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第6話 ワンパン

 










 また餌が自分からやってきた。

 ドラゴンはほとんど本能しか持ち合わせていない頭脳で、そう考えていた。


 彼はまだ非常に若いドラゴンだった。

 人間の味を覚えた魔物は、もっぱら人間だけを襲って喰らっていた。


 動物などを食べたこともあるが、一番美味いのが人間だった。

 加えて、人間は数が多い。


 どこに行っても、すぐに出会うことができる。

 しかも、どうにも警戒心が薄い。


 魔物や動物は自分が近づいてくると機敏に察知して、大きな身体では入り込むことのできない狭い場所に逃げ込むものだから、狩りをするのはなかなか大変だ。

 しかし、人間は自身の接近に気づくことは遅く、また逃げる速度もとても遅い。


 後ろから追いかけて、簡単に捕まえてかじることができる。

 だから、このドラゴンは人間が大好きだった。


 本当は、もっと大勢集まっている街などを襲ってみたいが、さすがにそのレベルになると、人間たちも反撃をしてくる。

 かつて、ワイバーンがそれで殺されたのをたまたま見たことから、このドラゴンは決してそのようなことはしなかった。


 人間は街に引きこもることはせず、愚かにも少数でのこのこと歩いていることがある。

 それは、商人や旅人と呼ばれる者たちだが、ドラゴンにとってはそんなことは知ったことではない。


 ただ美味い餌がのこのことやってくる。

 それだけで十分だ。


「おお。なかなかの大きさのワイバーンですね、マスター」

「なんでこのレベルの化物を前にしてそんなに暢気でいられるの? お前のメンタルの強さを分けてほしい。てか、これワイバーンじゃないわ。ドラゴンだわ」


 今も、こうして目の前に二つの餌がいる。

 一人は女だ。


 小さくてあまり量は多くないが、一方で肉付きは豊かで、噛み応えはありそうだ。

 一方の男は、上背はあるが、女とは逆で身体の肉付きが良くない。


 これでは、あまり期待できないだろう。

 とはいえ、せっかくのご馳走だ。


 食べないという選択肢はない。


「ゴアアアアアアアアアアアア!!」


 咆哮を上げる。

 これは、敵の戦意を粉々に破壊する意味があった。


 圧倒的な恐怖と威圧を与えることによって、そもそも抵抗することさえ許さない。

 人間は脆弱だ。


 こうして自分が吠えるだけで、もう何もできずにへたり込み、神に祈りをささげる。

 余計な手間を省くために今回もやってみたのだが……。


「うるさいですね……」

「鼓膜破裂したわ」

「舐めて治して差し上げます。私の唾液には治癒能力があります」

「嘘です、すみません」


 目の前の人間たちは、自分など意に介しておらず、のんきに会話をしているではないか。

 理性を持たないドラゴンは、直情的に怒りを抱いた。


 人間の言葉を理解しているわけではないが、自分に眼中がないというのは分かる。

 自分を警戒していないというのは捕食者としてはありがたいことだが、それはそうとして怯えず自然体のままそこにいるというのは、苛立ちを隠しきれない。


 閉じられたドラゴンの鋭い牙の間から、炎が漏れる。

 生のまま踊り食いするのもいいが、今回はできる限り苦痛を与えてから喰らってやる。


 その方法が、ブレスだ。

 火炎で身体を焼き、もだえ苦しんでいるところを食べてやろう。


 ドラゴンの目が嗜虐的に細められる。


「カッ!!」


 まったく逃げるそぶりすら見せない二人の人間が、炎に飲まれた。

 ゴウッと火炎は辺りを焼き尽くし、空に黒煙を立ち昇らせる。


 まだ若いとはいえ、ドラゴンのブレスは、それこそ恐怖の象徴として語られるもの。

 小さな人間二人なんて、消し炭にできる。


 炎を身体にまとわせてのたうち回る人間がいると期待して……。


「ふう、ビビりました」

「……なんで魔法で防いだりしていないのに無傷なんだ、お前?」

「ッ!?」


 二人の人間は健在だった。

 ドラゴンは驚きのあまり、巨大な目をさらに大きくさせた。


 リヒトがブレスを防げた理由は簡単だ。

 魔法で壁を作った。


 それだけだ。

 強固な壁は炎はもちろん、その熱さすらも遮断する。


 ドラゴンのブレスを難なく防ぐことができるのは、ほとんど存在しない。

 長く生きたドラゴンのそれは、戦略兵器級の力を発揮する。


 この若い、まだ子供といえるドラゴンのブレスはそこまでではないものの、人を殺すには十分すぎるほどの力を持っていた。

 だからこそ、強大な魔物として恐れられている。


 リヒトはそれを何の気負いもなしにやってのけたわけだが、それ以上に恐ろしいのが奴隷ちゃんである。


 ――――――彼女は、何もしていない。


 魔法で身体を守ることはしていない。

 ただ、その場に立っていただけだ。


 そして、完全無傷である。

 火傷すらしていない。


 致命的なダメージなんてもってのほかだ。

 猛烈な熱さの空気を吸ったことで内臓に損傷があるわけでもない。


 本当に無傷。ノーダメであった。


「……マスター。私の服が焼けません」

「お前がこういうときにいつも全裸になって襲い掛かってくるから、メイド服に魔法を仕込んでおいた」

「余計なことを……」

「主人になんてことを言ってんだ、お前……!」


 とはいえ、完全無傷であっても、衣服はどうにもならないはずだった。

 というか、以前似たような出来事があったとき、奴隷ちゃんは無傷で衣服がボロボロになったことがある。


 彼女が自画自賛するだけあって、スタイルはとてもいい。

 奴隷とは思えないほど凹凸がはっきりとしている良好な栄養状態だ。


 なるほど、男なら興奮しても不思議ではない。

 奴隷とその主人という明確な上下関係もある。


 まさに据え膳。

 ただし、その状態で抑え込まれるのが主人であるリヒトでなかったらの話だ。


 生娘のように泣き叫んでいた彼は、とても眼福でしたとは奴隷ちゃんの言である。

 それ以来、それがトラウマになったリヒトは、自身の持ちうる魔法の才能をいかんなく発揮して、強固なメイド服を作成したのであった。


 何にせよ、衣服にそんな秘密があったとしても、生身の奴隷ちゃんも無傷というのは、明らかに異常だった。


「ガァッ!!」


 ドラゴンはとっさに鋭い爪で奴隷ちゃんに襲い掛かった。

 人間の身体なんてたやすく切り裂くことのできる、鋭利な武器。


 それは、間違いなく彼女の身体を捉えた。


「ッ!?」


 そして、その爪は粉々に砕け散った。

 奴隷ちゃんがそれに合わせてカウンターをしたわけではない。


 武器で爪を殴ったわけでもない。

 彼女は無防備なままそこに立っていて、爪が自分の身体を捉えるのをただ待っていた。


 そして、届いた瞬間、鋭利で強固な爪は、粉々に砕けたのだ。


「……お前の身体ってオリハルコンでできていたりする?」

「いえ、柔肌ですが……」

「柔肌はドラゴンの爪を粉々にしたりしない」


 またもや蚊帳の外で暢気な会話をする二人。

 しかし、ドラゴンは今度こそ怒りではなく恐怖を覚えた。


 痛いのは怖い。

 今まで人間に抵抗されても、自分が傷つくなんてことはなかった。


 硬い鱗が人間の攻撃を通さないし、ましてや武器である爪が破壊されるなんて想像だにしなかった。


「あっ」


 だから、ドラゴンは逃げることにした。

 大きな翼をはためかせ、空へ。


 飛ぶことのできない人間は、決して及ぶことのない絶対安全圏。

 そこまで何とか逃げようとして……。


「待て」

「ッ!?」


 空へと逃げようとしていたドラゴンの巨体が、ガクンと揺れる。

 どれだけ翼をはためかせても、まったく空へと行かない。


 下を見れば、奴隷ちゃんがドラゴンのしっぽを片手でわしづかみにしているではないか。

 ドラゴンの飛行を、片手で押しとどめていた。


「マスターへの攻撃は見過ごせません。奴隷として、お前を殺します」


 そう言うと、奴隷ちゃんはしっぽを掴んだまま大きく腕を振るった。

 ドン! と、凄まじい地鳴りがした。


 地震が起きたのかと思うほどの衝撃。

 それは、ドラゴンの全身が地面に叩きつけられたことによって起きたもの。


 奴隷ちゃんは、片手で空に浮かぶドラゴンを地面に叩き落としたのであった。

 全身を貫く衝撃に、身動きが取れないでいる魔物。


 ふと気づけば、そんなドラゴンを冷たく見下ろす奴隷ちゃんがいた。


「では、死んでください」


 小さな拳を握りしめ、それを頭部へと振り下ろす。

 女の、それも人間の腕力。


 硬い鱗に覆われたドラゴンには、微塵もダメージを与えることがないはずの攻撃。

 パァン、と乾いた音が鳴った。


 その時には、すでにドラゴンの意識はなくなっていた。

 それもそうだろう。


 頭部が木っ端みじんに破壊され、血や脳髄をまき散らしていたのだから。


「終わりました、マスター」

「……本当にワンパンで殺しやがった、こいつ」


 返り血まみれでブイサインを披露した奴隷ちゃんに、リヒトは頬を引きつらせるのであった。




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その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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