第65話 攻撃開始
「攻撃ってなに? 戦争でもしてんの?」
俺は唖然としながら問いかける。
あまりにも非現実的だった。
百人近くが死んでいるって、もうそれ戦争じゃん。
普通じゃないぞ。
しかし、ルーダは険しい顔を崩さない。
「まだそっちの方がよかったかもしれねえな。国と国の戦争なら、一応ルールがある。だが、今回はそうじゃねえ」
苦々しく歯を噛みしめるルーダ。
「王国のあちこちで、同時多発的に攻撃を受けている。相手は国じゃねえ。訳の分からない、高度に組織化されたいかれた集団だよ」
「…………」
……あれ? おかしいな。
そんなことをやってのけることができる能力と目的を持っている組織のことを、知っている気がするぞ?
い、いや、気のせいだろう。
某テロ組織なんて関係ない関係ない。
「とりあえず、お前もギルドに来い。そこそこ有望な冒険者は、招集がかかっている」
「え? それ、俺も入ってんの?」
「当たり前だろうが」
呆れたように俺を見るルーダだが、有望もくそもないだろ。
ほとんど俺じゃなくて奴隷ちゃんの功績なのだから。
あ、むしろ、奴隷ちゃんのことを求めているのかもしれないな。
主人である俺が動かないと彼女を動かすこともできないから、一応俺が呼ばれたと。
そうであってくれ。
こんな緊急事態に呼び出されるって、絶対にやばいことに従事させられるのだから。
やりたくないでござる!
「しかし、集まってどうするんだよ」
「そりゃお前、決まっているだろ」
ルーダは獰猛な笑みを見せた。
「そいつらをぶっ殺すんだよ」
「えぇぇぇ……」
やりたくないんだけど……。
◆
「ぎゃああああああああ!!」
空を切り裂くような鋭い悲鳴が響き渡る。
王国にあるとある主要都市のひとつ。
多くの人でにぎわうはずのこの場所は、前日まででは考えられないほどの凄惨な状況になっていた。
多くの人が死んでいる。
誰もが苦しみを味わって、ようやく命を落とすことができたような、苦悶の表情を浮かべて。
いや、表情が分かるのであれば、死体としての状況はまだマシかもしれない。
多くは表情が分からなければ、その人間の性別すら分からないほど、黒焦げになっていたからだ。
転がっている死体は、どれも焼死体。
大規模な火事があったのか?
しかし、街の中にある建物は、荒れたり壊れたりしているものの、火事の後は見られない。
不思議な光景だった。
「あづいあづいあづいあづいあづいいいいいいいい!!」
そして、今も一人の兵士が、全身から火を噴きながら地面をのたうち回っていた。
目や口から、火を噴き出す。
曲芸にでも失敗したのだろうかと思うが、もちろん彼が自分からそんなことをしていたわけではない。
彼の目の前に佇む人間が、この凄惨な状況を作り出したのである。
「熱い、熱いわよねぇ? 火って本当に怖いわ。これをうまく扱えるから人類は進化したらしいけど、本当に扱えているのかしらぁ?」
その口調と声は女のそれだ。
だが、その人間の見た目からは、男女の区別がつかない。
そもそも、衣服がほとんど露出のないものだし、本来なら肌色が覗けるはずの場所も、包帯でぐるぐる巻きにされているため、容姿がまったく分からないのだ。
それは、頭部もそうで、髪の毛すら出てこないほどの徹底ぶり。
目元だけ開き、ギラギラと殺意に光る恐ろしい眼だけが覗いていた。
彼女が女であると分かるのは、その柔らかい声音と話し方、そして膨らんだ胸部くらいである。
無論、それらは男でも擬態しようと思えばできるため、確かな証拠にはならない。
実際、彼女がどういった人物なのか、ほとんど推察することはできない。
しかし、その包帯だらけの姿と何物も寄せ付けないような危険な雰囲気は、彼女が只者でないことを示していた。
「苦しいわよねぇ、痛いわよねぇ、つらいわよねぇ? それ、全部私が味わったんだよぉ?」
目の前で燃える兵士を助けようともせず、柔らかい声音で話しかける。
火だるまになっている人を助けるのは難しい。
しかし、それ以上に、このようにしているのは彼女自身であるから、助けるはずもなかった。
優しい声が、どんどんと刺々しくなる。
「お前が味わっているより何倍も長く、何倍もつらく、何倍も痛かったんだよぉ!!」
「あ、ぁ…………」
最後には、もはや絶叫だった。
血を吐くような大声。
憤怒、憎悪、悲嘆。
込められるだけの負の感情を叩き込む。
その女の怒声を最後に聞いて、兵士は命をようやく落とすことが許された。
「あーあ、死んじゃったぁ。もっとお前たちは苦しまないといけないのにね。じゃないと、私の気が済まないのに。まあ、いいか。代わりなんていくらでもいるものねぇ」
コロリと感情を戻す女。
その感情の移り変わりの速さと激しさは、見る者を恐怖させる。
今も、遠巻きに彼女のことを包囲している兵士たち。
愛すべき街を破壊し、同じ釜の飯を食った仲間を殺した女。
怒りに任せて襲い掛かってもいいはずなのに、それができなかった。
根源的な恐怖。
死というものを強烈に意識させられる。
だから、立ち向かうことができない。
数の利はあるのに、相手は華奢で怪我をしているであろう女なのに、一歩を踏み出すことができなかった。
「……あら? どうして私に立ち向かってこないのかしらぁ。大切な仲間を殺した張本人よ。捕まえるなんて生ぬるいことを言っていないで、全力で殺しにかかってこないとダメじゃない」
くすくすと、包帯だらけの手で、包帯に隠された口元を隠す女。
嘲りを含んだ笑い声。
それでも、兵士たちは動けなかった。
「何もしなかったら、もしかしたら見逃してもらえるかもしれない。そんなことを考えていたりぃ?」
何人かの肩がビクンと跳ねる。
事実だったからだ。
自分たちは襲わない。戦わない。
だから、見逃してくれないだろうか?
天災が過ぎ去るのを待つように、じっとして縮こまっている。
それで大切な人が死んでしまったとしても、復讐なんて考えない。
だから、自分の命だけは……。
「ざぁんねぇん。この世界の人間は、皆殺しよぉ」
そんな淡い望みは、当たり前のように踏みにじられた。
憎しみをたっぷり込めた言葉と同時、囲んでいた兵士たちが発火する。
「うわああああああああああ!!」
悲鳴は、夜遅くになるまで途絶えることはなかった。
禍津會所属、名を響。
転移者である。




