第4話 強制指名依頼
光輝くような美しい金色の神をセミロングにした少女。
吊り上がった目はかなり気が強そうだが、端整に整った顔つきのおかげで、さらに威圧感を増していた。
スタイルもよく胸も大きいため、ギルドでは人気の高いアイリスだ。
まあ、俺は目の敵にされているわけだが。
「お、おお……」
おずおずと身体を退ければ、そのことにも心底軽蔑したように冷たい目を向けてくる。
俺がそういう趣味だったら大喜びしていたのだろうが、そうでないため、普通に傷つく。
アイリスはパッパッと手際よくボードに貼られた依頼を回収していくと、すれ違いざまに俺の耳元でささやいた。
「……転移者なのにどうしてそんな自堕落な生活を続けているのかしら? 少しでも他の転移者の地位向上のために頑張ろうとは思わないの? 同じ息を吸っているだけでも吐き気がしてくる。優斗とほんと同じ人間と思えないわね」
吐き捨てるように言うと、スタスタと綺麗な姿勢のまま歩いていってしまった。
彼女を待っていた美少年――――望月 優斗と、とても楽しそうに会話している姿は、先ほどまでの俺を見下していた同一人物とは思えない。
あんな美少女に楽しそうな笑顔を向けられている彼は、とても魅力があるのだろう。
いや、しかし、アイリスの言葉はとても心に痛い。
日銭を稼いで地味に生きている俺は、転移者の地位向上のために頑張っている優斗を知っている彼女からすれば、情けなく映っているのだろう。
「うっわー。マジで相変わらずひどい性格だな、アイリス。めちゃくちゃ美人でエロい身体してるけど、あれには声かけられねえわ」
ルーダは、おそらく前半部分は聞こえなかったようだ。
まあ、俺が転移者だということを知られたらまた面倒なことになりそうだし、それはよかった。
「お前が声をかけたら、文字通り瞬殺されるだろ。それに、あの勇者パーティーの一員なんだし、俺らみたいな場末の人間が話しかけていい奴じゃねえよ」
「違いねえ。それにしても、あれだけボロクソに言われていても、よく我慢できるな」
「あー……まあ、色々あるからな」
苦笑いする。
アイリスの言っていた転移者。
そもそも、転移者とは何なのか。
それは、この魔法や魔物といった不思議な力のある異世界に、別の世界からやってきた人間のことを言う。
世界を渡ってきた人間。
それが転移者なのだが、俺もその転移者ということになる。
で、だ。
この世界はクソだ。
マジで文明レベルが低い。
奴隷が当たり前のように存在しているし、人権が与えられていない人もいる。
そして、異世界からやってきた転移者も、もちろん【与えられていない】。
身よりもなく、戦う技術なんてほとんど持っていない日本人。
それが、人権も与えられずにこの世界に放り投げられたらどうなるか?
だいたい想像がつくだろう。
幸せな生活を送っているなんて者は、ほとんどいない。
アイリスのパーティーリーダーである優斗も転移者であり、彼は優れた能力を開花させた。
おそらくは、拾ってくれたこの世界の人間もよかったのだろう。
彼はまっすぐな性根のままであり、その力で少しでも転移者の地位向上をしようと奮戦しているのである。
自分だけのために行動している自分と違って。
だから、アイリスは俺を毛嫌いするのだ。
優斗がこんなにも頑張っているのに、同じ転移者のお前は何をやっているんだと。
まあ、アイリスもああやって異世界人らしい偽名を使っているけど、転移者だしな。
優斗と違って、相当に苦しい思いをしたみたいだし。
偽名まで使って転移者としてばれないようにしているのも、そういう理由だろう。
まあ、俺もリヒトっていうどっちとも取れる名前だから、転移者だとは思われていない。
いちいち言うつもりもないしな。
だから、俺は彼女に対して怒りや恨みというものを持っていなかった。
すると、奴隷ちゃんがコクコクと頷きながら、小さく呟いた。
「マスターのことを心配して外に出るなといったんですね。ツンデレさんです」
あれだけの罵詈雑言を聞いて、そう捉えられるのは羨ましい。
ポジティブにもほどがある。
「てか、やばい魔物の依頼、ほとんど持っていったじゃねえか。やっぱ、勇者パーティーさんは格が違うねぇ」
「そうだな」
すっかり綺麗になってしまったボードを見る。
本来だと、同時に受けるのは一つの依頼だけだが、勇者パーティーという実績のある彼らだから許されることだろう。
そもそも、依頼を複数同時に受ければ、すべて達成することは難しい。
それなのに、危険な討伐依頼ばかりを複数持って行ったアイリスたちには驚かされる。
さすが勇者パーティーだ。
「しかし、厄介な案件は全部持田たちが持って行ってくれたから、いい感じの奴が残っているな。よし、今日はこれを……」
パッと見て、そこそこ難しくて、そこそこ報酬金の高い仕事が残っていた。
やったぜ。
これをうまくこなせば、一週間くらいは持つだろう。
俺だけだったら間違いなく一か月は持つが、奴隷ちゃんが浪費しまくるので仕方ない。
俺はウキウキでそれを手に取ろうとすると、ギルド職員が待ったをかける。
「あ、リヒトさん。リヒトさんに、指名依頼が入っています」
俺は硬直した。
指名依頼。
それは、依頼者が特定の冒険者を指名して、その人に受けてもらいたいと明示されている依頼のことである。
本来だと、依頼は冒険者なら誰でも受けることができる。
もちろん、能力に差はあるから、ギルドの方で受けられるかどうかのチェックは入るのだが。
さて、この指名依頼、冒険者を指名するということから、通常よりも金額が跳ね上がる。
依頼者がギルドに払うお金も、報酬金も高くなる。
一方で、受ける側の冒険者は、通常よりも高い報酬金が手に入るのだが。
つまり、よっぽどのことを確実に達成してもらいたいときに、金持ちが利用できる制度となっている。
そして、指名される冒険者は、誰もが高名な冒険者だ。
しかし、俺はその高名さというのは微塵も持ち合わせていない。
アイリスから蔑まれるほど、活動的ではないからだ。
そんな俺に指名?
嫌な予感しかしない。
その内容もそうだが、たった一人だけ、俺に指名をするであろう人間がいるのである。
「…………誰から?」
「スタルト様からです」
「嫌です……」
恐る恐る尋ねれば、やはりあの女だった。
嫌だ、絶対に嫌だ……。
しかし、ギルド職員は満面の笑みで切り捨てる。
「断られたら、このギルドが潰れます。死んでも受けてください」
「…………はい」
こうして、選ぶ権利もなく、俺はスタルトによる強制指名依頼を受ける羽目になったのであった。