第3話 邪魔
「あの奴隷、めちゃくちゃ美人だな」
街を歩けば、多くの人が奴隷ちゃんを見てそう言う。
ああ、なるほど。確かに、彼女の見た目はとてもいい。
あまり多くない、珍しい灰色の髪。
二つのお団子にまとめている。
顔立ちはとても美しく整っており、芸術品のようだ。
奴隷ちゃんは好んでメイド服を着ている。
俺の趣味ではない。間違えないでいただきたい。
露出がほとんどないロングスカートのメイドドレスであるが、胸部は大きく前に突き出ている。
見えないからこそ扇情的に見える部分もある。
そんな美しい少女なものだから、彼女と外を歩けば、とても目立ってしまうのだ。
誰か声でもかけてきそうなものだが、それは一切ない。
メイド服を着ているということで、高貴な人間に仕える存在だと思われて敬遠されていることもあるかもしれないが、おそらく一番大きな理由は、彼女の白くて細い首に着けられた、重厚な首輪のせいだろう。
奴隷の首輪。
奴隷であることを示す、明確で非常に分かりやすい呪われた道具である。
「奴隷なのにあの服装って、どういうことだろうな?」
「そういう使い道だろうなあ」
「だとしたら、何で連れ歩いているんだ?」
「さあな。俺に聞くなよ」
……針の筵じゃないか。
俺、絶対『性的な奴隷を連れ歩くやばい冒険者』に思われているじゃん。
違う……違うんだ……。
俺、本当に一度も奴隷ちゃんに手を出したことはないんだ……。
「……なあ。服装と変えてみる気はないか? ほら、色々な服を着た方が楽しいだろ? 金なら出すぞ?」
名前呼びは諦めても、その服装だけなら何とかできないだろうか。
そんな希望を持って問いかける。
メイド服は目立つ。
しかし、無情にも奴隷ちゃんは首を横に振った。
「いえ、結構です。マスターからもらったこの服さえあれば、私には十分です。マスターからの贈り物、大切にさせていただきます」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、俺がプレゼントしたんじゃないよな。お前が思いきりこれを押し付けてきたんだよな」
なんか感動的な感じにまとめようとしているが、俺はもっと普通のまともな服をプレゼントしようとしたぞ。
なのに、店に入ったら真っ先にメイド服を手に取ってねだってきたのだ。
……あの時、『何かあこがれでもあったのかな?』なんてのんきなことを考えて、気楽にメイド服を買った俺を殺してやりたい。
もっとちゃんと考えて行動しろよ、ボケ。
そんなことを考えながら、俺たちが向かったのはギルドである。
ギルド。
それは、冒険者と依頼者を結びつける仲介場所だ。
魔物の討伐や旅路の護衛など、冒険者に依頼したいことがある者がギルドに持って来て、そこに登録している冒険者たちが受注していく。
もちろん、ギルドを介さずして依頼を受けることもできるのだが、その場合は依頼者の信用調査などが一切されていないため、リスクも高い。
何かが起きればギルドが後ろ盾として守ってくれるが、仲介しないで受注すると、すべて自分で何とかしなければならない。
ということもあって、多くはギルドを介して依頼を受けている。
もちろん、報酬の一部や依頼料の一部がギルドに吸い取られるが、それも許容している。
俺もここに登録しており、もっぱらここで依頼を受けている。
ギルドの中に入ると……。
「ようこそ、いらっしゃいませ!」
にこやかな笑みで迎え入れてくれるウェイトレス。
ギルドは飲食をする場所でもあるためだ。
まあ、ほとんど俺はここで食事をとったことはないが。
もともと食欲がほとんどないので、あまり必要性を感じないのだ。
客層もあれだし……。
「……ああ、元気だな。うらやましい」
「いつも来るときげっそりしているのはなんでですかね? もともと細いのに、死にかけの骸骨みたいですよ」
「もう死んでるじゃん」
ギルドに通ってそれなりに長いためか、ウェイトレスにも馴染みというか、顔見知りがいる。
めちゃくちゃ毒を吐いてくるのはなんでだろう……。
酷く疑問に思っていると、急にガッと肩を組まれる。
お、折れる……。
「よお、リヒトぉ! 相変わらず奴隷を連れ歩いているのかよ。仕事先でもハッスルかぁ? いいねぇ!」
「うるせえ」
ニヤニヤとしながら話しかけてきたのは、ルーダ。
このギルドを拠点にして活動している冒険者で、何かと話かけてくる男。
俺と違ってゴリゴリの近接戦闘タイプで、身体も大きければ防具もごつい。
だから、そんな彼に肩を組まれると痛くて仕方ない。
ぐいぐいと嫌がるように身体を押していれば、あっちが気を使って離れてくれる。
俺の力じゃあ、こいつをどかすことなんてできないしな。
「…………」
奴隷ちゃんは、先ほどまでの俺への対応が嘘のように、スンと静かにしていた。
それは、ルーダが話しかけてくる直前よりも前、ギルドに入ってからこういう態度だった。
別に彼女が人見知りとかではない。
初対面の俺に引くほどの営業トークをしてきたことからも、それは分かる。
奴隷ちゃんがこうして静かにしているのは、この世界では、奴隷はそうしなければならないからだ。
奴隷が、そうでない者の会話に割り込んだり、邪魔をしたりするようなことはあってはならない。
人権というものが認められていないのだ。
それが常識のこの世界では、好き勝手に発言して動くことは認められていない。
俺が所有者であることは明白であるから、不興を買ったところでいきなり切り捨てられることはないだろうが、俺の立場が悪くなることはあるだろう。
正直、そんな立場なんてクソ喰らえだ。
そもそも、大した立場でもないし。
だから、奴隷ちゃんにも気にする必要はないと言っているのだが、俺のことを考えてくれているのだろう。
……だったら、どうして朝ごはんのようなもっと簡単な方で気を使ってくれないのか。
「さて、今日はどれを受けようかな……」
「今残っているのは、人気のない奴だけだぞぉ」
依頼が貼り付けられているボードを見る。
ルーダの言う通り、もうめぼしい依頼は受注されているだろう。
雑用と言ってしまえるような、報酬金の安い簡単な依頼。
それと、報酬金は高くても非常に危険度の高い依頼が残っていた。
「うーむ、どれにしようか……」
そんなに何度も依頼を受けたくないので、雑用のような簡単な依頼はパス。
しかし、報酬金が高い依頼はどれも危険極まりないもので、選ぶものを間違えれば一巻の終わりだ。
さてはて、どれを選ぼうかとボードの前で悩んでいると……。
「ちょっと」
「んあ?」
冷たい声がかけられる。
冷水をぶっかけられたような、極寒の声だ。
声だけでこんなにビビることがあるのかと思って振り返れば、声と同じく絶対零度の表情を浮かべて少女がいた。
「邪魔。どいて」