第8話 血の匂い
「お、戻ったか、リヒト」
「おー……」
ギルドの扉を開けば、出迎えてくれたのはルーダだ。
防具や武器を身に着けて完全装備のため、これから依頼なのだろう。
しかし、相変わらず声が大きい。
雷のような威圧的な声なので、注目を集めてしまう。
良くも悪くも有名な奴だ。
慣れている奴らはすぐに目をそらすが、そうでない者は何かあるのかと目を向けてくる。
勘弁してくれ……。
ギルドで目立っても、いいことなんて一つもないのだから。
「では、マスター。私は報告へ」
「ああ、頼んだ」
やはり、人前では理想的な……というか、一般的な奴隷の態度で、奴隷ちゃんが受付へと向かっていった。
俺の前でもそういう感じでいてくれないですかね?
別に、特別自分のことを卑下する必要はないからさ。
「相変わらずあの御当主様から好かれているようで羨ましいぜ。また指名依頼だろ?」
「代われるものなら代わってやりたいよ……」
ルーダはニヤニヤとして言うが、俺はげんなりとする。
確かに、指名依頼はいいものだろう。
報酬金の額も跳ね上がるし、何より指名依頼を貰えるレベルの冒険者という名声が手に入る。
あの人も指名しているんだったら……という感じで、他の依頼者からも指名を貰えることがある。
だから、冒険者にとってはあこがれのものなのだが……。
少なくとも、俺は他の依頼者から指名依頼をもらったことはない。
スタルト家の御当主様に、なぜか知らんが気に入られているという評価にしかなっていない。
なにせ、不真面目な冒険者だからな。
「とんでもない大金が手に入るからいいじゃねえか!」
「今回、ドラゴンの討伐だったんだが……。俺の代わりにお前を勧めとくよ」
「……何か奢れよな!」
「誤魔化すなよ」
スーパー脳筋のルーダでさえも躊躇するのがドラゴンだ。
こいつもかなり実力のある冒険者だが、俺と同じでソロだしな。
「さあて、金持ちのお前に負けないように、俺も仕事頑張ってくるかぁ! じゃあな、リヒト」
「はいはい」
そう言ってルーダはギルドを出て行った。
本当に声が大きい。
意図的ではないし、悪気があるわけではないんだけど……。
ギルドで、しかも大金が手に入るなんて大声で言ってしまえば、ろくでもないことになるのは当然だった。
ポンポンと肩をたたかれる。
振り向けば、嗜虐的にほくそ笑む男たちが数人。
「なあ。ちょっと話があるんだけど、いいか?」
おお、もう……。
◆
「えーと……それで、話ってなんだ?」
随分と遠くに連れ出されてしまった。
建物と建物の間、裏路地だ。
掃除もろくにされていないため、衛生的とはとても言えない環境。
俺は、そこで三人の男たちと相対していた。
「おいおい、本当に言わないと分からないバカなのかよ?」
「全然危機感ねえな。だから、金を俺らに奪われる羽目になるんだよ!」
「あー……やっぱり、そういう感じ?」
自分で言っておいてなんだけど、本当にバカみたいだ。
風貌で人を判断するのはよくないから、そういう偏見を持っているわけではないのだが。
【どうせ、こいつらもこの世界の人間であることには違いないのだし、ろくでもないのは確かめるまでもない】ことだった。
「ああ、そうだよ。聞けば、大金が手に入るらしいじゃねえか。それ、全部俺たちに寄こせ」
やっぱり、ルーダのせいだ。
あれが意図的だったら俺も対応のしようがあるのだが……。
そんなつもりじゃないというのが真実だから、やりづらい。
「もちろん、ギルドには言うんじゃねえぞ? 冒険者資格を停止させられたら、マジで犯罪組織に入るしかなくなるからなあ」
「ああ、さすがにその勇気はないわけだ」
【クソみたいな世界】であるからこそ、闇の部分はさらに深い。
少なくとも、俺がいた日本で、俺が知っている限りのものよりも、はるかに。
まあ、日本でも闇が深いところはあったのだろうが、普通に生きていてそんなところを目にすることはない。
殺人、強盗、詐欺、暴行、レイプ、リンチ。
思いつく限りの反吐が出るようなことを平然としているのが、この世界の闇だ。
こいつらはカツアゲくらいならできるのだろうが、そんな場所と環境で生きていく勇気はないのだろう。
すると、彼らは苛立った様子で俺に詰め寄ってくる。
「おい、口の利き方には気をつけろよ。金だけじゃなくて命も失いたいのか、お前は?」
「ここは人が寄り付かねえ。お前がどれだけ悲鳴を上げても、誰も助けに来ねえよ」
すごんでくる。
それは怖いな。
……俺が行方不明になったら、スタルト家の御当主様が黙ってないと思うんだけど……。
まあ、俺のことをまったく知らないようだし、そんな裏まで知らなくても当然か。
「まあ、そうだな。俺も殺されたくはない。穏便に済む形で終わらせようか」
「へへっ、物分かりがいいじゃねえか。だったら、あの奴隷も貰おうか。俺たちの使っていた奴隷は、すぐに潰れて死んじまったからなあ」
「使い道が色々ありそうだしな。楽しみだ!」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる男たち。
ど、奴隷ちゃんに手を出そうとするなんて、何て勇気があるんだ……。
ドラゴンを素手でワンパンするような奴なのに。
俺なら絶対にごめん被る。
まあ、心底楽しそうにしてもらっているが、こいつらも彼女も、【別にどうでもいい】か。
「そうか。じゃあ、早く終わらせよう」
俺はそう言って、彼らに笑いかけた。
◆
奴隷ちゃんがギルドの前で待っていると、手をひらひらと振りながらリヒトが戻ってくる。
もちろん、奴隷という立場上、主人に怒りを抱くなんて許されない行為だが、多少不満に思うくらいは許されるだろう。
何も言わずにいきなり消えられたら、奴隷としては困ってしまう。
「マスター。今までどちらに?」
「ああ、悪い。そう言えばお前が食料をほとんど食べてしまったから、何もないと思ってな。ちょっと買い込んだんだ」
ガサガサと食材の入った袋を揺らすリヒト。
そう言えば、朝にガッツリ食べてしまったのを思い出す奴隷ちゃん。
「むむっ。その時はぜひ私を連れて行ってください。食材の目利きは私の方ができる自信があります」
「それは確かに。じゃあ、次からはそうするよ」
苦笑いするリヒト。
安いものならいいのだが、そこそこの値段のものを大量に買い込んでいる印象しかないので、絶対に連れて行かないでおこうと決めた。
「ええ。報酬金もがっぽりいただきましたよ」
袋に詰められた金貨を誇らしげに掲げる奴隷ちゃん。
ルーダと同じように、あんまり不用意なことはしてほしくないのだが……。
とはいえ、お金を稼げたのは嬉しい。
「よっしゃ。じゃあ、しばらくは働かなくてよさそうだな」
「マスター……」
「お、おい、そんな目で見るのは止めろぉ!」
穀潰しを見る目は、リヒトに効いた。
結局ドラゴンを討伐したのも奴隷ちゃんということもある。
「まあ、帰るか」
奴隷ちゃんはリヒトに近づくと、ふわりと嗅ぎなれた匂いがする。
それは、彼の匂いというよりも……。
「(血の匂い、ですね)」
路地裏に転がる三つの血だらけの肉の塊。
誰かが毎日誰かに殺されている路地裏では、ありふれたこと。
そのため、その死体を詮索する者はだれもおらず、冒険者が三人消えたというのは、誰も気に留めないことだった。
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