第99話 知ってた
王都でも状況は一変していた。
最初に結界の中に囚われ、攻撃が始まってから数時間が経過していた。
戦闘において、数時間というのは非常に長い。
その間、気を張り続けるから精神的な負担も大きい。
だが、やはり動き回らなければならない身体的な負担だろう。
しかも、時折休憩を入れることもなく、常に動き続け、全力を出し続ける禍津會の構成員たち。
いくら人知を超えた力を持つ彼らでも、疲弊しきってしまうのは当然だった。
むしろ、それだけの戦力をそろえていた王国側を褒め称えるべきだろう。
そして、未来予知に近しい推測を立ててそれを実行させたベアトリーチェ。
恐ろしい人間がいたものだと、若井田は荒く息をしながら考えていた。
「はあ、はあ……! いやあ、疲れました。まさか、こんなことになるなんて……。全員トラップに引っかかるなんて、本当バカですよねぇ」
「自分のことを客観的に見られているのであれば、それで十分ですよ」
「……なんであなたはまだ生きているんですか」
じっとりとした目を向ける若井田。
ベアトリーチェは健在だった。
彼女は戦う能力は持ち合わせていないが、あの致死量の攻撃の雨を受けても、まだ生きていた。
ひとえに、幸運である。
むろん、若井田たち禍津會が彼女を守ろうとするはずもなく、何ならこのどさくさに紛れて死んでおいてほしいと思っていたくらいだ。
だが、彼女に当たりそうになる攻撃は転移者たちに当たりそうなものばかりで、それを相殺させていたため、彼女はここまで生き残ることができていた。
「さあ? 私、悪運が強いみたいです。ユーキに刺された時も生還しましたし。ユーキに刺された時も」
「…………」
「あら。もうツッコミを入れる余裕もないみたいですね。残念です」
雪はぐったりと膝をついていた。
動き回り、その剣捌きで魔法攻撃すらも相殺してみせた。
【鬼剣】とあだ名されるにふさわしい実力を発揮していたが、さすがに体力の限界である。
そんなスタミナにあふれるタイプでもないのだ。
メンタルに来るような皮肉を言うベアトリーチェにも、突っ込む余裕すらなかった。
「それでは、これでおしまいですね」
「おや。しかし、あちら側ももう攻撃を打てる者はいないようですが?」
若井田は結界の外を見る。
禍津會が疲弊しきっているように、王国側もそれ以上に消耗していた。
禍津會側の何倍も人員がいるが、攻撃をことごとく相殺されたため、ガス欠になるまで打ち続けた。
その結果、もはやまともに身動きが取れる者すらいないようだった。
痛み分け、引き分け。
色々と言葉は思い浮かぶが、結局どちらも有効打を持ち合わせていなかった。
しかし、ベアトリーチェは余裕を孕んだ笑みを浮かべる。
「いえ。とっておきの切り札を、残しておいたんです」
その言葉を受けて、結界の外ではなく、内に飛び込んでくる人間がいた。
高くから身軽に降り立った彼の手には、強力な武器である聖剣が。
その武器の所持を許されているのは、この王国で一人しか存在しない。
「優斗……!!」
倒れる愛梨が目を見開く。
勇者、望月 優斗。
愛梨に裏切られて重傷を負っていた彼が、ここに復活した。
「勇者。特記戦力の一人。彼の放つ聖剣の光は、疲弊しきったあなたたちを簡単に消滅させることでしょう」
「まさか、致命傷を負ったあの男が、こんなにも早く復帰するとは……!」
「王国の中でも最高の医師をつけて、最高の治療を与えました。それもこれも、これですべてを終わらせるためです」
身動きが取れず、戦うことができない相手を殺そうとするのは、善性の強い望月にはかなりつらいことである。
しかし、これもこの世界と人々を守るため。
そして、自分の大切な仲間であるアイリスを、復讐の連鎖から解放するため。
彼は、聖剣を振り上げる。
そこから爆発的に膨れ上がる魔力。
万全の状態でも受けることはマズイ一撃なのに、今禍津會のメンバーは酷く消耗している状態で、その攻撃を受ければひとたまりもないことは明白だった。
「人殺しはしたくない。だけど、復讐の連鎖を止めるためなら、僕は自分の手を汚すことをいとわない」
すでに覚悟はできていた。
この世界と人々を守るため、望月は勇者としての務めを果たす。
「おおおおおおおおおおっ!!」
振り下ろされる聖剣。
溢れ出す巨大な魔力の奔流は、疲弊しきっている禍津會のメンバーに抗うことを許さない。
これこそが、ベアトリーチェの切り札。
自分もその余波で命を落とすことになるが、彼女は王国とその秩序を守るためなら、自分の命なんて安いものだと思っていた。
「凄いですね。躊躇がない、素晴らしい攻撃です。まあ、元仲間の彼女だけは射線から外れているのは、彼らしいというところでしょうか」
光の斬撃は、ほぼすべての禍津會の構成員を覆い隠すほど巨大なものだったが、唯一愛梨のみは射程から外れていた。
いくら覚悟を決めたとはいえ、手ひどく裏切られたとはいえ、彼女を殺すことまではできなかった。
話をして、和解する。
そう思っていた。
それが実現不可能に近いことはベアトリーチェも分かっていたが、ここまで協力してもらっているので、文句は言うまい。
彼女一人生き残るくらいなら、何とでもできるだろうから。
「で、あなたたちは諦めないのですね」
「当たり前でしょう。この世界に復讐を。それが果たされないのであれば、我々が諦めるなんてことはありえません……!」
そんな絶望的な状況でも、禍津會の構成員たちの目には光が宿っていた。
それは、希望などといった温かく美しいものではなく、復讐の暗い炎。
この世界に、人々に報復しなければ、死ぬわけにはいかない。
そんなほの暗い動機であるが、しかし彼らに諦めることは許さない。
「そうですか。ですが、ここであなたたちは私と共に死にます。残念でした」
「ぐっ……!」
とはいえ、諦めないとは口では言えても、どうすることもできなかった。
ベアトリーチェの言う通り、あの斬撃を受けて生き残るのは、おそらく射程から外れている愛梨だけである。
その絶望の光が、彼らを飲み込もうとして……。
「――――――いや、本当に残念だな」
巨大な光の奔流が、かき消された。
最初から存在しなかったかのように、一瞬で。
たとえ、禍津會の構成員たちが万全の状態であったとしても、余波すら発生させずに相殺することなど不可能だっただろう。
それを、一人の男はやってのけた。
「俺がいなかったら、本当にその通りになっていたかもしれないのに」
「……やはりあなたでしたか」
ベアトリーチェは小さく呟く。
分かっていた。
分かってはいたが、受け入れることは難しかった。
今、ここに現れ、禍津會を守るように立っているのは……。
「――――――リヒトさん」
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