4話
「なんで、そんな必死になってるの?」
レイの言葉に有心は我に返った。
「あ、いや・・・ごめん。忘れて」
ぎこちない笑顔で有心はそう答えた。
「忘れるとか、忘れないとかじゃなくて・・・大丈夫?」
その疑問符は、有心に対して問いかけている意味と、こういう場面で「大丈夫?」と声をかけても平気なのかレイ自身で考えている意味が込められていた。
「うん、大丈夫。気にしないで」
レイの目を見ず、顔を暗くしながら有心はそう言う。
「だから、大丈夫じゃなさそうなんだけど」
「大丈夫だから。気にしないで。ほんと、気にしないで」
有心は“気にしないで”という言葉を、まるで病的に繰り返している。
「気にしないで、気にしなくていいんだ。レイは・・・零は、何も気にしないでいい」
レイはまだ、人の心に疎い。だから、この状態の有心にどう対応すればいいのか、おおよそ分かっていない。
ただ、この状態の有心にどう対応すればいいかなんて、大抵の人間はわからないだろう。
「髪、切らなければいいの?伸ばしたままなら、先生は落ち着く?」
探り探り、レイは有心の精神をもとに戻すために言葉を紡ぐ。
「髪?あ、あぁ・・・そうだね。君は伸ばしたままが一番美しい」
目は虚ろで、どこか虚空を眺めている有心にレイは首を傾げたまま、髪切狭を手から離した。
「これで、いい?」
「髪、切らない。先生の言う通りにするから・・・もとに、戻って」
「もとに?僕はもう、もとには戻れない」
「え?」
明らかにレイを見ていない有心にレイは困惑したまま、もう一度髪切狭を手に取った。
困惑しながらも、なんとか導き出した答えを実行するために。
「先生、ワタシと零を重ねているでしょ?もう、いい。その幻想、ワタシが・・・もう零じゃないワタシがー」
「切ってあげる」
ジョキ
ジョキジョキ
ジョキジョキジョキ
レイは迷いなく、己の白髪を切っていく。自分の手の届かない後ろの方の髪は一房に束ね、一気にバッサリと。
レイを中心に、真っ白な髪が、雪と見紛うほどに美しい白い髪が、雪と同じように降り積もっていた。
有心の意識がハッキリしたのは、レイが髪切狭を手から離したとき。
「あれ?レイ、君・・・髪を、切ったの?」
「うん、今、ここで切った」
「なんで?」
「先生が、ワタシと零を重ねていたから。先生に、ワタシ自身を見て、診てもらうために、切った」
レイはまっすぐに有心を見抜く。
有心はすっとレイから視線をそらした。
「先生、ワタシをちゃんと見て。あなたが診なきゃいけないのは、零じゃない。ワタシだよ。レイだよ」
「・・・ごめん」
「先生さ、零と会ったことある?」
「・・・ないよ」
明らかに嘘をついているであろう有心の姿に、レイはすっと眉間を寄せた。
「嘘はつかないで」
「嘘じゃない。会ったことはないんだ。ただ、見たことがあるだけで」
「見たことがある?」
「うん」
どこか必死な有心の態度に、レイは本当のことだろうと判断し、もとの無表情に戻った。
「先生も、魅せられたんだね」
そうボソリと呟きながら、レイは洗面所を出た。
「ほかのところも案内して、先生」
くるっと振り返り、レイは有心を見た。そこには、気持ちを切り替えた有心がいた。