1話 俺と一緒に住んだらどう?
「お待たせしました。ご注文のティラミスとブラックコーヒーセットです」
最後の注文を届いた後、ようやく退勤時間となった。
俺は着替えて、帰宅を準備する。
「今日もお疲れ様。いつもありがとうな、天川君」
「あ、いえ。こちらこそお世話になっておりました、オーナーさん」
俺の名前は天川翔
目の前に優しく微笑んでいる小太りの男は、バイト先の喫茶店『ディリーラックス』のオーナーだ。
本名は知らないが、ヨーロッパ人みたい。
「天川君、もう帰るのですか?」
「ああ。七草さんは?」
「私もすぐ帰りますよ」
「そういえば、他のバイトがあったっけ?」
「そうですね。だから帰ってシャワーを浴びたあとすぐバイト先に行かないといけませんね」
「そこまで頑張らなくていいのに。体が崩したら大変だぞ」
「あはは、心配してくれてありがとう。でも、私はまだまだ元気ですよ〜」
何気なく笑っている女の子は、クラスメイトの七草智詩だ。
それに、入学前からここで働いている『バイト同士』でもあった。
始業式で彼女を見た時本当にびっくりした。まさか同じ学校なんてな。
こう言うのは少し失礼かもしれないが、七草背がちっちゃくて見た目もかわいい。まるで同年代には見えない。最初はてっきりどこかの中学生だと思った。
それで何より、暖かい人だ。いつも元気で笑っていて、太陽みたいに周りを照らしている。
こんな人と一緒にいると、実に心地いい。
だが、彼女はなんだかいつも忙しそうで、ここだけじゃなく他のところにも働いているみたいだ。多分何か事情があるだろうと思うけど……
まあ、俺とは関係ないな。
お金が必要な理由なんて誰でもある。それに、もし相手に理由を聞いたら、秘密を知った責任として、問題を解決する義務があるんだ。
すまないが、俺は誰かに巻き込まれることがごめんだ。だから誰かと深くかかわることも抵抗がある。
俺はただの新入高校生。誰かを救う力も理由もない。
「では、先に失礼いたします」
「じゃね」
「気を付けて帰ってな」
こうやって、俺は帰路を辿った。
——————————————————————
店直近の電車に乗り、十数分あと、俺は一つの高級マンションの前に足を止めた。
俺は今高校近くのところで一人暮らししている。
もちろん部屋代も生活費も親に甘えた。
正直に言うと、俺の家庭は確かに普通の家庭より金持ちだ。
でも、俺は何もかも親に頼りたくない。少なくとも遊びのお小遣いぐらいは自分の力で稼ぎたいんだ。
「ただいま」
当然誰も答えてくれない。
マンションに入り、俺は夕飯を用意する。
……と、思ったが。
「なにもないな……」
冷蔵庫にはすでに空っぽになった。
帰る途中スーパーに寄ったらよかった。
今は……とりあえずちょっと休もう。バイト終えばっかりだし、さすがにしばらく出かけたくないな。
10分……いや、30分だけ……
そう思いつつ、俺は部屋に戻り、ベットでスマホをいじっていた。
——————————————————————————
2時間後……
……俺はやっと食欲に負けて、身を動き始めた。
なんというか……先延ばし癖って、すげぇー……
まじて人類を滅べそう。
自分に参ったなと思いながら、俺は仕方なく出かけた。
今は夜8時14分。
とりあえず、今日の夕飯はコンビニで済ませよう。
街でゆっくり歩いている時、突然見覚えがあるような後ろ姿が現れた。
「ん?」
あれは、七草さん……だよな?
もしかしてバイト終わりばっかり?
掛け持ちって大変だな。
声をかけるつもりも必要もない。俺はコンビニへ向かおうとする時……
目の前の後ろ姿は急にふらりと、倒れそうになっていた。
でも何とか耐えられたみたいで、再びゆらゆらと足を運んだ。
そして、また倒れそうになる。
……見ないふりに行こうか。
ってそんなわけないだろう。
俺、どう人と関わりたくないだとしても、目の前に知り合いの女の子が助けが必要なのに、このまま放っておけば事故になったら、今後は眠れなくなるぞ。
「はあ……」
仕方なくため息をつき、俺は足を速めて彼女の後ろに着いた。
「ほら、気をつけろ。倒れるぞ」
「え!?」
手を肩に乗せたとき、七草はとてもびっくりしたようで、体が跳ね上がろうとした。
誰かに声をかけられたのは予想外みたいだ。
「え?天川君?どうしてここに?」
「ただの偶然だ。俺、コンビニへ晩御飯を買いに行こうと思ってな」
「そ、そうですか……」
「どうしたの?体調が悪そうだけど」
「いいえ、別に。私はとても元気ですよ~さっきはちょっと転んだだけです」
嘘つき。
周りが暗いけど、七草の顔色が非常に悪いことが分かる。
でも、迷惑をかけたくないか警戒されてるのか分からないが、彼女は元気のふりをして俺に頼りたくないみたいだ。
面倒くさい。
本人が俺の助けが必要ないとしたら、見ないことにした方が……
「私は……だい……大丈夫……です……から……」
俺はまだ考えている途中、七草の声はだんだん小さくなり、ついに耐えられなくなったみたいで、体が横に倒れた。
金色の髪が空に舞い、さらさらと滝のように天から流れる。
美しくて、脆い。
まるで世間に舞い落ちた天女みたいだ。
一瞬見惚れた後、思考より体が先に動き始めた。
危うく頭が着地する寸前、俺はぎりぎりのタイミングで七草を支えた。
彼女の背がちっちゃいから、体はまるで羽のように軽い。だから俺は簡単に支えられる。
「これ、どうすればいいんだ……」
再びため息をつき、俺は七草を負ぶって、ひとまず公園のところへ歩いていこうと思った。
——————————————————————————
明るい街灯の下、俺は公園のベンチに座っている。
膝の上に、静かに寝ていた七草がいた。
とりあえず体の状況を確認したが、熱も出ていないし、たぶんただの寝不足。そして過労だろう。
俺は知っている。七草は喫茶店のバイトだけじゃなく、ほかのバイトも掛け持ちしている。毎晩9時までずっと働いているらしい。
ただ、どうしてそこまで頑張るかは分からない。理由を尋ねたこともない。
いつも元気そうに見えるのに、まさか体はすでに倒れるまで限界になったことは予想外だ。
「ほんっとう……もっと自分を大切にしとけよ……」
そう呟いつつ、俺は視線を膝の上の女の子に移した。
天使みたいな可愛い顔が光の下でキラキラしている。
でも、顔色がちょっと青白い。それに、寝たとしても眉がひそめている。
悪夢でも見ただろうか。
なんだか脆くて、可憐に思われる。
かなり大変だったんだろうな。
俺は思わず手を伸ばして、彼女の前髪を撫でつけた。
その瞬間……
「うぅ……」
七草の閉じた瞼は、急に震え始めて、そしてゆっくりと開いた。
俺と彼女の視線が交わった。
空のように青い瞳に俺の姿が映している。そしてどこか惑いが残っている。
だが、俺の顔を見た瞬間、すぐ何か起こったのかを理解していたみたいで、顔は真っ赤になった。まもなく、申し訳ないような気持ちを含めて、視線を逸らした。
「……ごめんなさい。私、天川君に迷惑をかけたみたいですね」
「ああ。本当だ。大変迷惑をかけたぞ。こっちはまだご飯も食べてないしな」
「……本当にごめんなさい」
「いいから。冗談だよ、冗談。がちで謝るのはやめろ。それよりさ……」
「はい、なんでしょうか?」
「もう立てられるか?俺、足がちょっと痺れたけど……」
「あ!す、すみません……!」
慌てて俺の膝から立ち上がった七草を確認すると、顔色はまだ少し悪いけど、また倒れそうな危険がないようだ。
「体は大丈夫か?もし何か不具合があったら病院に行ったほうがいいぞ」
「いいえ、天川君のお陰でだいぶよくなってきました。ありがとうございます」
「俺は特に何もしてない。ってか、もっと自分を大切にしろ。医者でもない俺も分かるぞ。明らかの過労だよ、お前は」
「……そうかもしれませんね」
「それに、両親に知られたら心配になったんじゃないか」
「……う、うん。そう、ですね」
「あっ……」
七草のしょんぼりした様子をみると、俺はふと気づいた。
なに勝手に説教するんだよ俺は……
何の事情も分かっていない、それに友達すらない、ただの『バイト同士』の俺は、その資格も立場もない。
「……すまん、つい偉そうなことを言いちまった」
「いいえ……天川君の言う通りですね。また誰かに迷惑をかけたらよくないです」
すこし落ち込んだ七草がいた。
でも、次の一瞬でいつもの笑顔に戻った。
「何といっても、今日は本当にありがとうございました。明日ちゃんとお礼を用意しますね」
「お礼なんていいよ。俺は特に何もしてないし」
「いいえ、ぜひ受け取ってください。お願いします」
七草はわりと真剣な目で俺を見つめている。
これはたぶん、彼女のこだわりだろうな。
だったら、俺も素直に受け取ったほうがいいかな。
「はいはい、わかったわかった。だが、自分の財布を無理しない範囲にな」
「はい!受け取ってくれてありがとうございます」
「まあいいっか。今日もずいぶん遅くなったし、せめて家まで送ってやるよ。お前んちはどこだっけ?」
「……そ、それは」
さっきまで微笑んでいる七草が明らかに動揺している。
……おい、まさかよ。
一つやばい推測が脳に現れた。
「……送ってやるから、住所を教えてくれ」
「いいえ、あの……こ、これ以上迷惑をかけたら恐縮というか、その……あ、お、思いつきました!私の家はここでずいぶん離れていますから、天川君は私を送ったら帰る終電に間に合えないかもしれません!だから、送らなくていいです」
「うん。なるほど。で、事実は?」
「……これは事実です」
「……」
俺は無言で七草を見つめる。
「……ごめんなさい。私今、帰れる場所はないです」
俺の迫力に負けたみたいで、彼女はようやく小さい声で本音を吐いた。
小首を下げて、しょぼんとなる様子はちょっと可哀そう。
「はあ……」
思わず大きくため息をついた。
まさか、家出少女なんて思わなかった。
道理でそこまで金が必要だよな……
「あのな、家出のはよくないぞ?」
「え?あ、はい……?」
「親という者はな、時々愛の方法が間違っても、きっと自分の子を愛しているよ。だからわがままで家出するのは両親に悲しませるぞ。分かるよな?」
「……はい、私も知っています。たしかに父も母も、私のことをとても愛しています」
なのにどうして家出をしたの?
その疑問は口に出さなかった。
これ以上聞くと、俺らしくない。
「んで?今夜はどこで住むの?」
「……とりあえず近くのホテルに住むつもりです」
「……七草さん。本人は知るか知らないかはわからないが、お前、嘘をついたとき、露骨に目を逸らすぞ」
「……ごめんなさい」
「俺の誤解だったら謝るけど、さすがにここのベンチで済ませるつもりはないよな?」
「……も、もちろん……ない……です」
めちゃくちゃ慌ててる。
……まじかよ。
もう野宿しなければならない状況になったの?危機一髪じゃないか!
「……おうちに帰ったら?」
「……すみません、私を受け入れられる場所は、もうないです。だから、どこにも帰れません」
七草は自分の足を見つめていて、声もなんだか悲しく聞こえる。
それに、何かキラキラしている雫も、地面に落ちて、滲んで……そして消える。
……この年の子は、みんなそうだよな。
些細なことに悲しくや嬉しくなる。
衝動的で、心も繊細だ。
多分、七草の家族はなにかをして、ずいぶん彼女に寂しく思わせたよな。
だからこそ、彼女は「居場所がなくなった」と感じていた。
……俺の推測だけど、たぶん当たっていると思う。
「……はあ、泣くなよ。泣いても仕方ないだろう」
「すみません……」
「七草さん、本当に謝るのが好きだな」
「す……えっと……はい……」
反論できなくて、ちょっと落ち込んだ七草が可愛いと思った。
俺は思わず手を伸ばして、頭を撫でた。
彼女も少し惑った様子で見上げてくる。
「しばらく帰りたくないの?」
「……」
「じゃあ、これからどうする?」
「……何とかなりますと思います」
それはどうしようもないという意味だな。
俺は手のひらの柔らかい触感を感じながらそう思った。
そして、長い沈黙のあと、俺はまだ口を開いた。
「それなら……一つ、提案があるけど……」
「?提案って何でしょうか?」
深く考えたあと、俺は意を結した。
七草は首を傾げてこっちを見つめている。
「あの……もし、俺のことを信じるなら……しばらく、俺と一緒に住んだら、どう?」
「え?え!?」
正直、この決定に至るのは、かなり葛藤を抱えた。全然俺らしくない。
俺はただの新入高校生。誰かを救う力も理由もない。
誰かと深く関わると、きっと面倒くさいことに巻き込まれる。
なのに……
あの捨てられた子犬みたいな顔を見たうえ、俺はどうしても彼女のことを助けたい。
こんな表情を見たら、何もしてあげないと心が痛む。
今の俺は、彼女のことを『救う』のはちょっと難しいけど、『力になる』ことは、俺だって何とかできる。
そう思いつつ、俺は真剣な目で七草のほうを見つめた。
ここまで読んでいただいた方々、誠にありがとうございます!
僕は日本人ではない、それに日本で生活したこともないので、もし文章になにか「日本人なら絶対にそう言わない」と思わせたところがありましたら、ぜひご気楽に指摘や教示をしてください!これも勉強の一つです。
アルバイトについても、たくさんの資料を調べましたが、何か間違ったところがありましたら教えていただけますと幸いです!
……とはいえ、初投稿ですし、一人や二人が読んでいただけますと十分満足です。
さらに評価やコメントを頂けましたら嬉しいです!