第9話 スポンサーの女
さて、奴隷ちゃんとも無事に合流できたことだし、さっさと報酬金を持って帰ろうとすると……。
「あ、リヒトさん! ちょっと待ってください!」
ギルドの扉から職員が飛び出してくる。
もちろん、ギルド内部で働く彼らがこんなことをするなんて、緊急事態以外ありえない。
そして、間違いなく俺に不都合なことだった。
「さて、帰るぞ奴隷ちゃん」
「都合の悪そうなことを察知してガン無視。さすがです、マスター」
その通りだけど、その通りに言葉にするの止めない?
もっとこう……濁せよ。
「いやいや! 本当に待ってください! これ、無視されたらリヒトさんだけじゃなくてギルドも不味くなるんですから!」
慌てて縋り付いてくる職員。
触んなや。
「いや、それは別にどうでも……」
「冒険者資格を停止させられたいんですか?」
きょ、強権を振るってきやがった……。
俺の唯一の収入源である。
これを停止させられたら、他の場所でも活動することができなくなる。
くそぅ、やっぱ冒険者だけを収入源にしているとマズイか。
俺はそんなことを考えながら、嫌々職員に問いかけた。
「なにか?」
「指名依頼を達成したら、スタルト家に赴くようにと、仰せつかっています」
「帰るぞ、奴隷ちゃん。俺たちは何も聞かなかった」
論外。
話す価値もない。
俺たちは何も職員から聞かなかった。
だから、俺がスタルト家に行かないのは職員のせい。
証明完了。
「承知しました」
「承知しないでください!!」
がっしりと腕を掴まれる。
止めろぉ! 俺は筋力がろくにないから、鍛えていないギルド職員にも勝てないんだ!
嫌だあああああああああああああ!
【あの人】とはできる限り会いたくないんだああああああ!
◆
「処刑台に赴く罪人のような顔をしていますよ、マスター」
俺の弱った顔を見て、奴隷ちゃんが言う。
別に俺は悪いことしていないのに……。
「……お前、そんな悪趣味なものを見たことあるの?」
「公開処刑なんてほとんど毎日あるじゃないですか。無実の人もよく処刑されていますけど」
俺はそういう場所に絶対に行かないからほとんど忘れていたが、そうだった。
奴隷ちゃんの言う通り、この国……この世界では、当たり前のように公開処刑が行われている。
現代日本で生まれ育って俺からは考えられない倫理観である。
とはいえ、違う国では公開処刑もあったようだし、そこらへんはあまり世界が異なっても変わらないのかもしれない。
とはいえ、無実の人間が当たり前のように殺され、見世物にされているのはどうかと思うが。
やっぱクソだわ。
「といっても、別にそれをわざわざ見に行ったことはありません。奴隷として、勝手に出歩くなんてことはありえません。ただ、奴隷ですから、そういうのを間近で見てきた経験はあります」
「あー、なるほどな」
俺は納得したと頷く。
公開処刑は罪人が行われることもあるが、使用価値のなくなった奴隷がされることもある。
最期の最期、役に立たないのであれば命が奪われる瞬間でさえも酷使され、金に換えられる。
この世界の奴隷なんて、そんなものだ。
奴隷ちゃんも最初から割とぶっ飛んでいた気がするが、やはり目の当たりにしていたのだろう。
「……マスターも、ですか?」
どこか探るような質問をしてくる奴隷ちゃん。
俺の過去が気になるのだろうか?
別に隠すようなことでもないので、聞かれれば普通に答えてもいいのだが……。
といっても、積極的に俺から話すことはない。
「まあな。どっちにしろ、愉快な過去ではないし、話さなくてもいいだろう」
聞いていて楽しくなるようなことはないのが、この世界に転移してきてからの俺の過去だ。
それよりも前のことだったら、別にいいんだけど。
……いや、普通にブラック企業勤めだったわ。
何も面白くないわ。
俺が話さないと分かった奴隷ちゃんは、コクリと頷いて目の前にそびえたつ巨大な邸宅。
名家スタルト家を見上げる。
「では、奴隷として出過ぎた真似をした罰に、マスターの気分を下げるこの屋敷を粉々に破壊し、中にいる者を皆殺しにしてきます」
「お前が言うと本当にやりそうだからやめろ」
冗談なのだろうけど、ドラゴンをワンパンするこいつが言うと、マジでできるから怖い。
性格的にやりかねないので、必死に止める。
俺が史上最悪の犯罪者になりかねない。
まだ困る。
そんな会話をしていると、邸宅の門が開く。
にこやかに笑いかけてくる使用人の男。
「お待ちしておりました、リヒト様。どうぞ、こちらへ」
……やっぱり行かないとダメっすよね?
俺は心底嫌々彼の後ろをついていく。
まず、庭が広い。
草木が丁寧に育てられ、手入れされていることが分かる。
虫、多そう。
中はもっと豪華だった。
広いし、部屋もいくつもある。
垂れさがる照明器具や家具、調度品などは、どれも目玉が飛び出るほど高いのだろう。
使用人の男に連れられ、大きな扉の前に立つ。
そこが開かれると、艶やかな微笑みを浮かべた妙齢の美女がいた。
彼女はどこかいたずらそうに俺を見ると、プルッとした唇を開いた。
「久しぶりね、理人。元気だったかしら?」
「……どうも、舞子さん」
どちらもこの異世界の人間の発音ではなく、元居た世界の発音。
マイコ・スタルト。
俺のスポンサーのようになっている転移者の女であり、俺に無理難題をポンポン投げつけてくる愉快犯である。