♯2,君は何方
♯1で名前だけ出た逢川さんやその他のギャルの人達ですが
作者である私がギャル語や今どきの言葉遣いがわからないので、勝手に律が翻訳したという設定にしています。
何卒ご了承ください。
高校一年生、入学式。
受験を乗り越えた証拠であり、数週間前まで中学生であった彼らにとって浮き足立たない訳が無いのだ。
新たな出会いに胸を躍らせ、桜の花びらに祝福されながら
真面目そうな人だったり、明らかなスポーツマンだったりが体育館へ向かう。
中学校が同じだった人同士で固まっている人も、
もう早速アタックを仕掛けている人もいる。
歴史が10年もない新しい方の学校であり、その自由な校風も相まって多種多様な、学年に一人いるかいないかの逸材が多く集まっている。
そういう俺も、きっと少数派の人間だ。
発症した理由はともかく、症状に関しては。
本来ならざわざわと人が話す声や足音がうるさいのだろうが、
やはり俺には聞こえな
おはよう
いや俺に向けた言葉じゃ無いみたいだ。
しかしびっくりしたな。
思わず足を止めたせいで、少し注目を集めてしまった。
咲き始めた花のように美しく、ドライフラワーのうよに儚く、
造花でできたような少女。
俺が初めて無意識のうちに言葉を受け入れた相手。
彼女との再会は、案外早いものとなった。
学校長の長い話を船を漕ぐことで乗り切り、俺は一人で教室へと足を運んでいた。
特別緊張はしていない。
どうせ誰とも接点を持つことは出来ない。
ドアを開け中に入ると
おはよう
あの少女が今度は確実に俺へ向けて挨拶をした。
彼女は窓側の席で、俺はその後ろだった。
「おはよう、ございます。」
家族以外に挨拶するのが久しぶり過ぎて、思わず敬語を使ってしまった。
それにしても、本当に特殊な人も居るんだな。
まさか挨拶を返せる日が来るとは思わなかった。
予鈴が鳴り、担任が着席を促す。
窓際の最後尾、主人公が座りがちな席だ。
それでもやはり、俺の周りは静かだった。
担任が何か話しているようだが、何も聞こえない。
徐々に前日までの疲労が押し寄せてきて、知らぬ間に睡魔に負けてしまった。
「 」
「 」
体がゆさゆさと揺れる。
あれ?確かさっきまで担任が話をしていたような。
腕に圧迫され、ぼやけた目を凝らして目を見張ると、
「 」
担任が何か言っている。
「宮古君!聞こえてますか?」
これは、どういう状況だ?
宮古君。自己紹介、君の番だよ。
前に座っている少女が現状を伝えてくれた。
「すみません、ちょっと寝不足でして。」
半数が呆れたような顔をしている。
「宮古律です。趣味は読書で、特技は特にありません。1年間よろしくお願いします。」
勿論この自己紹介は大コケし、俺は見事孤立することとなった。
その日は授業も無く、大半の生徒は帰宅していた。
そんな中、俺は一人保健室へと寄っていた。
「失礼します。」
ドアを開けると、嗅ぎ慣れた煙草の匂いと芳香剤やらが混じった匂いがする。
「やぁ、宮古君。本当にこの学校に来てくれたんだね。」
妖艶にため息を吐くが、煙草のせいで只のヤニカスにしかならない。
「一人しか居ない友人の頼みだからな。」
「ハハハッ!教師を友人呼ばわりか!君らしくて良いね。」
そう言えといったのはあっちからだったが、今は流しておこう。
「それで?そちらのお嬢さんを連れてなんの用だい?」
お嬢さん?
後を振り返ると、朝挨拶をしてきた少女がいた。
こんにちは。黒井心です。
「はじめまして。黒井さん。何か用かな?」
宮古君が保健室に向かってたから、何かあったのかなって。
「成る程、だそうだ宮古君。心配されたみたいだぞ。」
さっきまで寝てたせいで病弱だとでも思われたのだろうか。
「黒井さん、心配しなくていいよ。個人的に話したい事があるだけだから。」
教師と個人的な話というのも変な気もするが。
そっか。クラスメイトだし、何かあったら言ってね。ばいばい。
そう言い?残し彼女は廊下の角を曲がった。
「ふーん。仲良さそうじゃないか。」
ニヤニヤして言われるのは心外だな。
「ジェラシーでも感じているのか?」
「さあな。君がここまで早く誓いを破るとは思わなかっただけだよ。」
嫌味に対して嫌な所をつかれた。
「黒井さんと接点があるとすれば、それこそクラスメイトぐらいだよ。」
「それでも、ふぅ。似た者同士って感じだがね。」
話しながら煙草をつけ始めた。
「入りなよ。」
数ヶ月振りにこの保健室に入るが、やはり何も変わっていない。
「コーヒーでいいかい?」
「今日はバイトなんだ。長居するつもりはない。」
無視の方向らしい。黙々と準備をしている。
「君から見てどうだ?」
随分省略してきたな。どうだって言われても。
「そりゃ、この学校の事情知ってれば誰も彼も可哀想な奴らばっかりに見えるよ。」
「その事じゃあない。黒井さん、黒井心をどう思う?」
今日一日だけでも、彼女の抱えている物の大きさが分かる。
可哀想とも違う、何か気持ち悪い感覚だ。
「そうだな。漢字一文字で表すなら何だと思う?」
彼女を、黒井心を漢字一文字で表すなら
それは正しく、
「偽だな。」
「それは奇遇だな、私も同じだ。」
一瞬自虐ネタかと思ったが、そんなわけ無いと考えを改めた。
「矢部は、どうしてそう思う?」
矢部はさも当たり前かのようにこう答えるのだった。
「君と似ているからさ。」
入学式から一ヶ月経ち、徐々にクラス内でグループができ始めた。
当然の如く、俺は一人である。
黒井さんは、何やらクラスの中心に位置する派手な生徒と居る。
名前は…何だったっけ。
まぁここを掘り下げたって、今回の話には関係がない。
端的に言おう。逢川愛依、ギャルという言葉の擬人化みたいな人。
今回のキーマンが誰かと聞かれたら、満場一致で彼女になるだろう。
いや、満場一致とはならないかもしれない。
何せこの教室に、今回の一件の関係者に
黒井心という厄介な人物が居る限りは。
件の人物である逢川愛依は、少し遅れて黒井さんを囲むグループに合流した。
「おはよー!」
「愛依。おはー。」
逢川さん。おはようございます。
「昨日さ、ネットでいい感じの見つけたんだけど買うべきかな?」
「あぁそれね〜」
何となく記してはいるが、これも今回の話に関係はないので省略とする。
決して逢川愛依に睨まれて竦んだ訳では無い。
因みに彼女達はコスメだか化粧品だかの話をしていたらしい。
(後に黒井さんから聴いたことである。)
外方を向くように硝子を何となく見つめていると、
トントンと肩を叩かれた。
振り向くと黒井さんが立っている。
矢部先生が呼んでるよ。
「そうですか、ありがとうございます。」
何故か敬語を使ってしまう。
無意識に彼女を避けようとしているのだろうか。
廊下に出ると言われた通りに、そこには矢部が居た。
もっと言えば矢部達が居た。
どっかのクラスの担任と見たことない女生徒も居た。
「やぁ、宮古君。相変わらず一人だね。」
「バカを言うな。俺が一人何じゃなくて周りが多数すぎるだけだ。」
言い終えてから気付いたが、他人(特に教師)の前ではタメ口はやめたほうが良いな。
小さく笑いながら矢部が要件を伝えてきた。
「そんな暇な宮古君に一仕事頼みに来たんだよ。」
横の生徒を見やると、
「……」
目を逸らされてしまった。
更に横の教師も呆れている。
「久しぶりの謎解きの時間さ。」
俺が矢部と出会ったのは中学生の時だ。
余りにも先延ばしにし過ぎている気もするが、
これも詳しくは追々記すとしよう。
俺の居た中学校の養護教諭が、俺の事情や相手に手を焼き
矢部に代わりを頼んだのが始まりだった。
結論を言うと、解決こそしていないが借りを作ったのと、弱みを握られた事により俺は矢部の暇つぶしを手伝うことになった。
「それじゃあ始めようか。」
「お願い…します。」
丁度四人分ある椅子に各々座り、
大きめのデスクを挟んでカウンセリングが始まった。
「それで?三木さんはどんな事情で来たのかな?」
三木、というらしい少女は声を何回か出そうとしては飲み込んでいた。
其れ程まで言いにくい事を、見ず知らずの俺に聴かれて良いのだろうか。
「言う前に聞きたいんだが、これは俺が聴いても良いのか?
いくらなんでも、俺は部外者が過ぎるだろ。」
思った事をそのまま聞いてみたが、何故だか空気が重くなった気がする。
「一応、宮古君も関係者さ。それに今回は君しか頼れないんだよ。」
毎度毎度、どこか遠回しに伝えられる。
「その…宮古君も知ってると思うけど…」
三木が決心を固めたらしい。
しどろもどろではあるが話す気になったようだ。
「黒井さん…黒井心さんっているよね?」
黒井さんがどうかしたのだろうか。
少なくとも彼女が三木に危害を加えるとは思えない。
「あの娘、虐めを受けてるの…」
以降は三木の話を要約したものである。
前述の通り、今回のキーマン(今思えばキーパーソンと記すべきだった。)は逢川愛依である。
そんな彼女と黒井心はどうやら中学校時代の同級生らしい。
最近まで逢川はそのことを忘れていたそうだ。
問題なのは、二人が別れた原因である。
平たく言えば黒井心が引っ越した。
只それだけだが、その引っ越しの原因は
逢川愛依による黒井心への虐めであった。
逢川愛依は出席番号一番を取り続けている事に誇りを感じるほど、何処かプライドが高い人間である。
そんな彼女がかつて自らが虐めていた相手と再開し、
さも何もなかったかのように接してくる黒井を気味悪く感じたそうだ。
「それで、虐めが再発したってことか。」
朝の会話もそうだが、普段から黒井さんの言葉が無視されがちなのは、彼女自身だけでなく、逢川の影響という事だ。
「私も口止めは受けてる。幸い、まだ無視とか陰口とか黒井さんを除いたグループサークルがあるくらい。」
因みにサークルとはメールや電話機能のあるアプリの事である。線ではなく、円である。
重要なので2回言おう。線ではなく、円である。
ん?何か引っかかることを言っていたが、無視しよう。
「そのグループサークルは全員参加しているのか?」
矢部によって深堀りをされてしまった。
まずいな、最悪の展開になり得る。
「はい、全員居ます。話さない人もいるけど、基本的に黒井さんの悪口ばかり。」
やはりか、最悪の事態だ。
誘われていない。
由々しき事態だ、これも捉え方によっては虐めじゃないのか?
唯一心中お察ししやがった矢部が笑いをこらえている。
「成る程ね、勇気を出して話してくれてありがとう。」
「いえ…私は…」
「そうだね、飛鷹先生と宮古君にはお帰り願おうか。」
こいつが俺を途中で帰すのはいつもの事だが、
教師(飛鷹、確か体育担当の教師で1年B組、俺がAだから隣のクラスの担任)まで帰すと言うことはそういうことだろう。
「飛鷹先生は明日の昼休みに、宮古君は放課後に保健室に。」
そう言い渡され、俺と飛鷹先生は外に出た。
翌日の放課後
「やぁ宮古君。調子はどうだい。」
「極めて健康優良少年だ。」
不健康不良少年の時期もあったが。
「それ、伝わる人ちゃんといるのかい?そんなんだから同級生にモテないんだよ。」
それとは何も因果関係は無いように感じるが。
「それで、俺を呼んだってことは。もう解決しかけなのか?」
矢部は今回のテーマを俺に聞かせて解決手前で呼び出す。
本人は謎解きゲームと称しているが、
「そのことなんだが…少し問題が発生したんだ。」
「問題?」
あり得るとすれば、黒井さんや逢川が登校しなくなったか、
もしくは矢部も解決できていないのか?
「黒井心、彼女はやはり気味が悪い。」
怪訝な、吐瀉物に叢がる虫の大群を見つけたような
心底嫌がる表情で、矢部はそう苦言を吐露した。
「気味が悪いって言うのは、どういうことだ?」
昨日までの彼女への評価は偽だった。
それが気味が悪いにまで発展しているとは。
「本人と話をしたんだ。黒井心とね。逢川さんも呼んだんだが、拒否されてしまったよ。」
昼休みは飛鷹先生を読んでいた事から、恐らく昨日の放課後に呼び出したんだろう。
相変わらず行動が早い。
「彼女は虐めを受けているだけじゃあなかった。
彼女は、恐らく中学時代から虐めを受け入れている。」
受けている。ではなく受け入れている。
其の違いは、2文字が背負うには余りにも大きな物だった。
「その言い草だと、黒井さんはこの件の解決を望んでいないって事か?」
矢部は当にお手上げといった様子だ。
「その通りだよ。こうなってはどうしようもない。何せ当人が了承してしまっている。それでも助けるのは人として当然のだろうけど、手を出すことすら拒否されてしまった。」
矢部のモットーは解決よりも克服。
矢部が先に解決に導き、俺に克服の手伝いをさせる。
それがいつもの流れだった。
「でも、ほっとくわけにもいかないだろ?」
いくら当人が望んでいなくても、矢部の言う通りそれでも助けるのが当然だ。
「イジメっていうのは、解決だけなら簡単なんだ。
だって、証人が居るし、証拠も被害者が持ってる。」
再発を考えさえしなければ、確かにその通りかもしれない。
「面倒なのはそこなんだよ。
まだ悪口くらいしか被害を受けてない。そもそも彼女の居ないグループサークルなんだ、被害と言って良いのかも怪しい。」
強いて言うなら無視しか彼女は何も被っていない。
彼女なら仕方ないとも言えるのかもしれない。
それに、無視で相手が悪人になるなら
俺は随分な大悪党だ。
「だから申し訳ないんだが、今回の件は何も出来ない。」
矢部が諦めるというのは、初めてのことだった。
俺の事も解決はできなかったが、克服はできた。
何処か悔しくて、意味もなく手を強く握りしめる。
痛みが腕から脳に渡り、脳が刺激され
一つの矛盾点に気付いた。
「なぁ、矢部。なんで只陰口を言うだけなんて小さな事を隣のクラスの三木は知っているんだ?」
そうだ、何故もっと早く気付けなかった?
いくら俺が他人への興味が薄いとは言え、見たこと有るか無いかくらいは分かる。
三木は明らかに見たことがなかった。
隣のクラスというのは、相談した教師が飛鷹先生であることから分かる。
最初はてっきり、A組の担任関連なのかと思っていたが
矢部は痛い所を突かれたといった感じだ。
「君はやっぱり察しは良いが空気を読めないね。気遣いも出来ない。」
飛鷹先生も恐らくこの事は知らないだろう。
「つまり、彼女は…」
「それ以上はいけないよ。宮古君。」
珍しく真面目な顔で、彼女は俺を制止する。
「悪いけど、君に頼れるような事情では無くなってしまった。」
確かに俺が出来ることは少ないだろう。
無いに等しい位だ。
「その反応は、俺の考えは合ってるって事で良いのか?」
矢部は今まで見たこと無い表情をしている。
「やっぱり、君はモテないよ。格好だけが良いだけだ。」
俺はそれを誉め言葉として受け取るべきだろう。
その日の夜、俺はコンビニでのバイトを終え近くの公園を横断している所だった。
思わず足を止めたのは、ベンチに人が座っていたからだ。
それだけでない、どうやら泣いているみたいだ。
顔はうつむいていてわからないが、同い年位だろうか。服装で女性だとは察せられるが、今の御時世決めつけるべきではないのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
声をかけられ、座っている少女(やはり合っていた)は面を上げた。
その顔は、何と因果な事か
「黒井…さん?」
黒井心本人だった。
彼女も相当驚いたらしく、いそいそとハンカチを取り出し涙を拭いて、手鏡を出してメイクが崩れていないかを確認している。
なんで、宮古君がここに?
「俺、ここらへんでバイトしてるから。」
意識的にタメ口を使ってみるが、淡白な感じになっていないだろうか。一応親しみやすくするための試みなんだが。
そうなんだ…なんかごめん。こんなとこ見せて。
謝る事じゃない。
今の彼女の状況に身をおいて、泣きたくなるのはAの次がBであるように当たり前なのだ。
「俺は、黒井さんにどこまで干渉して良いのかな。」
優しくするつもりが急ぎすぎた。
これだから矢部に好き勝手言われるんだ。
干渉って言うのは、どういう意味かな?
思いの外早く返事がきた。
笑顔でそう言ってくるって事は、はぐらかすつもりらしい。
「君の虐待について。」
予想外の言葉に戸惑っているようで、
さっきよりも明確に動揺が見て取れる。
何の事かな?
笑顔は、もう引きつっていた。
「黒井さんは、逢川愛依から虐めを受けていたんじゃない。
君は、親から虐待を受けている。そうだよね。」
恐らく、これが今回の一件の真相だ。
いわばこれは劇場型イジメ。
逢川愛依は、黒井心に危害を加えていなかった。
むしろ
「宮古君。君はいつまでも不良少年だね。」
嗅ぎ慣れた煙草の匂い。
案の定、矢部治美がそこに居た。
「駄目だろう?異性同士の学生がこの時間に出歩くなんて。
補導対象まっしぐらだ。潔すぎて純正な不純異性交遊だよ。」
夜回り先生かと思ったら世迷い言先生かよ。
それも伝わるか怪しいところだな。とても人のことを言えたもんじゃない。
じゃあ、私はもう帰りますね。
追いかけようとしたが、矢部に腕を掴まれてしまった。
遠くへと少しずつ彼女がフレームアウトしていく。
夜道に矢部と二人きりというのも久ぶりだった。
「…」
「そんな顔をしてくれるな。必要な事だ。」
矢部はいつも最善の行動をする。
それでも、俺は今の俺の行動を間違ってるとは思えない。
「逢川が、乗り越えなければいけないんだ。」
だからきっと俺がこの言葉をどう解釈しても、決して間違ってはいない。
翌日昼休み
「逢川、さん。少し時間いいかな。」
危ない所だった。つい心の中の声と同じく呼び捨てにする所だった。
いくら考慮しても俺が話しかけるというのも嫌なのか、
逢川はものすごく嫌そうな顔をしている。
「何?用があるならここで話して。」
流石リア充といった感じだ。
非リア非モテ友人一人の俺にとって、余りにも有効な覇気を放っている。
「なになに?告白?早速青春しちゃう感じ!?」
「体育祭前に恋人作るとは、いいねぇ若いねぇ〜。」
周りの人は随分素っ頓狂な反応だ。
只問題ない。こんなときの裏技を知っている。
俺は握っていた手を開き、彼女に掌に書かれた字を見せる。
“黒井心について話がある”
周りの人は会話が盛り上がり、こっちを見ておらず、
逢川だけにこの字を目撃させることに成功した。
逢川も理解し、協力してくれる方向のようだ。
「わーったよ。連絡先交換しよ。そこでお願い。」
その日の放課後に俺は早速逢川にメールを送った。
【君がしようとしている事を手伝いたい。】
既読は直ぐにつき、流石最近の若者といった所か
信じられない速さで返信が来た。
【あんた、誰からそのこと聞いたの?】
薄々感づいてはいたが、やはり逢川と矢部は会っていたらしい。
あの虚言癖め。
【少なくとも、君は一人にしか話していないはずだ。】
【屋上につながる階段に来て】
少し前ならこういう場面の定番は屋上なんだが、
やはり今の時代屋上は難しいらしい。
言われるがまま屋上へとつながる階段へ向かった。
ここは校舎の一番端の階段であり、
屋上には基本誰も用がない故、人気は少ないが逆に人気の有る密会スポットだ。
その一番上の段に逢川がスマホを弄りながら立っていた。
気づいたら二段降ろされてそうだな。
「あ、意外と早く来たね。ごめん今手が離せないからこのまま話そ。」
メッセージを送りながら会話するというのは、正しく現代の聖徳太子と言った所か。
「今日の夜に黒井さんと会う約束をしてる。逢川さんも来て欲しい。」
慎重な面持ちで忙しく指をスワイプさせながら、しかし確実に表情に影が差し始めた。
「あんたはさ、こ…黒井の事好きなの?」
何故ここでそんな疑問が生まれるんだ?
確かに友人でも無い人に対して、ここまで熱心になるのは普通ではないのかもしれない。
「俺はただ、黒井さんの事を可哀想だと思ってるだけだ。」
少し考え込んで、逢川はスマホの電源を落とし鞄にしまった。
「分かった。何処に行けば良い?」
矢部には申し訳ないが、今回のこの一件は俺が解決する。
克服するのもさせるのも、それは俺であるべきじゃないから。
同日夜
俺はコンビニでのバイトを終え、近くの公園を横断していた。
足を止めたのは泣いている人がいたからではなく、
私服に着替えた逢川と黒井が気まずそうに立っていたからだった。
「……」
黒井はまだしも、逢川までもが何も言えずに居た。
「こんばんは。飲み物でも買ってこようか?」
「いいよ。長居するつもりもねぇし。」
私も大丈夫だよ。
どうやら気遣いは必要なく、最初から本題に入る気まんまんらしい。
「じゃあ、始めようか。」
記念すべき初めての謎解きだ。
「最初に確認から始めたい。黒井さんは家族から虐待を受けてる。それは合ってるって事でいいよね。」
逢川も黒井も暗い顔で返事に困っている。
何か事情が有るのだろうが、ここでひいては意味がない。
うん。
「それを逢川さんは止めたい。だからあえて多数人で軽いイジメを行って、誰かが先生に報告するのを待った。それも合ってるんだな?」
「うん。それで間違ってない。」
その言葉を聞いて、何故か黒井が驚いている。
もしや、矢部が言っていた了承していた虐めっていうのは…
「じゃあ悪いが俺から言える事はもう何も無いな。」
目で後はお前の番だと逢川へ訴えかける。
「………」
今度は更に長い沈黙が訪れた。
その、私の為って言うのはどういうこと?
先に沈黙を破った(この場合を何ていうのか分からない)のは
黒井の方だった。
「あんたが、父親から虐待を受けてたのは小学生の頃から知ってた。私の両親がそんなこと言ってたから。」
どうやら二人は中学時代が馴れ初めじゃなく、いわば幼馴染というやつらしい。
「でも、虐待なんてその頃はよくわからなくて…中学生になる頃にはもう忘れてた。だから…あんな酷いことを。」
でも、直ぐに終わって謝ってくれたし…
「でも!そのせいで心の虐待は、証拠が無くなった!」
今でこそ身体的な危害を加えてはいないが、中学時代では違ったらしい。
そのせいで、離婚して精神が不安定になった母親の虐待によってつけられた傷がカモフラージュされてしまった。
逢川はその事に引け目や罪悪感を感じている。
突然のように、母親の虐待は今も続いているだろう。
むしろ、前と違い悪化している考えるべきだ。
そんなこと、気にしないで良いよ。私が悪いから…
「違う!心が、心が失声症になったのは!私のせいだ!」
そう、黒井心の言葉が俺に伝わったのは彼女が筆談を行っていたからだった。
彼女はイジメを受け続けても助けを呼ぶことができず、
声の出し方を忘れてしまった。
周りと違う娘に対して母親はより攻撃的になっただろう。
付け加えれば、今の彼女は悲鳴を上げることすらできない。
家にいる限り他人が虐待を気づくには、直接身体の傷を見る必要がある。
それが不可能になってしまったのは、もう記した。
逢川は、小さなイジメを発見させ、黒井の事を教師に調べさせる必要があったからだ。
普通に伝えるだけでは、黒井親子は否定し、最悪それがきっかけで逃げられるかもしれない。
「だから、私がなんとかしてあげないとって…」
でも、私は本当に大丈夫だよ。お母さんだって毎日するわけじゃないし。
「そうやって!心は直ぐ現状が変化するのを拒もうとする!」
そんなこと無いよ、私は
「皆が生きたいように生きて欲しい。でしよ?聞き飽きたよ…」
でも
「でもでもって!なんでそうやって」
もはや話し合いと言うより、お互いがお互いの主義主張をぶつけ合っている。
「私は!心と仲良くしたいだけ!」
それならこの事とは関係無いよね?
「ある!作り笑顔しか見れないなんて私が嫌だ!友達って私は自分の素を見せられる存在だから!
だから今、こんなに真剣なんだよ!」
じゃあ、私はどうすればいいの?
ブチッという音が聞こえるぐらい、逢川の顔が赤く染まる。
「だから周りを頼ってよ!自分が被害者になればいいなんて思わないで!それも立派な加害者だよ!」
支え合うなんて不可能だ。
人は凭れ合う事しかできない。
今逢川は自分の望むように行動してほしいと凭れかけた。
だから俺はもう一度目で問いかける。黒井心へ
”次はお前の番だと“
大声を出して疲れたのか、逢川は呼吸を整えようとしている。
方や黒井は黙りこくってしまった。
いや、俺はそう感じただけで
その時黒井心は声を荒げながら泣いていたそうだ。
後日談といえば後日談ではあるが、別にこれは終わりというよりむしろ始めりというべきか。
話の話数で言えばEpisode0なのだ。
そんな事はさておき、この一件がどう片付いたのか。
それを記すべきだろう。
結論から述べよう(このセリフは一体何度目か)。
黒井心は親戚の家に引っ越し、逢川愛依との関係は良好になり
彼女(ついでに俺)の居ないグループサークルはいつの間にか
3年A組のグループサークルへと変わったらしい。
黒井心の失声症はこのままなら順調に回復するらしいが、
未だに筆談はしている。
あのときは一時的な感情の高ぶれみたいなもので、
矢部もその現象に驚いていた。
因みに今回勝手に俺が動いた事を矢部につたえると
「ペットは責任持って飼え。」
と言われた。
家には黒丸が居るから大丈夫だろうが、
どういう意味と意図でそんな事を言ったのだろうか。
少なくとも、今わかることでは無いのだろう。
矢部はいつも最善の行動をする。
この言葉の意味と意図に気づく必要がある時が、いつしか来るというのとだろうか。
もう一つ因むと、
あの一件以來、何故か黒井がよくわからない、正解や不正解が存在するかも怪しい疑問を問いかけてくるようになった。
ねぇ、律君。
といつの間にか呼び捨てにされて。
その日以降から見た花はいつもより色が汚く見えた。
鈴音という作品を同時進行というか、先に書いていたのですが、実はこっちを書きたくてなろうに投稿するようになったのですがね。
バトルは描写難しいし、中坊だから高校の事情わからなくて基本昼休みや放課後行動になったり等
両方の作品で悩みは尽きないばかりです。