第41話 禍津會
「何を鬱陶しいムーブしてんだ、あんた」
呆れたような表情でやってきた女。
彼女は片手に剣を持ち、片手は血だらけの男を引きずっていた。
この大量殺戮現場を作り出したのは、彼女の力もあることは明白である。
二人の異質な人間に、全員が構える。
戦意を向けられていても、その二人はいつも通りの会話をしていた。
「いやいや、こういうムーブは最初しかできないわけですよ。自己紹介した後にはね。だったら、謎の男としての楽しみ方をしようかと……」
「くだらねえことするなよ」
「き、君は!?」
そんな女を見た望月は、思わず声を出す。
ここで既知であることがばれたらリーリスたちから疑いの目が向けられても不思議ではないのだが、そのことを意識することもできず、つい発していた。
なにせ、彼女は自分と戦い、敗北して領主の元へ連行されたはずの転移者、三ケ田だったからである。
彼女も、ここで望月に初めて目を向ける。
その目は、ゾッとするほど冷たかった。
「ん? ああ、まさかこんな短期間で再会できるとは思っていなかったな。あたしも驚いたよ。縁があるのかもなあ」
三ケ田はそう言うと、きょろきょろと周りを見渡す。
「……もう一人の男の方はいないの?」
「いや、来ているよ。今は別のところにいるけどね」
「それは残念。挨拶くらいできたらいいと思っていたんだけどな」
三ケ田は理人に悪感情を抱いていなかった。
知り合いに挨拶ができないくらいの感覚だが、少し残念そうにする。
また理人。
アイリスが彼を頼ったこともあって、モヤモヤがさらに強くなる。
「そんなことより、どうして君がここに……。捕まえたはずじゃ……」
「ああ、そうだな。お前のおかげで、あたしはまた地獄に逆戻りするところだったよ。実際、その触りくらいは味わった。どうもありがとうな、英雄気取りのクソ野郎さん」
「……ッ!」
何を言っているのか、さっぱりわからない。
誰も傷つけずに、連行するようお願いしていた。
その意図を聞こうにも、殺意すらこもった怒りをぶつけられると、何も言えなかった。
殺意も敵意も向けられたことはあるが、思ってもいなかったところからぶつけられると、衝撃を受けてしまう。
「ま、何の因果か、この胡散臭いサラリーマンに助けてもらったってことだ」
「同胞ですからね。当然、お助けしますとも。こうしてリクルートも成功したわけですし、万々歳です」
「リクルート……?」
この世界ではほとんど聞かない言葉だ。
いかにもサラリーマンといった風貌から、彼も転移者であることは想定できるが……。
さらに尋ねようとするも、先に動いた者がいた。
私兵団のリーダーであるリーリスであった。
「そ、そんなことより、こ、これはどういうことだ!?」
「おや、どうされました? ひどく狼狽されていますが……。まるで、計画していた通りに事が進まずに慌てているようですねぇ」
「な、なにを!?」
顔を青ざめさせているリーリス。
確かに、この現場は凄惨なものである。
顔色が悪くなるのは当然と言えたが、それ以上の何かがあるようだった。
イリファスの支部討伐を決めた領主よりも先に得体のしれない連中が終わらせていたことに対する恐怖だろうか?
領主の人間性ができていなければ、恐れるのも当然かもしれない。
「さて、どういうことかと言われましても、見たとおりです。我々が、このイリファスの支部を壊滅させた。以上です」
「な、なぜそんなことを……」
リーリスは理由を聞きたがっているが、望月はたった二人で支部を壊滅させたことに驚いていた。
無論、戦えない連中ばかりではなく、それなりに強いものもいたはずだ。
それを、たったの二人で全滅させたということは、かなりの力を持っているということ。
単純に、数が多ければ戦いは有利になる。
数の利を簡単に覆すことができるほどの力。
三ケ田は一度戦闘をしているからその実力を知っているが、このいかにも戦闘に不向きそうな男も強いのだろうか。
「報復です。我々の同胞の中に、イリファスで地獄の苦しみを味わわされた者がいるのですよ。仲間の報復に手を貸すのは、当然のことでしょう?」
「それはどういう……」
「イリファスは転移者を捕らえ、奴隷として使役しているということです。同胞のために、この組織は速やかに潰さなければならない。違いますか? あなたも同胞のために活動しているらしいですから、ご理解いただけると思うのですが……」
望月は、それでも今回のことを見過ごすわけにはいかなかった。
「こ、こんなやり方は間違っている。全員死んでいるじゃないか!」
彼が望むのは、この世界の人々と転移者が仲良く暮らせる世界。
どちらかが一方的に殺されるようなことは、許容できないのである。
こんな殺戮を転移者がしていたとばれれば、また転移者の地位が低下する。
それは認められなかった。
だが、男はやれやれと首を横に振る。
「当然です。死んで当たり前のことをしたわけですから。そもそも、この世界の人間の命に価値なんてありませんよ?」
「何をふざけたことを……!」
人の命に価値も無価値もあるか!
そう声を張り上げようとすると、男は困ったように笑う。
「おやおや、同胞だからご理解いただけると思ったのですが……」
「だから言ったでしょ。こっちより、もう一人の方が話が通じるって」
「そうですねぇ。では、この方を勧誘するのは止めておきましょうか」
「おい、勝手に話を進めるな! お前らは何者だ!?」
男と三ケ田の会話に、リーリスが割り込む。
三ケ田は露骨に嫌そうに顔を歪めたが、男はにこやかな表情のまま、近づいてきて小さな紙きれをリーリスと望月に渡した。
リーリスはこれが何なのかいまいちわかっていないが、望月は元の世界でよく見ていた。
それは、名刺である。
「おお、これは失礼いたしました。私、こういう者です」
そこに書かれてあった名前よりも、組織名に望月は目を奪われた。
それは、今もなお世界に大きな影響を与えつつも、ほとんどその実態を明らかにしていない秘密組織だからである。
「【禍津會】所属の、若井田と申します」
「同じく、三ケ田」
「禍津、會……」
世界を破壊しようとする最悪のテロ組織にして、望月が追い求めていた巨悪が、目の前に立っていた。
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