第20話 強い情念
奴隷という立場は非常に劣悪だ。
今まで生きてきた世界が、どれほど恵まれてきたのかを、舞子は改めて思い知らされた。
当時日本で生きていた時は、あれやこれやと不平不満がたまっていたのに、そんなものはお門違いだと強く思わされるほど、この世界は過酷で劣悪だった。
それでも、舞子はまだ恵まれた対応をしてもらっていた。
それは、彼女の見た目が非常に整っているということである。
日の下で農作業をしたことがないような真っ白な肌。
栄養の行き届いた肉付きのいい肢体。
艶やかな雰囲気。
それらの見た目をできる限り損なわせないようにすれば、高く売れる。
奴隷を扱う商人からそう認識されていた舞子は、まだ他の奴隷たちの対応と比べればマシだった。
一日に一度は家畜のえさのような食事を貰えたし、一週間に一度は身体を冷たい水で濡らしたタオルで拭うことも許された。
それは、他の奴隷たちから見れば、とんでもないビップ対応だったに違いない。
だが、舞子は耐えられなかった。
当たり前だ。
毎日食べようと思えば三食以上食べることができ、毎日多量のお湯を使って身体を清めていたのだ。
自分のプライベート空間も確立しており、温かい部屋で誰にさえぎられることなくたっぷり睡眠をとることもできた。
それらが全部許されないのである。
舞子は、みるみるうちにやつれていった。
そうすると、彼女の奴隷としての商品価値も下がっていき、商人による扱いもどんどんと悪くなっていく。
高値で売れない商品を、手厚く看護するなんてありえないのだ。
「ふむ、この女がいいな。こいつは稼げそうだ」
奴隷商からも見放され、ほとんど他の奴隷たちと同じ対応になっていた舞子。
どんどんと衰弱していっているときに、彼女にそんな言葉を投げかけたのが、前スタルト家当主の男だった。
奴隷を買う理由は人それぞれ多種多様であるが、男の目的は、舞子を使って金稼ぎができると判断したからだ。
商品として舞子を見たのだ。
スタルト家の当主らしく、金を稼ぐ能力に関しては高かった。
戦う能力がなく、手に職もない舞子であるが、その美貌があった。
それを利用すれば、様々な金稼ぎができる。
たとえば、性を商売にする。
どこの世界、どの時代においても、三大欲求に数えられる性というのは、大金を産みだすことができる。
舞子をその道具にしようというのだ。
もちろん、それだけではない。
たとえば、ハニートラップ。
権力者に近づかせて、その美貌で弱みを握らせる。
それをスタルト家に流させ、様々なゆすりを仕掛け、金を産みだす。
舞子の美貌と女を使えば、それだけの金を産みだすことができた。
もちろん、そこに舞子の気持ちや意見が通ることはない。
なにせ、奴隷なのだ。
人間ではない。
意見を言うことは許されない。
彼女の身も心もボロボロになっていく。
「あ……」
そんな時、彼女に手を差し伸べたのが、とある男である。
彼は優しく手を差し伸べ、彼女を引き上げた。
スレ切っていた彼女の身体や心を、癒していった。
決してばれてはいけない逢瀬だ。
まあ、スタルト家の隔離された部屋で閉じ込められていた彼女の元に、決して誰にもばれることなく会いに来る彼は、相当な力を持っているのだろうと舞子は思っていた。
結局、最後の最後まで彼がばれることはなく、逢瀬も秘密のままだった。
何度もそう言う機会を重ねていった結果、もはや舞子は依存しているというレベルにまで落ちていた。
そこで、男は提案をする。
「今救われてすべてを忘れるか、のし上がって復讐するか……?」
二択だった。
今、助けを求めれば、男は舞子を助けると言う。
どういう手段を使うかは知らないが、名家スタルト家から奴隷を盗み、自由な生活を与えようと言う。
しかし、自分との交流は決して他言してはいけないし、もう二度と会うことはないだろう。
もう一択は、今男に救いを求めることはせず、このスタルト家を内側から支配すること。
そして、おのれの手で、自分を駒のように扱う当主に報復すること。
そうすれば、男のことを他言しない代わりに、これからも何度も会うことができる。
なにせ、スタルト家の当主となるのだから、誰にも文句を言われる筋合いはない。
こちらの選択を取るのは難しいだろう。
なにせ、今すぐ苦しみから解放されることはない。
しかも、名家スタルト家を内側から支配することなんて、非常に難しい。
自分は奴隷の立場で、それは誰もが知るところである。
そんないばらの道、舞子は今までなら決して歩くことはなかっただろう。
今すぐ助け出されて、のんびり自由を謳歌しながら暮らす。
何も悪いことではないし、むしろいいことだ。
その甘い誘惑を放つ光に、舞子は手を……伸ばそうともしなかった。
「私はスタルト家を支配する。必ず、私を弄んだ連中に、死よりもつらい報復をしてやる」
舞子はその道を選んだ。
それは、スタルト家当主への強烈な憎悪。
自分を弄んだ連中への憤怒。
それらの感情が原因……というのももちろんあったが……。
「だから、これからも私と会いなさい」
その男に、強烈にのめり込んでいたというのもあるかもしれない。
そこから、舞子は駒としてこき使われる傍ら、男の手助けを得て猛勉強し、お金の動かし方や使い方を学んだ。
加えて、当主への接近も始めた。
金を産みだすための道具でしかなかった舞子が、当主にとってすべてをささげるほどの愛を向ける対象となるまでには、それほど時間はかからなかった。
彼女の美しさと立ち居振る舞いによれば、そんなことは容易かった。
当主の中で、舞子の扱いはどんどんと上がっていった。
ハニートラップや他の売り方などは一切されなくなった。
強烈な独占欲によるものだ。
本妻や重鎮への対応は悪くなり、舞子を優遇するようになっていった。
もちろん、反発は強かった。
とくに、本妻などは舞子へ強く当たるようになった。
まあ、それはある日不慮の事故によって本妻が亡くなったことにより、すぐになりを潜めるのだが。
そして、重鎮たちをも上回るほどの金の使い方で、舞子はどんどんとスタルト家の内部での立場を強めていく。
ただの当主の愛人、そして次期妻としてだけではなく、金を産みだす最高の頭脳として。
そうして、立場が確固としたものになった後、当主が病で亡くなってしまった。
とても残念だ。
自分が毎晩食事を作り、楽しい日々を過ごしていたというのに。
金のある名家だと、こういったときは後継ぎ問題が起きることがある。
だが、幸いにしてスタルト家にそんなことはなかった。
「次期当主は、マイコ、だと……?」
イビルの愕然とした声を、舞子はいまだに覚えている。
そして、すべてが成就したと確信し、暗い笑みを浮かべていた自分のことも。
前当主は死の間際、スタルト家の当主に舞子を指名し、すべてを託すと公文書で遺言を残していた。
そして、舞子と正式に結婚するということも。
よって、彼女は前当主の妻であり、夫が亡くなってその財産を受け継ぐことに、何も不思議なことはない状態になっていた。
時期があまりにも分かりやすいが、結局それをとがめる方法がない。
証拠ないし、何より舞子の能力の高さが問題だ。
彼女が無能であれば、何とか戦うこともできたかもしれないが、前当主の時代よりもスタルト家の財産は何倍にも膨れ上がっている。
こうして、舞子は、マイコ・スタルトとして生まれ変わったのであった。
それでも、彼女の世界に対する憎しみは微塵も収まっていない。
その炎は、いまだに強く燃え盛っている。
だから、世界の破壊を標榜する禍津會に多額の資金を流し、復讐をしているのだ。
「だから、絶対に私を捨てないでよ」
そこには、自分を救い出した男に対する、強い情念があったのも嘘ではない。
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