第33話 ……オメデトウ
「(さて、どういう風に終わらせようか)」
望月の頭の中にあるのは、どのように穏便に済ませるか。
それだけだった。
奴隷ちゃんの力の片りんは見た。
震脚だけで、多数の賊を一網打尽にするのは、とてつもない力だ。
なぜ奴隷をしているのかと聞きたくなるくらい。
「(だが、それでも僕には及ばない)」
あれだけの力があっても、なお自分の方が強いと分析していた。
今まで、彼は挫折というものを味わったことがない。
高い能力で、依頼を失敗したこともない。
それは、確実に望月の中で自信になっていたし、それは決して驕りでもなかった。
「(それに、今回の決闘で、奴隷ちゃんが本気で戦う理由もないしね)」
全力で戦えば、多少自分もてこずるかもしれないが、今回に限ってはそんなことはありえない。
なにせ、奴隷ちゃん自身を奴隷から解放するための戦いなのだから。
ちょっと攻撃を受けて、まいったと言うだけでいい。
それで、彼女は過酷な奴隷から解放されるのだ。
「(何も、攻撃を当てる必要はない。首という急所に寸止めするだけで、僕の勝ちだと表明することができるだろう)」
望月はそう考えた。
狙うのは、無防備な細い奴隷ちゃんの首である。
正直、聖剣を細い女の首に近づけるというのはかなり危険な行為だ。
望月も、元の世界にいた時なら絶対にしなかっただろう。
だが、この世界に来て、彼は隔絶した力を手に入れている。
薄皮一枚切ることすらないと、自信があった。
それゆえに、誰も傷つけずに綺麗に終わらせようと、聖剣を首元で寸止めしようとして……。
「――――――あ?」
ガァン! と音がした。
それと同時に、手がしびれるほどの衝撃も。
いつの間にか、望月の腕は上に跳ね上げられていた。
それは、奴隷ちゃんが聖剣を殴って上に跳ねのけたからである。
剣の刃を殴ったというのに、やはり傷一つついていない小さな拳。
聖剣の刃に触れても無傷という恐ろしい光景に、リヒトは顔を真っ青にしていた。
「くっ……!?」
ゴウッ! と迫る硬い拳を避けられたのは、さすが勇者とほめたたえられるだけのことはあった。
とっさに飛びずさって、その拳を避ける。
女の……しかも、奴隷のパンチなんて、今の望月には大してダメージを与えるはずがないのに、あれを喰らえば一撃で終わると直感した。
「むっ、避けられるとは……。それに、私のパンチを受けて壊れないとは、なかなか頑丈な武器のようです。まあ、百回も殴れば壊れるでしょうが」
シュッシュッとシャドーボクシングをする奴隷ちゃん。
聖剣が壊れるなんてことは想像もしていなかったが、先程の重すぎる攻撃を百回も受ければどうなるか……。
ありえないと言いたいが、ありえると思ってしまう望月だった。
というか、驚くほど好戦的な奴隷ちゃんに、慌てて止めに入る。
「い、いやいや! ちょっと待ってくれるかな!?」
「はい?」
「な、何でそんな本気で戦おうとしているの? 今回の決闘の趣旨、分かっているよね?」
まいった、というだけでいいのである。
それだけで、奴隷から解放される簡単な話だ。
望月の問いかけに、奴隷ちゃんもコクリと頷く。
「ええ、無論です。私をマスターから引き離そうとする不届き者め。二度とくだらない思想が出てこないように、頭を強く叩いて考えを改めさせます」
「えぇっ!?」
思っていたのと違う!?
別に感謝されたくてしているわけではないが、ありがとうという言葉くらいは貰えるとばかり思っていた。
なのに、まるで望月が余計なことをした邪魔者みたいになっていた。
いったいどういうことなのか……?
望月にはさっぱりわからなかった。
「どうして……君は奴隷なんだろ? 解放されて、普通の女の子としての人生を送りたいんじゃ……」
「そんなこと、一度もあなたに頼んでおりませんが。私にとっての幸せは、マスターに仕えることです。あの人が、私を救い出してくれたのですから……」
うっとりとする奴隷ちゃん。
アイリスがコソコソとリヒトに話しかける。
「救い出したの?」
「いや、めっちゃ押し売りされて……」
救い出したというか、救い出させられたというか……。
直接見なければ到底信じられないような出来事があったのだ。
リヒトは伝えたかったが、うまく伝える自信はなかった。
「そもそも、あなたは純粋に私を奴隷から解放したいと思っているのでしょうか?」
「も、もちろんだよ」
「その後に、何かご自身の目的があるのでは?」
「それは……」
奴隷ちゃんの強大な力を借りて、より転移者のための活動をしたい。
その思惑が、望月にはあった。
彼女が奴隷のままだと、毎回リヒトの許可を取る必要がある。
しかも、彼はあまり依頼を受けたりすることには消極的だ。
ならば、奴隷ちゃんが解放されれば、彼女に直接交渉することができる。
これだけ強ければ、依頼を受けることも消極的にはならないだろう。
そんな思惑があった。
奴隷ちゃんはそれを見透かし、ため息をつく。
「まあ、それは結構です。とりあえず、あなたをぶっころ……倒して、この決闘に勝たなければなりませんので。では」
「あ、ちょ、ちょっと待って……!」
恐ろしいほど不穏な言葉が、ほとんど全部言われていた。
慌てて止めようとするが、もう遅い。
奴隷ちゃんの姿が視界から掻き消える。
勇者である望月の動体視力を持ってしても追いつけない。
彼女の姿は、望月の懐に入り込んでいた。
うなりを上げて迫りくる拳に、何とか聖剣を合わせる。
しかし、圧倒的な力を受け止めることはできず……。
「ぐはぁっ!?」
望月の身体が吹き飛ばされる。
いくつもの木々をなぎ倒し、ようやく大きな幹にぶつかって止まった。
望月が起き上がることは、なかった。
それを見送った奴隷ちゃんは、ふーっと息を吐いて、白目をむいている理人にサムズアップだ。
「マスター、勝ちました」
「……オメデトウ」
理人の返事は片言だった。




