいからよくわかんない……」

 ロカはショートして頭から湯気が出ている。よし、こいつはもうダメだ。これからはキエリの方を頼ろう。

「手持ちの物を組み合わせて……できた!はい、どうぞ!」

 そう言って、キエリが渡してきたものは、針が三本刺さったネズミのようなものだった。俺の知っているネズミと違って、体毛が生えてないし、目が三つある。しかも、辛うじて生きていた。俺の手のひらの上で、ぴくぴくと震えながら赤い泡を吹いている。ああ、脈の動きが生々しく伝わって来る。今度は違う理由で気絶しそうだ……。

「ワクワク……!」

 いや、キエリ、そんな期待を込められた目で見つめられても困る。こんなの理解できるわけないだろ。これはあれか?お前もこうしてやるっていう脅迫か?そうとしか思えんぞ。

「じゅる……」

 他方、ロカはよだれを垂らしてこちらを見ている。え?これってご馳走なの?

「……」

 俺よ、冷静になれ。よく考えればキエリの意図がわかるはずだ。ネズミのようなもの、針、死にかけ……これが意味することとは?

 って、んなもん、わかるわけねーだろうがっ!!!俺はこのネズミのようなものを遠くにぶん投げた!

「ちょ!!?あたしの晩飯に何してんのよ!?」

 お前の晩飯だったのかよ!!!


 さて、再び相談タイムである。本日二度目の光景だ。キエリとロカは俺に背を向けて話し込んでいる。異世界転生して小一時間、俺がやっていることと言えば草原で間抜けなやりとりをしているだけだ。こんな地味でしょうもない転生物語が他にあるだろうか?もっとこう……モンスターが出てきたり、可愛いヒロインと印象的な出会いをしたりするものだろう?

 だが、その責任は全て俺にある。俺が喋らないから話が進まないのだ。極端なあがり症である俺は、どの場所でも人に話しかけることができず、友達ができたこともない。そうやって失敗を重ねてきたが、異世界に来ても同じミスを繰り返すのか?

「……」

 いや、変わろう。詳しいことは知らないが、俺はこの世界の救世主らしいのだ。俺がコミュニケーションを避けることで、この世界が危機に瀕してしまうかもしれない。多くの無実の人々が犠牲になるかもしれない。そんなことあっちゃだめだ!俺はお喋り下手を克服してみせる!

「でさ、これからどうする?リムネ様に相談しに行く?」

「相談したって意味無いわよ。あの女神に何かできると思う?」

 人に話しかけること、特に話している人に声をかけるのは至難の業だ。コミュ障にとっては、崖をジャンプして飛び越えるのに等しい。命を賭けた大勝負なのである。大事なのはタイミングだ。タイミングをあやまると、変な空気になってとてもじゃないが正気ではいられない。

 一瞬の隙を狙うんだ。コンマ一秒、会話と会話の途切れ目を捉えるのだ――!

「でも……」

「あたしは……」

 勇気を出せ。できる。俺ならできる。この子たちに自己紹介するんだ。妨害が入らない限り、絶対に成功するはずだ。自分を信じろ。勇気を奮い立たせるんだ。

「キシャアアアアアア!!!」

「ひゃあ!?な、なんでこんなところにベヒモスが!?」

「知らないわよ!」

 草原に突如現れたベヒモスが、俺たちを襲う――!

「……」

 って、こんなんじゃ自己紹介できるわけねぇだろうがぁああああ!!!!

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