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第7話 ……なんで覗かないんですか?

 










 ドラゴンの死体の一部を切り取って、街に戻ってギルドに報告。

 指名依頼ということで、通常の依頼よりも何倍も高い報酬金を貰う。


 あと、ドラゴンであったことも報告しておいた。

 当然、事前情報と違う依頼なんて許されるはずもない。


 それで冒険者が命を落としていたら、どうするというのか。

 しかし、意外にもそういうことはまったくないとは言えないものだった。


 だから、ギルドから平謝りされた程度である。

 もちろん、これは貸しにしておくと、リヒトはしっかりと伝えていたが。


 それを元手に、また数か月程度隠居生活を……というストーリーをたどることは、まだできていなかった。

 リヒトはすぐにでもそうしたかった。


 スタルト家の現当主様は、少しでも遅れればチクチクと攻撃してくるのだ。

 面倒極まりない。


 ただ、今の状態で街に戻ることはできなかった。


「さて、マスター。街に戻りましょう」


 握っていた拳をほどいて、パッパッと手を振る。

 それと同時に飛び散るどす黒い血。


 全部返り血だが、それは彼女の悍ましい血まみれの姿を柔らかくする理由にはまったくならなかった。

 そして、彼女は全身がドラゴンの返り血で染まっていた。


 それで戻ろうと言うのだから、リヒトが慌てて止める。


「いや、待て待て。お前、その状態で街に戻るつもりか?」

「はい」

「はいじゃないが。お前、そんな血だらけで戻ったら、俺が完全にそういう奴隷の使い方をするクソ冒険者と同じになるじゃないか」


 普通、奴隷が返り血を浴びるほど一方的にドラゴンを破壊できるとは、誰も思わないだろう。

 リヒトだって思っていなかった。


 こうして血だらけになっていれば、それはすべて奴隷自身のものだと思われる。

 そう、奴隷を盾にし、囮にする、リヒトが最も毛嫌いするクソ冒険者と同じ使い方だと。


「別に、ごく一般的な奴隷の活用法だと思いますが……」

「この世界の人間にとってはな。アイリスからは、もうこれ以上下がるはずがないのに、それ以上下に見られてしまうんだよ」


 げんなりとするリヒト。

 他人から嫌われたいと思う人間が、どれほどいるだろうか。


 あいにく、彼はそうは思えない人間だった。


「マスターが他人からの評価を気にするとは、驚きました」

「一般的な世間体は気にするわ。それに……」


 ピリッと空気が張り詰めるのを、奴隷ちゃんは肌で実感した。


「――――――この世界の人間と一緒に見られるのは、腸が煮えくり返る」


 しかし、その言葉の直後、空気は一瞬で弛緩した。

 リヒトも普段通りの、どこか気の抜けた雰囲気に戻っている。


 奴隷ちゃんがそこを指摘することはなかった。


「そうですね。マスターは奴隷を盾や囮にするのではなく、メインウェポンにしますものね」

「それも凄く語弊があるからやめてくれない? お前が勝手に突っ込むんだよ。止めろよ」


 ドラゴン相手に拳で抵抗するなんてありえない。

 まあ、抵抗というか、一方的な虐殺だったが。


 もちろん、リヒトがこのように動けと命令しているわけではない。


「まあ、とりあえず、その返り血まみれの身体をどうにかしろよ。お前も血なまぐさいのは嫌だろ?」

「それはそうですね。近くに川があったはずです。そこで水浴びします」

「そうしろ」


 街に戻る前に、身体を清めることにした。

 これで、他の冒険者たちと同一視されることはないだろう。


 リヒトはほっと胸をなでおろした。


「では、一緒に行きましょうか」

「お前ひとりで行くんだよ、馬鹿」


 残念、全然撫でおろせなかった。










 ◆



 パシャパシャと水が落ちる音がする。

 綺麗な川の中に膝まで水をつけているのは、奴隷ちゃんである。


 身体に付着したドラゴンの返り血を流すために、水浴びをしているのである。

 どす黒い血が川に広がって流れていくのは、ちょっと怖い光景だったが、奴隷ちゃんは大して何も思うことはなかった。


 自分の身体を掌でなぞり、清めていく。

 艶やかな唇にも水滴が付着し、瑞々しさがさらに増している。


 シミや傷跡が一切ない真っ白な肌の上を、掌が滑らかになぞっていく。

 大きく膨らんだ胸をつるりとなぞり、深い谷間や下乳も丹念に。


 血が固まってカピカピになるのはたまらない。

 水滴は胸の間からへそへと落ちて行き、そして股間部へと流れる。


 いまだリヒトから手を出されていない下腹部に手をやりながら、不思議そうに首をかしげる奴隷ちゃん。

 自分の身体はこんなにもエロいのに、なぜ手を出さないのか?


 奴隷と主人という明確な上下関係もあるのに……。


「……不能?」


 いや、それはないだろうと頷く。

 自分以外の女に手を出しているのは知っている。


 許せねえよなあ……。

 それを告げた時のリヒトの顔は愕然としていた。


 面白かった。

 と、ここまでかなり時間をかけてゆっくりと水浴びをする奴隷ちゃん。


 すでに血はすべて落ちているのだが、特に何かをやることなく、川の中で立ち続ける。

 そのまま十数分。


 非常に不愉快そうな雰囲気を醸し出しながら、川から出て行く。

 すでにメイド服は洗われ、乾いている。


 魔法が込められているため、これほど早くきれいになっていた。

 やはり不満そうにしながらそれを着こみ、肌をさらす部分はほとんどなくなる。


 そして、決して目を凝らしても川を見ることができない位置にいたリヒトの元へと向かった。


「お、きれいになったな。じゃあ、少し休憩してから街に戻るか」


 火を焚きながら待っていたリヒトが、奴隷ちゃんにそう声をかける。

 水浴びして冷えた身体を温めるために準備していたのだが、なぜか奴隷ちゃんは立ち尽くすままだ。


 リヒトが不思議そうに首をかしげると、むすっとしたままの奴隷ちゃんが言った。


「……なんで覗かないんですか?」

「お前は何を言っているんだ?」


 本気で何を言っているのか分からず、激しく困惑するリヒトであった。




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