第48話 貴人
「最近、禍津會の活動が活発になってきていますね」
豪奢な部屋の中で、貴人がポツリと呟く。
裕福な暮らしをしているため、彼女の髪や衣服は美しく整えられている。
太陽の下で肉体労働もしたことがないから、肌は雪のように白い。
端整に整った顔立ちは、まさに一輪の華に例えられるほどだ。
そんな仰ぎ見るべき主人に対し、軽く武装した女は酷く図々しい口調で話しかける。
無論、誰もが許されているわけではなく、彼女だからこそ受け入れられているのだ。
「ギルドからも報告が上がっていたよね。冒険者が遭遇したって」
「禍津會はメンバーが少ない分、少数精鋭。不意打ち気味だったようですが、よく生きて戻ってこられましたね。情報を手に入れられたこともあって、とてもよかったです」
禍津會。
ほとんどその情報が入ってこない、秘密テロ組織。
しかし、今回そのメンバーと遭遇し、交戦し、あまつさえ生きて戻ってきた冒険者が複数いる。
これは、快挙であった。
まったくなかった情報を、ごく一部とはいえ手に入れることができたのだから。
貴人は満足そうにうなずいた。
「今回遭遇した冒険者は、結構精鋭がそろっていたようだよ。イリファスの支部を調べる目的だったようだから」
「そうでしたか。しかし、結局禍津會にイリファスの支部は潰されてしまいましたね。市民にその噂が広まって、間違っても禍津會への支持が広がらないようにしませんと」
イリファスは、当然だが一般市民から歓迎されるような組織ではない。
人身売買、違法薬物の流布、殺人、強盗。
考えられるすべての犯罪をする組織であり、被害者はもっぱら力を持たない一般市民だからである。
そんな彼らを禍津會が潰したとなれば、一部ではそちらに支持を向ける者が現れるかもしれない。
しかし、女騎士はその憂慮を否定する。
「それは大丈夫でしょ。禍津會の連中、転移者しかいないらしいし。それに、世界へのテロや殺人を復讐で続けるようだから、支持は広がらないよ」
「それはそうですね」
純粋に禍津會が正義のヒーロー組織をしていればその可能性はあったが、残念ながら彼らはこの世界の敵である。
間違っても広く支持を得られるような立場ではない。
貴人は理解しつつも、一つの限りなく低い可能性として考えていただけだった。
表情を変えない貴人と違い、女騎士は心底不満そうに、もっと悪く言えば気持ち悪そうに顔をゆがめた。
「でも、転移者なあ。こっちの世界に突然やってきておいて、何が復讐だよ。笑えるね」
転移者への見下し。
それは、この世界の人間ではありふれた普通の考え方だが、とくに女騎士のそれは強固なもの。
たとえば、理人や望月のように、転移者でも奴隷という立場から抜け出し、冒険者としてある程度の地位を築いていれば、このようにあからさまに嫌悪を向けられることはほとんどない。
だから、この女騎士は筋金入りの転移者嫌いのようだった。
そんな側近の言葉に、貴人はゆるゆると首を横に振った。
「私は別にそうは思いません。あれだけ酷い目に合っていれば、復讐を考えたくなるのも当然だと思います」
「え? じゃあ、転移者の保護とか国王に進言してみる?」
その言葉に、貴人は上品にクスクスと笑う。
「出来もしないことは言わないでください。私はしょせんお飾り。政治に口出しすると、お父様もお兄様方もいい気分にはなりません」
「いろいろとやっているくせに今更だなあ。イリファスの支部とも、何かつながりがあったんでしょ?」
笑い声をピタリと止める貴人。
感情を悟らせないような、冷たい笑みを浮かべていた。
「裏社会とつながりを持っていると、色々と便利です。管理もしやすくなりますし。無論、相手は私が取引相手だとは思っていなかったでしょうが。相手に弱みを握られるのはマズイです。とくに、裏社会ですからね」
「その支部を潰されちゃってよかったの?」
「イリファスは大きいですから。どうせ、また勢力をこちらに伸ばしてくるでしょう。その時に新しく関係を作ります」
「怖いなあ。その立場で裏社会との関係を堂々と認めるのは相当やばいよ」
それはその通りだろう。
貴人の立場で裏社会とつながりがあると公になれば、間違いなく立場は非常に悪化する。
無論、貴人も誰でもペラペラしゃべっているわけではないし、そもそもイリファスの支部とも何人も経由してから話をしていたので、何人捕まえても自分に届くことはないのだが。
「あなたにだけですよ。だから、この情報が洩れたらあなたの責任です」
「首を飛ばされるんだろうなあ。物理的に」
「ともかく、目下の懸念は禍津會です。お父様やお兄様はしょせん転移者だと見下しているようですが、イリファスの支部を潰せる戦力を持つテロ組織というのは、無視できるものじゃありません」
「ということは、とりあえず禍津會を潰すっていう感じになってくるんだね?」
女騎士の目がギロリと光る。
彼女の転移者嫌いもなかなか面倒だと、貴人は口には出さないが思った。
「そうですね。ただ、私は公に前に出てそれを先導すれば、お兄様は面白く思わないでしょう。その危険性を訴え、誘導することしかできませんが」
「立場って大変だよねえ」
「まずは、直接禍津會と接触した冒険者から話を聞いて、情報を集めましょうか」
「ん? じゃあ、僕が聞いてこようか?」
女騎士の提案を、首を横に振って否定する。
「いえ、個人的に禍津會を退けられるほどの力を持つ者とは、顔を通しておきたいです。どれほどの人なのか、興味もありますし」
「うわぁ。王族に興味を持たれるなんて、かわいそうに。ね、姫様」
「私に言うのは違いますよ」
姫と呼ばれた貴人は、薄く微笑んだ。
「別に、いじめるつもりなんてないんですから」
第2章終了です。
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