第92話 んんん?
「あなたにそんな力があったのね。それは想定していなかったわ。だとしたら、そこで転がっている雑魚なんて世話係につけなかったのに。悪い子ね。教えてくれたらよかったわ」
倒れている幾人かの男たちを見る。
全員ミムリスが雇っていたろくでなしたちだ。
だが、冒険者として輝かしい功績と経験のある彼女から見ると、すでにこと切れている。
まあ、人の死体を見たことがない普通の人でも、死んでいることは分かるだろう。
なにせ、首が180度回転していたり、臓器が全部引きずり出されていたりしているからだ。
「いや、そんな力俺にはないから」
「やっていることと言っていることが一致していないわよ」
間違いなく理人がしたことである。
どのような力を使ったのかは知らないが、この凄惨な光景を作り出したのは彼以外に考えられなかった。
しかし、ミムリスは微塵もひるむことなく、彼と相対して口を開く。
「でも、そんな力があるなら、どうして今まで我慢していたのかしら? マゾ?」
「自分の身体をちょっとずつ食べられるのを喜びとするマゾってレベル高すぎるだろ」
呆れたように見てくる理人。
実際に身体を削って生きたまま食べている自分に向けるような目ではないと思うが……。
そんなところも面白いと思うミムリス。
これでこんなに美味しくなかったら、普通に手元に置いていたかもしれないくらいには気に入っていた。
「……大人しく戻ってくれたら、無駄に傷つける必要はないのだけれど。やっぱり、死肉より生きた肉の方がおいしいのよね」
「いやー……せっかく死後の自分を犠牲にして得た力だし、有効活用しようかなって」
残念なことに、理人は大人しく従ってくれないらしい。
ならば、仕方ない。
残念だが、最悪殺すことも考える必要があった。
「この状況から逃げることに使うのね」
「それも手段の一つに過ぎない。もっと大きいことをしたいと思っているんだ。まあ、夢物語みたいな感じだし、今の状況でペラペラしゃべることはしないけどさ」
「そう。じゃあ、残念だけど、死んでちょうだい。大丈夫。あなたの身体は、一つも無駄にすることなく全部私が美味しくいただくから」
「何が大丈夫なの?」
激しく困惑する理人を無視して、ミムリスは行動を起こす。
彼が何をしたのか理解できていない。
さすがに腕力でこの惨状を作り出したわけではないだろうから、おそらくは魔法。
どういった魔法でこのようになるかは分からないが、発動しただけでこの結果を作り出すことができる超強力な魔法ならば、理人に何かをさせる暇すら与えてはいけなかった。
「うおっ」
細剣で理人に斬りかかる。
それを彼が避けられたのは、本当に奇跡としか言いようがない。
まあ、避けたというか、顔から地面に飛び込んで回避したのだが。
もともと、冒険者として高名であったミムリス。
一方で、一般的には平和だと称される日本で平々凡々の人生を歩んできた理人。
本来であれば、避けることすらできずに一撃で仕留められていたはずだった。
「(これのおかげか)」
避けることができたのは、やはりマカから与えられたばかりの眼が原因だった。
不思議な力で人間をえげつない方法で虐殺することだけが力ではないようで、この目は非常によく見えた。
それこそ、ミムリスがどのように剣を振るうのか、未来予知に近い形で推測することができるほどに、良く見えた。
だから、理人はミムリスの斬撃を避けることができた。
「(でも、ずっと縛られていたから身体の動きが鈍いわ。こんな盛大にこけたのは久しぶりで恥ずかしい)」
内心顔を真っ赤にしている理人。
本当は格好よく身をひるがえして回避したかったのだが、身体が想像と同じように動くはずもなかった。
もともとろくに鍛えたこともないし、拘束されて動きを制限されていたものだから、すぐに元気に動き回ることができるわけもない。
「めっちゃ綺麗にこけたわね」
取り繕ってキリッとした顔をしている理人だが、ミムリスは見逃さない。
彼が恥ずかしがっていることも、しっかりと把握していた。
人の嫌がることを積極的にするサディストがミムリスであった。
「……そこは見て見ぬふりをするか、気づいていなかったふりをするんだぞ」
「なんでよ」
「それが社会の常識だからだ、ガキめ」
「ガキと言われる年齢じゃないんだけど」
呆れたように理人を見る。
ミムリスだっていい年をした大人である。
「で、意外と俺って動けるみたいなんだけど、まだ続けるか?」
「いいえ、もう終わりよ」
「……あっさりだな」
諦めてくれたのであれば理人としてもこれ以上ないくらい嬉しいのだが、ミムリスがそんなあっさりと諦めるかと疑問に思う。
彼女は自分のためなら何でもするような女だ。
人間を過酷な環境下で飼育し、生きたまま肉体を削って食べるような女なのだから、普通の常識が通じるはずもない。
そして、実際そうだった。
ミムリスは薄く冷たい笑みを浮かべた。
「だって、もう私の勝ちだもの」
「んんん?」
首をかしげる理人。
身体の節々がじんわりと温かい。
見下ろせば、全身から血がにじんでいた。
なんじゃぁ、こりゃあ。




