6話
「理由を聞いてもいいかな?」
ボスの口角は上がり、目は優しく細められているが、雰囲気が怒っている。
とてつもなく、怒っている。
有心は気後れしながら、なんとか口を開いた。
「殺人とは、誰かを殺すのと自分の心を殺すことを同時に行う行為です。そんな行為を、レイにさせられません」
「だが、過去の自分が行っていたことを、追体験するのは過去を取り戻せると思わないか?」
「レイが過去を取り戻す条件は人の心を知ることです。追体験させれば、取り戻せるものも取り戻せません」
「そうだけれどね。まぁ、いいか。分かったよ、ここはボクが負けるよ。レイに任務は与えない」
「おわかりいただけたようで、良かったです。ありがとうございます」
有心は恭しく頭を下げた。
「さ、レイ帰ろうか」
「分かった」
すくっとレイは立ち上がり、ドアに向かった。
「じゃあ、ボスさようなら」
レイは棒読みに挨拶をして部屋から出ていった。
「僕も帰ります」
「またね、有心くん、レイくん」
そう言ってから、ボスは立ち上がり窓を開けた。
有心の家に着いてからレイは口を開いた。
「ボス、怒ってた」
「うん・・・そうだよね」
有心は苦笑いした。
「多分、過去を失ったワタシでも戦力になるって考えたんじゃない?」
「ボスは合理主義だからね」
「そっか。そうなんだ。知らなかった。・・・いや、知ってたのか。ワタシが忘れてただけで」
淡々と自分の考えを述べていると、内容との対比がすごく目立った。
「でも」
レイはさらに言葉を紡いだ。
「でも、ボスは・・・ワタシが忘れててもいいと思ってた。ワタシがボスのことを忘れても、一切合切全て忘れても戦力にさえなれば、それで良かったんだ。ワタシが過去を取り戻したいって言わない限り、ボスはワタシに任務を与えるつもりだった。それが、すごくー」
そこで一度言葉を切り、レイは眉を寄せ、口を歪め、感情を込めて言った。
「腹立たしい」
初めて自分の感情をあらわにしたレイに、有心は驚いた。
何を言っているのか、理解できなくなりパチパチと目を瞬かせたあと、無意識に口を歪めると、口を開いた。
「そうだね」
そう、つぶやく有心は悲しげだ。
その日の夜、ボスが執務室で仕事、もとい人を待っていると窓から誰かが侵入してきた。
「こんばんは」
窓枠に足をかけ、ひょこっとその誰かが挨拶をした。
「こんばんは、良い夜だね。レイくん。あぁいや、違うか」
「零くん」
「ボス、私が来るって分かっていたんですか?」
「零くんなら、ボクの気持ちを分かってくれるんじゃないかと期待していただけだよ」
ボスの物言いに、零はふっと笑った。
「ボスに信頼していただけて、何よりです」
そう言いながら、零は己の髪に触れた。
「いつの間にか、髪が短くなっていたんですけれど・・・ご存知ありませんか?」
「いや、分からないかな。ボクにできるのは、レイくんが自分の意志で切ったのではないかと推測できるぐらい」
「そうですよね。まぁ、いいんですけど。最近、長くて邪魔だったんですよ」
「でも、髪が長いのも綺麗だったよ。神秘的で、夜にいきなり現れたら敵は困惑するんじゃないかな」
「確かに、そうですね」
零は月を背景に優しく微笑む。その姿は過去を失ったレイと対照的だった。
「それで?零くんは、ボクにどんな用事があるのかな?」
「任務を、与えに来てもらいました」