43話
「ど、どうして、そんな悲しそうな顔をするの?」
菊が陽一に問う。
「そうだね・・・この力は自分自身にも適用されるんだ。鏡で自分と目を合わせた時、心臓が押しつぶされるように、捻り潰されるように、トゲで刺されまくるように、痛い。その痛みを、僕は知ってる。そしてそれを他人に対して、平気な顔をして使ってしまう自分に嫌気が差してしまうんだ。だから、ごめんね。零」
悲しげに笑いながら、陽一は零を見る。しかし、目は合っていない。眉間を見ているのだ。
「もう大丈夫」
ぶっきらぼうに零は言う。
「ねぇ」
言葉を少しずつ区切りながら、零は陽一に問いかける。
「笑うのやめなよ。あと、目を合わせても平気だよ」
「え、でもさっき・・・」
「だから、笑うのやめて」
そう言い、零は陽一の頬を両手で挟み目を強制的に合わせてきた。
「零!」
有心が叫ぶ。
「一度経験した痛みは、痛くなくなる」
「え・・・」
「ほら、もう痛くない」
幼子をなだめるかのように、背中に手を回し、トントンと優しく撫でる。
零がこの行動に救われた、とかそういう経験があるわけではない。しかし、こぼれが零にやってくれている経験が、彼女をそうさせた。自分には分からないが、きっとこの行為は心を温かくする行為だと考えているのだ。
陽一は眉間にしわを寄せる。張り付けられていた笑顔は剥がされ、本当の表情が出てくる。軽く、への字に歪められた唇は何かを押さえ込むように、瞳は何かをしまい込むように閉じられている。しかし、零の温かさに堤防が決壊した。開いてしまった口は、もう閉じることができなくて。徐々に開けられた瞳は、こぼれ落ちるものであふれかえって。
有心でさえ見たことのない陽一がそこにはいた。
菊は知っていた。この人間の温かさを。絶対零度と見せかけて本当は温かいということを。
その温かさに本人は気づいていない。周りがだんだんと気づいていくのだ。
菊は無表情で陽一を抱きしめている零を眺める。陽一はずっと泣いていて、最初の面影なんてとうに消え失せていた。
その刹那、菊は異能力で自身の背後に巨大な壁を作り出した。
菊が異能力を使うと同時に、零は闇で防御壁を作り、二重で菊たちを守った。
「零・・・?」
陽一がか細く名前を呼ぶ。
「有心と陽一は私の後ろに隠れてて」
「え、うん」
有心が戸惑いながら陽一を連れ、零の背後に隠れる。
菊が零のほうまで飛んできた。防御壁はすでに破られ、窓から黒い人間たちが入ってきた。
「なぁ、零」
有心が零を呼ぶ。
「安心して、数分後には終わってるよ」




