第84話 私の肌はオリハルコンでも傷つけられません
死屍累々。
俺の前に広がる光景は、まさしくそうだった。
……めっちゃ久しぶりに【眼】を使ったけど、やっぱりえぐいわ。
こんな力、できる限り使いたくないと思うのは当然だろう。
それに……。
「ぐおおおっ!?」
目から全身に広がる激痛にもだえ苦しむ。
この代償……!
こういうものがあって、頻繁に使いたくなるはずがなかった。
マジでいったい!
『フゥッ! 気持ちいいのう! やっぱり、ガンガン使うのじゃ、その力!』
楽しそうな声を発しているのはマカだけだ。
そりゃそうだろう。
こいつはまったく痛みを感じないし、俺がしていることをただ間近で見ているだけなのだから。
何なら、俺が苦しんでいることにもキャッキャしていそうだ。
激痛はあるし寿命も縮むし、ガンガン使えるわけねえだろうが!
『なんじゃ。もうほとんど死んでいるようなものじゃし、今更寿命なんて気にする必要なんてなかろう』
呆れたようなため息も聞こえてくる。
お前、本人にほとんど死んでいるとか言うなよ。
それに、まだやりたいことあるし。
痛いのは絶対に嫌だし。
『やれやれ、困ったさんじゃのう。まあ、構わん。貴様の好きにすればいい。残り短い人生なのじゃからな』
そう言うと、マカの気配がスッと消えた。
まだもうちょっと俺のことを弄ってくるかと思っていたが、奴隷ちゃんがすぐそばに来ていたことで理由を察する。
俺以外の誰にも悟られないはずなのに、奴隷ちゃんは薄々とマカの存在に気付いている。
一度殺されかけたので、マカはとても苦手にしている。
……また今度唐突に奴隷ちゃんをけしかけてみよう。
「お疲れ様です、マスター」
「ああ。怪我はなかった?」
奴隷ちゃんを見れば、血まみれである。
普通ならどこか怪我をしたのかと慌てて尋ねるところなのだが、相手は天下無双ドラゴンをワンパンする女である。
身体のどこかを気にしているそぶりもないし、明らかに返り血である。
……俺の眼を見てしまった彼らも大変だが、奴隷ちゃんにボコボコにされた彼らも大変だっただろう。
「ええ、問題ありません。私の肌はオリハルコンでも傷つけられませんから」
何でもないように言う奴隷ちゃんに、俺は白い眼を向ける。
……この子の身体はどうなっているの?
オリハルコンでも傷つかないって、もうそれ伝説上の化物じゃん。
「ああ、大丈夫です。マスターのそれで私の膜は必ず破け……」
「ところで、彼らはいったいどうしてこんなことをしたんだろうな」
何だかとんでもないことを言おうとしていたので、慌てて遮る。
この子はいったいどうしてこんな子に……。
「マスターが転移者だと知ったからでは? 随分と他の転移者を痛めつけていたようですし」
「まあ、俺も隠していたわけじゃないから、調べようと思ったら転移者だと分かるとは思うんだけど。こんなにぞろぞろと大勢で移動していたんだな」
「特定の拠点を持たない集団だったのかもしれません。移動の途中にたまたまマスターを見つけて、襲撃をかけてきたのでは?」
「まあ、そうかもな」
すでに終わったことだから、特に気にする必要もないだろう。
彼らが大きな組織の末端だとしたらその組織のことを自衛のためにも調べる必要があるだろうが……。
おそらく、そういう感じではなかった。
「とりあえず、歩くとするか。全部失ったし……」
「泣くマスター、かわいかったです。私の胸に顔を埋めていただいて構いません。このために成長しました」
「嫌だ。なんかやばそう」
腕を広げて大きな胸を誇示する奴隷ちゃん。
男なので何も考えずに飛び込みたいと思うのだが、そうすると二度と離してもらえなさそうだ。
それは困る。
「はあ。しかし、転移者ということを強く意識させられたら、昔を思い出すなあ」
「あまり良い思い出ではないようですが」
げんなりとしている俺を見て、奴隷ちゃんが推察してくる。
まあ、ペラペラと他人に話すような愉快な話ではなかったことは事実だ。
「まあな。俺も奴隷だったし。奴隷時代のことなんて、ろくでもないことしかないだろう?」
「いえ、私は幸せですが?」
「奴隷ちゃんが色々とおかしいんだよ……」
平然と答える奴隷ちゃんに、俺は唖然とする。
奴隷時代の話が愉快で幸せだと言える人は、この世界に存在しないと思っていた。
「……昔の俺が今こんな感じだって、なかなか想像できないだろうなあ」
特に、こんな奴隷に執着されていることとか。
◆
「なあ、一気に攻め込まないのか?」
「はい?」
三ケ田に問いかけられた若井田は、一瞬キョトンとする。
何を言われているのかと考え、一応思いついたことを聞いてみる。
「えーと……仰っているのは、王国方面のことですよね?」
「ああ。だって、今がチャンスだろ? あたしは戦略とかはド素人だけど、今の王国はめちゃくちゃ攻めやすいっていうことくらいは分かるぞ」
不服そうな三ケ田。
やっとこの世界に報復できると思っているのに、大々的に攻勢に仕掛けないのが歯がゆいのだろう。
実を言えば、彼女と同じような考えの構成員は多いため、若井田も返答には困らなかった。
「まあ、確かに大打撃を与えたのは事実です。ですが、今攻撃を仕掛けても一気に落とせるとは限りませんよ」
「そうなのか?」
「ええ。確かに主要都市を複数壊滅させ、特記戦力の勇者を前線から退かせました。王女という王国の象徴ともいえる存在も崩せた。ただ、大きな国家の枠組みは、まだ毅然として残っているのですよ。むしろ、禍津會に対する怒りなどで結束力は強まっているかもしれませんねえ」
勇者は大きな戦力なので削れたのは大きい。
ただ、国の中枢にいる人物ではないし、ベアトリーチェは政治や国家政策に関与できることはほとんどなかった。
そのため、まだ王国の指揮系統などはしっかりしている。
むしろ、大切に想っていた王女に危害を加えられて、怒りで手ごわくなっているかもしれない。
まあ、それでも殺すが。
「ふーん、だから今は王国を攻めないのか」
「それに、私たちのリーダーもあそこにいますから。あの方ならうまくやるでしょうが、あまり好き勝手こちらが行動すれば、リーダーの邪魔になるかもしれません」
三ケ田はその言葉に興味を抱く。
禍津會のリーダー。
一度も会ったことがないが、とくに幹部連中は敬愛の色が強く見えた。
こんなぶっ飛んだ奴に慕われるリーダーとやらは、どのような人物なのだろうか。
「リーダーね。あたしは一度も会ったことがないんだけど、どんな人なんだ?」
「そうですねぇ……」
若井田は少し考える。
脳裏に浮かぶのは、自分を地獄から救い出してくれたあの人。
考えがまとまり、三ケ田を見て薄く笑った。
「とてもやさしくて、とても怖い人ですかね」
「……どっちなんだ、それ」
結局分からないままだと、三ケ田はため息をつくのであった。




