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第3話



「無茶苦茶しますねえ、貴女」

「すみません……」

「いえいえ、僕は褒めているんですよ。お嬢様」


 私は今、学園からそう遠くない医療施設で診察を受けている。医師見習いだという青年――確かゲーム上での名前はシモーヌ・ランディだったか――はカルテに何やら書き込みながら、こちらには目を向けずに続ける。


「素手で暴漢を取り押さえたと聞きましたよ。よくもまあ、こんな華奢な体で。尊敬に値します」

「は、はあ……」

「検査の結果、お嬢様には特にこれといった問題はありません。何なら例の反乱分子たちの方がよほど重傷です。彼らもしばらくは安静にする必要があるでしょうが、まあ数ヶ月ほど療養していればまた元通りの生活が送れるようになるでしょう」

「そう、ですか。では彼らの命に別状があったというわけではないのですね」


 ほっと安堵の息を吐く私を見て、青年はくすくすと笑う。


「お嬢様はもう少し、ご自分の身を大切になさった方が良いですよ。貴女に大事があれば貴女のご両親はもちろん、婚約者の第三王子を含めた王家にも余波が及ぶでしょう。何より、貴女自身の安全のためにもね」

「……分かりました」

「まあ、貴女のそういう自己を顧みないところが彼の心に響いたのかもしれませんが……。おっと、これ以上は仕事の範疇を超えたお喋りかな」



 そう言って彼はまたくすくす笑う。このシモーヌという男、本来ならリタの攻略対象の一人で、その性格は一言で言えば「チャラい」だ。医療従事者としては優秀だが、女遊びが激しく女性の扱いにも慣れている。

 ゲーム本編では彼のルートに分岐すると、医療施設の院長となったシモーヌがリタを助手として雇い、傷付けられた彼女の心の傷を癒やしていく……というシナリオになるはずだが。



 しかしこの世界においては、リタが医療施設に搬送されることはなかった。代わりに悪役令嬢である私が暴漢に立ち向かっているのだから、当然リタも怪我をしていない。ゲームとの乖離がどこまで進むのかは未知数だが、少なくとも私自身の身の安全については多少の危機感を持っても良いのかもしれない。


「ひとまず検査結果には異常は見られませんでしたが……例えば今回のことが不安で眠れないというなら、何か薬を処方しましょうか?」

「いいえ、大丈夫です。そんじょそこらの暴漢程度なら充分に対処できると、今回の件で学びましたから」

「うーん、説得力。でも僕は医師ですので、貴女にこんな無茶を二度もするようなことはしてほしくないのですけどねえ」

「うっ……以後気を付けます……」

「はいはい。是非そうしてください」


 夜勤を押し付けられている医師見習いは、眼鏡の奥の目を細めて少し意地の悪い微笑みを私に向ける。



「それではお大事に」



 シモーヌはひらひらと手を振りながら私を見送った。私は彼に一礼し、医療施設を後にする。施設の前に停められていた馬車に乗り込むと、「お帰りなさいませ。それでは学生寮まで参りましょうか」という声と共に馬車が動き出した。


「お嬢様、お怪我の方は」


 馬車を操る御者が尋ねる。彼はグラジオラス家専属の御者で、年齢は五十代半ばといったところだろうか。ゲームにも少しだけ登場する役柄の男だが、彼は堅物そうな見た目に反してなかなかに気遣い屋なところがある。それもあって、私は彼に対して結構好感を抱いていた。


「問題ありません。ご心配には及びませんわ」

「左様ですか。しかし今回の件はわたくしも吃驚しました。まさかあのお嬢様にそのように蛮勇な一面があるとは」

「ば、蛮勇」

「はっはっは! 何にせよ、お嬢様がご無事なら何よりです。とはいえ今後はあまり無茶はなさらないように」

「……善処します」


 そんな会話をしているうちに、馬車が寮に到着する。御者は「それでは良い夜を」と言い残し、再び夜の道を馬車で駆けて行った。



「ただいまー……」

「アディ!? ああ……アディ!」


 女子寮の玄関ホールに入った瞬間、ブリジットが駆け寄ってきた。そのままの勢いでぎゅうぎゅうと抱き着かれ、私は目を白黒させる。


「怪我はない!? どこか痛むところは!?」

「お、落ち着いてブリジット! 私は大丈夫よ!」

「そう……良かった……」


 私の言葉を受けて、ようやくブリジットは抱擁を解いてくれた。しかしその表情は晴れない。心配をかけたのね……と申し訳なく思っていると、彼女は興奮した様子で続ける。


「あのね、あの時のアディすごかったのよ! 素手だというのに、武器を持った男の人たちをバッタバッタと投げ飛ばしちゃうんだもの! 私もうビックリしちゃったわ!」

「そ、そうなの?」

「アディってとーっても強かったのね! もう貴女ってば凄すぎるわよ!」


 ブリジットはうきうきと弾むような調子でそんなことを言う。私はとりあえず「ありがとう」とだけ答えて、彼女とともに寮の自室に戻ったのだが……本当に今回は大丈夫だったのだろうか? 後々面倒なことになったりしないだろうか?



 そんな一抹の不安を抱えながらも、夜は静かに更けていった。

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