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婚約者が浮気をしていたので、結婚なんてもうしません。王宮魔導士を目指そうと思います!

作者: 中洲める

 一話 始まりは突然に



 王立学院に通う私はその日、久々に婚約者とランチを食べる約束をして浮かれていた。

「中庭でランチなんて初めて!」

 初夏の瑞々しい緑が映える中庭。

 整えられた石畳で出来た道を、待ち合わせ場所へ向かってゆっくり歩いている。

 この学園はニクロス国の爵位を持つ家の子供なら十五歳になれば必ず通う王立学院だ。

 ここで二年間学び、将来への足掛かりを掴む。

 勉強は勿論だが、やがて継ぐ領地の為人脈を得たり、伴侶を探したり、実力を示し良い職に就く足掛かりにする為の場である。

 

 私はターニャ・アルセ

 アルセン地方にあるアルセ男爵家の長女だ。

 オレンジの髪をいつも二つに分けて三つ編みなのは本を読むのに邪魔になるから。

 ランプの明かりで本を読んでいたせいで視力が落ちて少し厚めの眼鏡をかけている。

 鼻の上に散ったそばかすは、私の大好きなお父様に似ているから嫌いじゃない。

 我ながら野暮ったい事は自覚しているけれど、それより本を読んだり新しいことを学ぶ方が楽しいからお洒落には興味が湧かなかった。

 私には魔法適性があって小さい頃から訓練を受けていた。そのお陰で無事魔法学科に入ることが出来て今は忙しくも充実した学生生活を送っている。

 長女といってもしっかりした弟がいるから私は家を継がず嫁に行くことが決まっていた。


 その相手は同じ地方で生まれた幼馴染のカリクス・リグリット。

 リグリット子爵家は剣術が得意が騎士の家系。

 黒髪にアイスブルーの精悍な顔立ちをした人で、騎士科に通っている。

 リグリット家の別荘が実家に近く、別荘に入り浸っていたカリクスとは昔からよく一緒に遊んだ。

 日が暮れるまで剣術の稽古に付き合ったり、魔法の実験に付き合って貰ったり。

 私の幼少期の記憶は殆どカリクスと共にある。


 幼馴染で恋愛ではなく親友や悪友といった感覚ではあるけれど、婚約の話が出た時に知らない人へ嫁ぐよりはずっといいとその話を受けた。 


 そして十五歳になり学院に入った。

 私は魔法科とカリクスは騎士科で学舎も食堂も違うから、この学園に入学してから全然顔も合わせられていない。

 敷地も広くちょっと顔を見に行こうと気軽に行けるものでもない。

 それに全寮制で男女の宿舎は離れている。この環境の中ではお互いの顔を見るだけでも難しい。

 けれど、絶対不可能というわけではない。

 婚約者同士も中にはいて、それらの逢瀬の連絡はお互い寮監に手紙を通して連絡を取り合う事になっている。

 多感な男女が無意味に交流しないようにという配慮でもあるらしい。

 抜け道もあるようだけれど、私には特に必要ない情報だったから聞き流してしまった。

 この学園に入って一年。カリクスと一緒に何かしたのは三回。

 一年の私の誕生日、カリクスの誕生日、それから年末の食事会。

 食事会はそもそもパートナー同伴の全学生合同パーティだったから実質二回かな……。

 予定が空いたときに何度か手紙を送ってみたけれど忙しい、予定が合わない、約束はしたけれど急用が入ったなどと上手くいかない。

 そして今回約束が成立したのは、実にパーティを除くと半年ぶりの事だった。

 お互い忙しいのは分かっていたから、会えなくても約束を反故にされても不満はなかった。

 でも、やっぱり寂しかった。


「早く着きすぎちゃったかな」

 中庭にある時計を見上げると約束の三十分前。 

 久しぶり会うのだからと厨房の片隅を借りて、彼の好きな料理をたくさん作って大きめのバスケットに入れた。

「ふぅ、作り過ぎたかも。ちょっと重いな」

 まだ待ち合わせにはずいぶん時間があるし、持ち歩くにも重いからと待ち合わせのベンチに置いて、私は少し中庭を散策することにした。


 今日は休日で、学内にあまり人はいない。

 それでも時々自習をする為に登校する向上心の高い生徒がちらほら見受けられる。

 私もランチを終えたら図書館に行って、修練場に行く予定つもりだから休日とはいえ制服で来た。

 この学園に来てから目に見えるほど魔法が上達していて、勉強が楽しくて仕方がない。

 毎日が楽しくて忙しいくて目まぐるしい。

 充実した日々を送っているけれど、それでも長い間一緒に居た幼馴染との時間が減ってしまっていたのは寂しかった。

 

 だから今日カリクスと会えるのは本当に嬉しかった。

 浮かれた気持ちで中庭を散策する。


「こんなところに噴水なんてあったんだ。知らなかった」

今まで視界には入っていたけれど改めて新鮮な気持ちで中庭を回っていると、樹木の影から声が聞こえて来た。


「ふふふ、そんなに私が好きなの?」

「ああ、俺は君に夢中だよ」

 どうやら恋人同士が逢瀬を楽しんでいるようだ。

 熱の籠った愛の囁きなんて初めて聞いた。

 私は他人事ながら顔が赤くなる。


「凄いな、恋人同士ってあんな会話するんだ」

 私とカリクスは幼馴染からそのまま婚約者になったから、恋人らしいことなんてしたことはない。

 卒業したら結婚する予定で、そうしたら少しはそれらしくなるのかな。

 幼馴染とのあれこれを想像したら顔が赤くなって来る。

 恋人の逢引なんていつまでも聞いていてはいけないと私はその場から立ち去ろうと足を動かした。

 その時……。


「ミラーナ、君は本当に綺麗だ。何よりお洒落でセンスがいい」

 あれ、この声、何か聞き覚えがある……。

 踏み出した足が止まった。

「ふふふ、それは貴方の婚約者に比べたら誰だってそう見えるわ。カリクス」

「!?」

 え、今カリクスって言った?

 聞き覚えのある声だって思ったけど、恋人なんているはずない。きっと同じ名前の違う人のはず……。

 血の気が下がり背中に冷や汗が噴き出す。指先が震えて止まらない。

「全くだ。ターニャと来たら勉強勉強で田舎にいた頃と何ら変わらなくて芋臭くてかなわない。あれと将来結婚すると思うと気が滅入るよ」

「……!?」

 私の名前……。

 心臓が壊れてしまいそうなほど激しく鼓動する。

「折角王都の洗練された場所に来てるんだからもう少し身なりに気遣えばいいのに。全くいつまで経っても野暮ったいままなんて、せめて俺の隣に立っても恥ずかしくないようにして欲しいよ」

「あら、私はいいの?」

「君は綺麗だよ」

「うふ」

 傍にある生垣に身を隠し木陰をそっと覗くと、木の幹に寄りかかったカリクスが知らない女の子を抱きしめて微笑んでいた。

 黒髪の細くて綺麗な色っぽい人。

 あんな優しそうで甘やかなカリクスの顔、初めて見た……。

 私と居る時と全然違う。あれが恋人と居る時のカリクスの顔なの? じゃあ私が見ていたカリクスは……?

 目の前の光景を心が受け止められない。

「婚約者がいるのに私を口説くなんて悪い人ねぇ」

「仕方がない、美しい君が悪い。好きだよ」

 くすくすと笑いながら、口づけを交した……。


「……っっ!」

 思わず声が零れそうになり慌てて防音と気配遮断の魔法を張る。


 その後の事は覚えていない。

 気付いたら図書館の片隅で蹲っていた。

 さっきみた光景が頭の中で何度も蘇る。


「……キスなんて、したことない」

 それ以前に甘い空気にすらなったことはない。

 親友で悪友みたいだった。私とカリクスの間に恋愛感情はなかったけれど、生涯背中を預けて生きて行ける相手だと思っていた。


「でも、確かにイモっぽい」

 視界に映る野暮ったい三つ編みを持ち上げる。

 滲んだ涙を拭う為に外した色気のない眼鏡。

 痛んではいないけれどお気に入りの使い古されたハンカチ。

 さっきの女の人が着ていたようなお洒落な服は一枚もなく、一番マシなのはこの制服かもしれない。

 化粧品も持っていないし、したこともない。


「あの人、綺麗だったな」

 体はすらりと細く髪も整えられ、薄いけれど化粧も施されていて指の先まで綺麗だった。

「カリクスはああいう女の人が好きだったんだ」

 彼の女性の好みなんて気にしたことも無かった。

 小さい頃からずっと一緒に居たし、私という存在全てが彼に受け入れられていると信じて疑っていなかった。

 ……私がそうだったから。

「でも、考えてみたらカリクスは格好いいんだよね」

 見慣れた顔だったから改めて気にしたことはなかった。

 そういえば成長期が始まって背が高くなってからのカリクスは、一緒に街へ行くとよく女の人に声をかけられていた。

 あんまり嬉しそうにしていた記憶はなかったから、カリクスはそういうのに興味がないんだと思っていた。

 でもカリクスが抱きしめていた相手を思い出すと理由が分かる。

 田舎町に居るような女の子はきっと好みじゃなかったんだ。

「……婚約を承諾したの間違ってたのかな」

 この婚約はリグリット家からの打診だったけれど、ひょっとしてカリクス自身は嫌だったのかもしれない。

 私が深く考えず、カリクスなら構わないと二つ返事で頷いてしまったせいで断りづらくなったのかもしれない。だったら悪かったな。

 そういえばお互いにこの婚約をどう思っているか話し合ったことがない。



 もしも私があの人のように自分を磨き洗練された女性になれば、カリクスは私を愛せるの?

 一生懸命お洒落をして化粧をした私がカリクスに抱きしめられることを想像してみる。

 何かがおかしい。私の中で噛み合わない。

「……そうか」

 私はあんな風になる事を望んでいない。

 信頼し、信頼されて支え合いたかった。良い未来を見据えて一緒に歩みたいと思っているんだ。

 その中で愛し愛される関係になれたらそれは素晴らしい事だ。

 けれど、自分を変えてまで欲しいものではない。


 仮にそれで関心が向いたとして、私を裏切ったカリクスに今までと同じ気持ちを向けられる?


「無理」

 気持ちの答えは考えるまでもなかった。


 それに私はお洒落やお化粧より勉強がしたい。

 自分の魔法をもっともっと高めていきたい。


 カリクスも剣術に一生懸命だった。

 だからあの人となら高め合って、一生背中を預けて生きて行けるって思ったから婚約を受けた。


 でも、恋人がいる人とこのまま婚約を続ける事は出来ない。


 恋じゃなかった、愛でもなかった。

 強いていえば多分情だった。


 それでも……。

 知らない女の人とカリクスがキスをする情景を思い出し頭を振る。


「胸が、痛いよ……」

 お互いそういう感情は向いていなかった。

 けれど、胸が痛い。

 勝手に零れる涙を拭い声を押し殺す。

「私が、嫌なら……そう言ってくれればよかったのに……」

 そうすれば婚約だって受け入れなかったし、いつだって婚約破棄してくれてよかった。


 痛む胸を押さえて顔を伏せていると、ふわりと頭の上に何かが被せられた。

 この色合いと感触は多分制服の上着だ。


「……?」

「しばらくそうしてなよ」

 声の主は分かっていたけれど確かめたくて、そっと被せられた上着の隙間から外を見た。

「……アラン」

 予想通りよくここで一緒に勉強をしているアランだった。

 同じ魔法科でとても成績がいい。

 魔法論の考え方が私とよく似ていて凄く気が合う同級生。

 さらさらとした柔らかい金髪に私のより深い緑の瞳の優しい顔立ちをしている。

 アランは優しげな顔に憂いを浮かべて私を見下ろした。

「今日もここで勉強してるかと思って来てみたんだ」

「うん……」

「俺、本読んでるから気が済むまでそこに居なよ。誰も通さないから」

 私がいる書棚の近くの椅子に座って私に背を向けて本を読み始めた。

 元々この場所はあまり人が来ない本が並ぶ図書館の一番奥。

 私たちがよく横に並んで勉強をしている場所。


 アランが本を捲るページの音を聞いてるうちに気持ちが落ち着いて行く。


 どのくらい時間が経ったのか、窓から差し込む日差しが傾いて来た。

 私は深く息を吐いて頭から被っていた上着を取る。

「もういいの?」

 私の気配に気付いたのか、近づいて来たアランが声をかけた。

「うん、ありがとう」

 上着を返し、ハンカチで目元を拭って立ち上がった。

 真正面から視線がぶつかり、アランが苦笑を浮かべる。

「ふっ、ひっどい顔だな」

 酷い言い方だけど深い緑の瞳が心配そうに揺れている。笑い飛ばしてくれようとするアランの気遣いを嬉しく思い私は自然と微笑んだ。

「本当ね。鼻は擦り過ぎていたいし、瞼が腫れてしまって上手く開かないわ」

 抉じ開けようとした瞼に掌がそっと置かれた。

「アラン……?」

「そのままで」

 熱を持った瞼がじわりと冷やされていく。

「……冷たくて気持ちいい。相変わらずアランは細かい調整が得意ね。私は苦手だわ」

「うん、でもこの一年でターニャだって上手くなっただろ」

「アランのお陰でね」

「俺は火力が高くなった。君のお陰だ」


 私たちは初めての授業で二人一組になれと言われた時にあぶれたもの同士だった。

 その授業で私たちは驚くほど気が合った。

 お互いのやりたいことがすぐわかったし、どうしたいのかは短い言葉だけで理解できる。

 そして何より魔法が大好きだということを知った。

 それから私たちはずっと二人で切磋琢磨して来た。この一年で魔法の腕が飛躍的に上がったのはアランのお陰だ。

 アランも苦手を克服してさらに高みへ行けるようになった。

 魔法研究に熱が入り過ぎて事件を起こして怒られるのも一緒で、相棒であり、共犯者のようでもある。


「ふふ」

「はは」

 すっかり冷やされ腫れの治まった瞼を開くと笑うアランの顔が見えて、目が合って笑い合う。

「……何があったか聞いていい?」

 遠慮がちに問いかけるアランに微笑んで頷く。

「うん、聞いてくれる?」

 私はアランにさっきの出来事を話した。




「何そいつ最悪」

「私も最低だと思う。嫌なら嫌でそう言ってくれればいいのに」

 そしたらいつだって解消したと、憤慨する私に深く考え込んだアランが言葉を漏らした。

「……もしかしてターニャと婚約解消する気がないのかも」

「え!? だって恋人が出来て、キスして好きって言ってたよ? 恋人だからキスして抱きしめるんでしょう。好きな人がいるならその人と結婚するわよね?」

「ターニャ、君は純真だね。あと君は君の価値が分かっていない」

 感心したような呆れたような、どっちともとれる複雑な表情をしているアランを見つめる。

「貴族の結婚は家同士の決め事だけど、私たちの婚約はそもそも結婚するまでに別の好きな人が出来たら解消出来るって約束だった」

 婚約を言い出したのはリグリット家だったけれど、お父様が婚約するときにその条件を盛り込んで了承された。

 だからどちらかに好きな人が出来た場合は婚約は解消される。

「それなのに恋人が出来た彼は婚約破棄しないんだろ?」

「……うん、まだ言われてない。もしかして付き合い始めたばっかりだから? もう少し待ってたらそのうち言い出すのかな? 卒業までまだ一年あるし」

「……君は純真な上にのんびり屋だ」

 今度は呆れたようにため息をつかれた。

「私から婚約破棄を言い出したらいいのかな?」

「何て? 浮気しているのを見たので愛想が尽きましたって?」

「うん」

「君と結婚する気だったら、そんなことしてないって白を切ると思うよ?」

「でも。私の事を芋臭くてダサくて嫌だって言ってたし結婚する気はもうないんじゃないかな?」

「ターニャ、容姿の好みとは別に君は魔法使いとしてとても価値が高いんだ。貴族が君という魔法使いをたかが容姿で手放すとは思えない」


 騎士の家系に魔術師の妻を迎えることをとても尊ぶ傾向にある。

 魔術の素養を持つ者は少ない。その血を望み手段を択ばない貴族は多いとアランは言う。

 何故なら魔法使いはたった一人で一騎当千の戦闘力を持つ。

 そうでなくても便利な魔道具を生み出したり、治療方法が分からない病気や欠損すら治せる者だっている。

 家系に一人いるだけでも勢力図が変わってしまうほど強力な存在だ。


「君自身も優秀な魔法使いである上に、実家は代々続く魔法使いの家系だろ? 彼は家の為に君を逃さないと思う」

「じゃあ、あの女の人……」

「火遊びをする人もいるんだよ。ここにいる間だけの恋人」

「私と結婚した後どうするの?」

「まぁ、愛人として囲うんじゃない?」

「……愛人」

 血の気が引いて行く。


 カリクスは軽い性格だけどそんなことをする人ではなかった。

 ……私が知らないだけ?

 私と結婚しながら別の女の人の元に通って愛を囁くの?

 ……そんな相手と結婚なんかしたくない。


「君の一族は代々優秀な魔法使いを輩出してるだろ? 幼馴染なら最初から君を狙って接触していたとしてもおかしくない」


 じゃあ、カリクスは最初からそのつもりで私と一緒に過ごしていた? 

 私の知るカリクス・リグリットという人間が根底から揺らいでいく。

 視界が揺らいで足から力が抜けた。


「おっと、大丈夫?」

「ごめんなさい。色々な事が起きすぎて……」

 倒れそうになった私を支えてくれたアランは、椅子を引いて私を座らせてくれる。

「とにかく、君からの婚約破棄は出来ない可能性があることを知っておいた方がいい」

「でも、本当にどうしよう。今までみたいに付き合うなんて無理だし、結婚なんてもっと無理」

「もし俺の推測が正しければ何を言おうとターニャを手放したりはしないだろうね。婚約解消は双方の同意が必要だし」

「そっか……」

 仮に浮気の証拠を叩きつけたとしても、貴族同士の婚約だと家同士の契約ゆえ、破棄になるかといえばそうもいかないのが現状だ。

 考えれば考えるほどため息が出てしまう。

「私はもうカリクスと結婚したくない」

 これが私の偽らない本音。

 知らなかった頃ならともかく、知ってしまったら知らなかった時のように振る舞えない。

「どうしよう。このまま結婚なんて嫌」

 絶望で心が染まって行く。何とか回避する手段はないものかと脳内で案を巡らせた。

「あ、じゃあ。私に好きな人が出来ましたって言うのはどう!?」

「相手に会わせろって言われるだけだと思うけど、相手は誰にするの?」

「……相手、どうしよう」

 恋なんてしたことないもの……。片思いって設定で適当な人の名前を上げる?

 でもそれで相手に迷惑が掛かったらどうしよう。

 思わず困ってアランを見上げる。

「俺を使っていいよ?」

「そんな! アランに迷惑はかけられないよ」


「俺は、別にいいのに……」

 小さく呟くアランの言葉はよく聞き取れなかった。


「え、アラン何?」

「ああ、いや……」

 聞き返したら煮え切らない返事を残して顔を逸らされてしまった。



「はぁ、卒業したくない」

 カリクスとの結婚が待っていると思うと、永遠にこの学院生活が続けばいいのにと願ってしまう。


 しばらく沈黙が落ちた後、考え込んでいたアランが顔を上げた。


「ターニャ、俺に案がある」

「アラン?」

 励ますように肩に手を置かれる。

「王宮魔導士を目指せばいい」

 王宮魔導士とはこの学園で好成績を収めた一握りだけがなれる魔法のエキスパートが集う場所。

「王宮魔導士は替えの利かない唯一無二の存在。それゆえ貴族子女でも結婚より魔導士で居ることが公的に求められる」

「つまり、王宮魔導士になればカリクスと結婚しなくていい……ってこと?」

「ああ、そうだ」

 女は魔法使いであっても結婚したら家に入るのが一般的だが、王宮魔導士に選出された場合はそれに当て嵌まらない。

 例え結婚が決まっている相手がいても、家に入る前提であればそれを取りやめ王宮魔導士になるよう送り出す事こそ美徳とされていた。

 何故なら家を支える女は他でも見繕えるが、王宮魔導士は替えが効かない唯一無二の存在だからだ。

 引き留めると醜聞となり、社交界でつまはじきにされる。

 そういった風潮もあり、本来婚約者や決まった相手がいる魔法使いは王宮魔導士を目指さない。


 

 カリクスが婚約破棄を言い出してくれるならそれでよし、でもそうでないなら私が自由になるにはこの方法しかない。


「私、やるわ! 王宮魔導士になる!」

「難しい道だけどやれる?」

「魔法は大好きだし、生涯魔法に関わって生きて行けるなら本望よ! 結婚なんてもうしない。私は魔法に生きる!」


 結婚なんてもうするもんか。私は魔法に生きるんだー!


 一人でテンションを上げているとアランに手を取られた。

「ねぇ、ターニャ。俺にも手伝わせてくれない? 俺も王宮魔導士を目指してるんだ。一緒に頑張ろう」

 アランも同じ道を進もうとしてくれるなんて嬉しい! こんなに心強いことはない。

 そう思って私は強く頷いた。

「勿論。俺だって王宮魔導士を目指してる。あと一年で一緒に頑張って行こう」

「うん!」

「二人で王宮魔導士になるぞ!」

「うん!」

 こうして今まで以上に忙しい日々が始まった。

 魔法の座学、技術、開発、勉強とやることは山積みで私は次第にカリクスの事を忘れて行った。









 二話 義務と本音(カリクス視点)



 ターニャとの約束の時間まで、人気のない中庭の木陰で思う存分ミラーナとの逢瀬を楽しんだ。

 楽しみ過ぎて昼を告げる鐘が鳴ってから随分経ってしまっている。

「そろそろ行ってあげないと、婚約者ちゃんと会うんでしょ?」

 しなだれかかる黒髪の美しい女性を抱きしめる。俺の恋人であるミラーナ。

 琥珀色の瞳が蠱惑的で、整った顔立ちに化粧がよく似合っていて色香を増していた。

 休日ということもあり整えられたプロポーションに見合う私服がまた好みだ。

「はぁ……憂鬱だ。でも、そろそろ構っておかないとあいつはうちの家にとって大事な嫁だからな」

「ふふふ、悪い人」

「あいつは魔術師の素養を持った子供を産むために必要な存在だから仕方ない。仕方がないがアレと子作りなんて出来るか不安ではある」

 ため息をつきながらミラーナを抱きしめると、腕の中で恋人が笑う。

「そこは頑張りなさいな」

「俺が愛してるのは君だよ、ミラーナ。君とならいつでも歓迎なんだけどなぁ」

「嬉しいわ」

 ターニャと同じ男爵家の令嬢であるミラーナ。

 騎士科を見学しに来ていた普通科の女子に混じっていた彼女は、練習終わりにタオルと冷たい水を差し入れてくれた。

 それがきっかけて付き合うことになった。

 ミラーナは魔法の素養もなく成績もあまりよくない。けれどそれを補って余りある美しさがある。

 将来はターニャと結婚した後愛人として囲い、不自由のない生活を送らせる約束をしていた。

 三人姉妹の末で家を継ぐわけでも嫁ぎ先が決まっているわけでもなく、自由気ままに生きている。

 そんな余裕のあるところにも惚れた。


 魔術だ、勉強だと日々忙しく動き回るターニャに付き合うのは大変だった。

 けれど父からの厳命でターニャの心を掴んでおけと言われていたから、言われるまま付き合った。

 研究熱心なターニャの指導で剣の腕が上達したのは、大変な思いをして付き合った副産物だ。

 お陰で騎士科でもかなり評価が高くいられることには少しだけ感謝している。


「さて、仕方がない。そろそろ行くか」

「今日はもう会えないかしら?」

「ああ、すまない」

「いいのよ、こうして時間を作ってくれたんだもの」

 聞き分けがよく、たまに言う我儘も叶えてやりたくなる程度の可愛いもの。決して出しゃばることも無く、こうと決めたら梃子でも動かない頑固さも、絶対曲げない信念もない。

 お洒落と噂話と甘いものが大好きで、何かと俺を立ててくれる。

 女はこのくらいが丁度いい。ミラーナと付き合うようになってしみじみ実感した。

 名残惜しくて何度もキスを交わしてその場を離れる。



「さて、待ち合わせは時計台付近のベンチだったが……」

 中庭の真ん中に建つ時計台を見上げると約束から三十分も過ぎていた。

 けれどターニャは待っているだろう。

「何せあいつは俺を信頼しきってるからな」

 そうなるように付き合ってきた。ターニャの望みを叶え、意思に従い寄り添った。

 俺にしては譲歩に譲歩を重ねた付き合い。

 その甲斐あってターニャは心の底から俺を信用している。

 それにターニャの性質上一度懐に入れた相手を決して疑わない。

 用事が入って遅れてしまったと言えば、あっさりとそれを信用して許してくれるだろう。

 生垣の影から出て約束の場所に向かった。


 けれどそこにターニャはいなかった。


「……ターニャ? どこだ、ターニャ!」

 声をかけてみるがターニャが出てくる気配はない。

 遠くにちらほらと休憩をしている生徒たちはいるが、待ち合わせの付近には誰もいない。

 ターニャの性格なら待ち合わせ前に来て、来るまで待っているはずなのに。

「まぁ、張り切りすぎて弁当でも作っているんだろう」

 誰かが置き忘れて行ったバスケットが置かれたベンチを避けて、反対側にあるベンチへ腰かけた。

 きっと息を切らせて遅れてごめんと謝りながら、そこに置き忘れられている大きなバスケットに負けないようなものを持って現れるに違いない。

 領地にいるときに幾度となく繰り返されたお約束。

 寛大な振りをして受け入れ、おいしいと手料理を食べてやればそれで十分だ。

 それで少し話を聞いてやればいい。

 ターニャが満足するまで付き合ったらそこそこで切り上げて、残った時間でまたミラーナに会いに行けばいい。


「仕方ない。待ってやるか」

 この学園に入学してすぐミラーナに出会い夢中になった。

 知らなかった頃ならターニャとの付き合いは苦ではなかった。けれど、都会の洗練された女を知った後ではどうにもあの芋臭さが受け入れられない。

 もしも俺の為に着飾り美しくなろうとするのなら、それなりに愛せるとは思う。

 だがターニャは化粧をする時間があるなら魔法の練習をする。服を買う金で本を買うような女だ。

 恐らくそれは望めない。

 可能であればターニャとの婚約を破棄してミラーナと結婚したい。

 けれどそれを父は認めないだろう。魔法使いに並々ならぬ憧れを抱き、一族の中に魔法の素養を持った人間が生まれることを渇望している。

「幼馴染がミラーナであればなぁ」

 たまたま隣の領に産まれた同じ年の女。

 代々魔法使いを輩出してきた男爵家に、息子と同じ年の女児が生まれたのを知った父が画策した出会い。


 この国では魔法の素養があるものは少ない。魔法使いは尊ばれ、身分関係なく取り立てられる。

 その素養が貴族にあればなおの事。

 ターニャに魔法の素養が出る可能性に賭け誰よりも早くアルセ家に接触した父。

 わざわざアルセ男爵家に近い場所に別荘を建てて俺を送り込み、計画通りまんまと仲のいい幼馴染に納まった。

 そしてターニャに魔法の素養があると分かった時、父はこれでリグリット家にも魔法使いが生まれて来ると喜んだ。

 リグリット家は代々剣で身を立てて来た一族ではあるが、剣に関しては素養よりも本人の努力が物を言う。

 逆に魔法は素養がなければ使えない。

 だからターニャを絶対に手に入れろと脅迫に近い命令だった。

 父は魔法使いへ憧れるあまり妄執に取りつかれている。けれど、リグリット家に魔法使いが生まれることは将来において有用であることも確かだ。

 だから俺は父に従っている。


 貴族の結婚は家の為。好きな相手と結ばれなくとも信頼できる相手と結婚出来るならそれは幸せな部類だ。

 その相手としてターニャは最適である。

 真面目で誠実で嘘をつかない。

 その上頭も良くて魔法も使える。

 俺は恵まれてはいるんだ。

 ただ、容姿の好みだけはどうにもならない。


 何年経っても変わらず芋臭い幼馴染を思いため息を吐いて時計を見上げた。


「……遅いな」


 五分経過したがまだ現れない。


「あと五分だけ待つか」


 ミラーナを待つ五分は早いのに、ターニャを待つ五分は長く無駄に思えてしまう。


「後五分で来なかったら言い訳も出来るし、ミラーナに会いに行こう」

 俺はここで四十分待った。それで十分だろ。


 遅刻してきたことをすっかり忘れ、予定通りさらに五分が過ぎて現れないのを確認してベンチを離れた。

 ターニャが現れない理由など気にもしなかった。

 その後も俺からターニャに連絡を取ることはなかったし、ターニャから誘いが来ない事にも気づかなかった。


 何故なら俺はミラーナに夢中だったからだ。


 そして卒業式間近になって俺はターニャが王宮魔導士になったことを知った……。







 最終話 幕引き



 王宮魔導士を目指しほぼ一年が経過した。

 私はこの一年、寝る間も惜しんで努力をし続けた。

「うう、緊張する……」

 そして明日、その合否が発表される。

「やれることは全部やった。後は結果を受け止めるのみだ」

 落ち着かない私の肩をアランが励ますように叩く。


 王宮魔導士は知識や魔法技術に加え、新しく開発した魔法や魔道具のお披露目や提出が必要となる。

 魔法使いは少ないのに王宮魔導士となれるほどの知識と技量を持った者はさらに少ない。

 試験を受けられるだけでも十分な才があることの証明になる。けれど私たちはそれでは満足できない。

 やるなら魔法を極める頂点まで行ってみたい。


 そんな情熱を燃やしながら私は得意な炎と風を合成して今までにない攻撃魔法を完成させた。

 今はまだ未熟だから小さな威力のものしか発動させられないが、いつか技術が追い付けば大きな湖すら一瞬で蒸発させることが出来るだろう。

 アランは逆にコントロールの繊細さを生かし、寒冷地や温暖な気候の中でも服の中で快適な温度を保てる魔法を開発させた。

「アランの魔法は堅実な実用性がきっと目に留まるわ」

「君の魔法は全魔法使いたちの憧れの具現化だと思うよ」

 私たちで一つずつ発表したけれど、実際は二人で二つ開発したようなものだ。

 どちらが採用されても納得するし誇らしい。


「もし今年がダメでも私は来年も挑戦する。ニ十歳までチャンスがあるもの」

 王宮魔導士の応募はニ十歳までと決まっている。それは魔力量の伸びしろがそこで止まるからだ。

 それ以上は技術は熟練させることが出来るけれど魔力量はもう上がって行かない。

 一定以上の魔力量を合格基準としている為、そういった制限が設けられている。

「……大丈夫なのかい?」

「お父様にはもう伝えてあるの。学力と知識は足りているし、もしも魔力量の問題でなれなかったのなら鍛錬でどうにかなる。……だから明日の発表次第だけど二十歳まで結婚を待ってもらうか、駄目なら婚約破棄してくださいとリグリット家にそう言って貰うことになってるの」

「そうか」

「……この一年。私から誘いをかけなければカリクスからは何の連絡も来なかった」

 あのランチの約束を破った日も何も言ってこなかった。

 何故来なかったのかと、責められたり問い詰められたらどうしようと思っていた。

 けれどその心配は無用だった。

 カリクスの私に対する関心はその程度なのだと、私もカリクスに関心を失った。


 それから魔法と勉強に全てを捧げて一年アランと頑張った成果が明日出る。



 明日はデビュタントの練習であるパーティが開かれ、その場で成績優秀者と配属先が発表される。

 パーティで該当者たちの興味を引くなり、友人関係を築くなりして人脈を繋げという学校側からの配慮だ。


「ところで、本当に私があのドレスを貰ってしまってもいいの?」

「ああ、君に着て欲しい」

 三日前、部屋に届いたのは私が見たことも無いほど可愛くて綺麗なドレスだった。

 それに合わせた靴とアクセサリー、基礎化粧品なんかも入っていた。

 実家から持ってきた地味なドレスなんて比べ物にならない。

 こんな素敵な物に自分が見合う気がしなくて返そうとしたんだけど、絶対似合うからと化粧や髪の結い方まで丁寧に解説したノートまで貰ってしまった。


 綺麗で可愛いドレスに見劣りしないようにと毎晩ノート片手に練習していて、ようやくそれなりに見られるようになってきたところだ。


「君の価値は容姿なんかじゃ計れない。でも、ターニャ。君は十分可愛いよ」

 三つ編みを優しく持って結び目にキスをされて顔が勝手に赤くなった。

 王子様みたいだった。

「アラ……ン!」

「明日の発表次第だけど、もしも二十歳になっても婚約が解消されなかったら俺が恋人に立候補するよ。そしたら一緒に魔法の道を究めよう?」


 魔法の道を究めよう!? なんて素敵な言葉なんだろう。

 しかもアランと一緒に!? 最高過ぎる!

 この先もアランと共に魔法へ携わって生きていける未来を想像したらワクワクしすぎてしまう。


「アランと一緒に魔法を一生極めて行けるの!? 何それ素敵!」

「……あれ、今俺求婚したんだけどな?」

「凄い、凄い。一生魔法に打ち込めるなんて素晴らしいわ!」

 魔法の道を究めようって何て素敵な言葉なんだ。胸が高鳴って止まらない。

 私の頭の中にはどんな魔法を研究するかで埋め尽くされてしまい、アランが言っている言葉は耳を通り抜けて行く。



 そして迎えた翌日。

 アランのくれたノートを見ながらお化粧をして、髪を整えドレスを着た。

 鏡の中の私は本当に自分なのかと思うほど綺麗だった。

 お姫様みたいなんて思ってこっそり赤面したくらいだ。

 アクセサリーと一緒に入っていたお洒落な眼鏡をかけて部屋を出る。



 会場に入ってからもチラチラと人の視線を浴びて、戸惑っていたらアランがすぐ声をかけてくれてホッとした。

 しばらくは食事を楽しんだりお喋りしたりとのんびりした時間が流れていた。


 そんな中……。


「お前……。ターニャ、なのか?」


 アランが取ってくれたデザートにフォークを入れようとしたその時、聞き慣れた声が背後からした。

 久しぶりに顔を合わせたら何か感情が浮かぶかと思ったけれど、特に何も浮かばない。


「カリクス、久しぶり」


 ほぼ一年ぶりに見る幼馴染の婚約者。彼の隣には腕こそ絡ませていないがあのミラーナという黒髪の彼女が寄り添っていた。


 それを見ても、まだ付き合いは続いていたのね。お幸せにとしか浮かんでこない。

 それにしてもこの苺のタルトはおいしいわね。次はりんごのパイにしようかしら。


 挨拶をしたのでもう用はない。


 そう思っていたのに私をしばらく呆然と見つめていたカリクスは、隣にいるアランを視界に入れた途端眉間にしわを寄せる。


「その男は誰だ。何故そいつの隣にいる。来い」

 突然腕を掴まれ引っ張られた。

「痛い、カリクス」

「婚約者は俺だろう!?」

 舌打ちをしながら私をアランから引き離そうとした。

「痛いわ、カリクス」

「放せ、ターニャが痛がってる」

 アランがカリクスの手首を掴んでくれて力が弱まった。

「俺の婚約者だぞ」

「婚約者を一年放置していた男の言動とは思えないな」

「……くっ」

 アランがカリクスを睨みつけながら掴んでいる腕を引き剥がしてくれた。

 意識したことはなかったけれど、アランの背中は大きいのだと庇われて初めて知った。

「俺と彼女はただの同級生だが、君たちは違うようだねぇ」

 アランは上から下までカリクスとミラーナを値踏みする様に見て鼻で笑う。

「お揃いなんて仲がいいんだね」

「「……っ」」

 今日はパートナー同伴ではないから衣装をあえて合わせる必要なんてないのに、二人とも同じ色、同じデザインで示し合わせたお揃いの衣装。

 どちらが婚約者かと問われたら、事実を知らなければミラーナだと皆が指さすだろう。


「それでも、ターニャの婚約者は俺だ」


 カリクスは主張を続けて私に再び手を伸ばそうとしたその時、壇上に上がって来た学院長が魔法で声を増幅して挨拶を始めた。

 ざわざわしていた生徒たちの声がぴたりと止んで、カリクスも伸ばした手を制止させる。


「それでは今年の優秀成績者とその配属先を発表します」

 ここで名前を呼ばれる事は何よりの栄誉だ。皆誰の名が呼ばれるか興味津々でいる。

 あわよくばその相手とお近づきになっておきたい。そんな空気が会場に渦巻いていた。

 静まり返ったその中で騒ぎは起こせないと、カリクスは手を降ろす。

 それを見て私は安堵の息を吐き、アランに庇われながら学院長に目を向けた。

「まずは騎士科からグラン・ランバート。アーデル・グラリッサ。王宮騎士団に配属」

 名前を読み上げられた男女は誇らしげに返事をし、壇上へ上がる。

 周りはどよめきと拍手でそれを見送った。

「次普通科から……」

 今度は普通科から王宮の文官として採用されたと男女合わせて四人が壇上へ。

「そして魔法科から、ターニャ・アルセ。アラン・ジル・ニクロス。王宮魔導士へ配属」

 会場が割れるようなどよめきに包まれた。

 王宮魔導士に挑む者は毎年いるのだが、記念受験に近い。

 該当者なしがほぼ通例だというのに今年は二人もいると周りが色めきだす。


「ターニャ!」

「アラン!」

 互いに顔を見合わせ手を打ち合う。

「さぁ、壇上へ行こう」

「うん!」

 自然に手を差し出され、私は無意識にエスコートに応えた。


「待て、何故だターニャ! 卒業したら俺と結婚するんだろう!? 何故王宮魔導士になっているんだ!」


 焦ったカリクスの騎士らしいよく通る声が会場へ響き、ざわめきが収まって行く。


「カリクス・リグリット。婚約者が王宮魔導士になることは栄誉だ。送り出す事こそ美徳であり、引き留めるのは外聞が悪いぞ」

 諫めるアランの声に一瞬怯みはしたものの、諦めきれないように私に手を伸ばす。

「ターニャ……!」

「私は王宮魔導士になります。さようならカリクス」

「待て、待ってくれ。ターニャ! なぜ相談してくれなかった!?」

「それ以上は見苦しいですよ。相談して貰えなかったのはどうしてなのか、今の自分の姿を見てその胸に聞いてみるがいい」

 アランの視線を追って、カリクスたちは会場の注目を浴びる。

「そんなものを纏ったお前がターニャに声をかける資格などない」

 厳しい口調で責めるアランにカリクスは言葉を詰まらせた。




 婚約者だと叫ぶ相手とは違う令嬢と揃いの服を着た令息。

 王宮魔導士になることすら教えられていなかった理由はそれだけで察せられた。


 カリクス達に冷たい視線が突き刺さる。


「ご自分のパートナーを大事にすることですね」

 皮肉を込めて「ご自分のパートナー」を強調したアランは勝ち誇った笑みを見て、カリクスは肩を怒らせ踵を返した。

「……っっ」

「ちょっと、カリクス! 一人にしないで」

 顔を真っ赤にして逃げ出すように会場を後にするカリクスの後ろを、ミラーナが必死に追いかける。


 それを目で追っていた私の手がアランに優しく引かれた。

「さぁ、行こうか」

「うん!」

 世界は光で満ちている。


 そんな夢見心地のまま私は壇へ上がった。

 学院長に褒め称えられ、先達の魔導士たちからもお褒めの言葉を貰い、私の中で今日は間違いなく人生で最良の日だ。


 そうして学園卒業と同時に私はアランと一緒に王宮魔導士となった。




 その後のカリクスは優秀な婚約者を自ら手放しただけでなく、栄誉を汚そうとしたと社交界で広まり出世の道を絶たれた。

 彼は実家に戻ることも許されず辺境地へ左遷され、生涯をそこで過ごす事になった。

 ミラーナも一緒だ。


 愛する者同士で結ばれたのなら、どんな環境だろうときっと幸せなはずだ。

 彼が選んだ人生の顛末なら、私が関与することなど何もない。




 そして私はといえば、王宮魔導士になった後も魔法漬けの毎日を送っている。

「ねぇ、アラン。私あなたが第三王子だなんて知らなかったんだけど?」

「……ターニャ、入学した時自己紹介聞いてなかった? 俺、ちゃんとフルネームを名乗ったんだけど」

「……私、新しい授業にワクワクして教科書を読み耽ってたから」

「だろうね」

「だから最初の二人一組にあぶれたの?」

 頷くアランに私はようやく何故こんな優秀な人が敬遠されていたのかを知った。

「そう。君は教科書を読むのに集中しすぎてて出遅れただろ」

「うん……」

「まぁ、でも結果的には良かったと思うよ。俺は王宮魔導士になったことで王位継承権が無くなり、思う存分魔法に打ち込めるからね」

「そうなの?」

「ああ、だから一生俺と一緒に魔法の研究をしようね」

「うん! じゃあ、まず新しい合成魔法なんだけど」

「……なんで求婚してるのに通じないんだろう?」

 首を傾げているアランを引っ張って魔法研究室へ向かう。


「さぁ、魔法に打ち込むわよ!」

「まぁいいか。君が僕の傍に居るなら」



 浮気されたけど、王宮魔導士になれたので幸せです!

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