2話
目をまんまるにしたレイは、椅子から立ち上がり有心を壁際へと追い詰めた。
「あたしが嘘を付いてるって、なんで分かったの?」
有心はどんどん後ずさり、背中が壁についた。
「ねぇ、先生。教えてよ」
「・・・いいよ」
有心はレイの目をまっすぐに見据える。彼女の真意を探るように。
「でも、まだ教えられないかな。今の君だって、嘘をついてる。嘘を見破られたふりをして、さらに嘘を重ねている。僕はね、本当の君と会話したい」
すぅっと音が聞こえるように、レイの目から感情が消えた。
「なんだ、そこまで分かっていたんだ」
声は氷のように冷たいものへと変わり、有心から興味を失ったようにレイは有心から離れ椅子に座った。
「じゃあ、ワタシが嘘をついているって分かった理由を聞いてもいい?」
「・・・ああ」
有心は、一段落ついたように息を吐き、レイの向かい側に座った。それでもまだ、有心の瞳から警戒の色は消えない。
「君の名前は、レイのままでいいの?」
「うん」
「レイ、君の名前や性格は、組織内に轟いていたんだよ」
「は?なんで?」
「君は組織内で有名な殺し屋だったからね。ボスの右腕として機能していた君のことを知らないものは、この組織内ーいや、この業界の人間にいないだろう」
「ふぅん」
「興味、ないのか?」
「別に」
気だるげな表情をしたままレイは受け答えをする。
「それよりも」
窓の外の景色を見ながら、レイは興味なさげに話を続ける。
「ワタシの記憶、思い出させてくれるんだよね」
「当たり前だ」
「それなら、なんでもいい。思い出せるなら、別にそれで」
それから氷のような目を有心に向け、レイは言う。
「それで、いい」
確固たる決意を感じさせるようなその口調に、有心は首を傾げた。
「ワタシが過去を取り戻すには、人の心を知れって言われた」
ぶっきらぼうでいて、攻撃的な声は有心に向かって発せられていると言うより、自分の中で再確認するかのように思えた。いや、再確認ですらないかもしれない。ただ事実を淡々と述べているだけであって、そこに意味はないようにすら思える。
言えと言われたから言う。やれと言われたからやる。そこに理由はない。そんな感じだ。
「誰に?」
「誰だったかな。ボスだった気がする」
「興味、ないのか?」
有心の二度目の質問にレイは首を傾げた。
「興味?ワタシはそれよりも、過去を取り戻したい」
感情のないように見えるのに、過去に執着しているレイの姿はチグハグでとても人間らしい。だけどそのチグハグなところが、有心は許せなかった。
「どうして、過去を取り戻したいんだ?」
「なんでかな。理由は覚えてないけど、ワタシは過去を取り戻さないといけない気がする」
「気がする?」
「うん」
確固たる肯定に有心は苛立ちを覚えた。
「あ、思い出した」
「何を?」
「ワタシに人の心を知れと言った人」
思い出したと言う割には、嬉しそうでもなく、その人のことを嫌いそうな素振りを見せることもない。
「ワタシの中から過去を消した人」
「それはつまり、レイに異能をかけた人物ってこと?」
「そうだね」
「その人の特徴とか、覚えてる?」
「覚えてない」
「思い出そうとしてみてよ」
「なんで?その行為に、ワタシが人の心を知ることとなにか関係があるの?」
レイは自分の過去にしか興味がないようで、過去を取り戻せることに直結しない行動は嫌なのだろう。もしかしたら、嫌ですらないかも知れないが。
「直接的な関係はない。でも、その異能者を見つけて異能を解除してもらえばいい」
有心の憶測をレイは鼻で笑い一蹴した。
その傲慢でいて、高飛車にも見えるその行動に、有心は人知れず覚えていた怒りをさらに燃やした。
「その異能者は死んでいる。ワタシが殺した」