第19話 そんな目で睨むな
報酬を受け取りに来た日。
正直、俺としてはさっさと帰りたかったのだが、舞子さんの強い勧めを受けて、一日泊まることになった。
ちょっと気まずいのが問題だ。
もう舞子さんを敵視している勢力はいないとはいえ、俺はこの家で大暴れした人間である。
あまりいい感情は向けられていないのだ。
とはいえ、こんな豪邸で寝泊まりできるのは、小市民の俺からすると、ちょっと楽しい。
ということで、お言葉に甘えて一日お邪魔させていただくことにしたのだが……。
「来ちゃった♡」
「なにしてんねん」
夜、ベッドで寝ていると、違和感を覚える。
もともと、ほとんど眠りに入っていなかったから、一瞬で目が覚める。
目を開けば、全裸で俺にまたがる舞子さんがいた。
お、重たい……。
照明をつけていないのでわかりづらいが、月明かりに照らされて、舞子さんの肢体が怪しく光っている。
やはり、こうして改めて見ると、とても美人だ。
ふわりと広がっているウェーブがかった髪は綺麗だ。
白い肌は月光を反射している。
傷跡などが残っていなくてよかった。
大きく前に突き出た乳房は、十分な大きさの奴隷ちゃんも歯ぎしりするレベル。
そして、お腹周りからお尻へと……。
お尻の柔らかく張りのある感触が割と伝わってくるのでつらい。
「私の家だから、私がどこに行こうが自由でしょ?」
「客室に客を泊めておいて当たり前のように侵入してくる自由なんて存在しない」
「いいじゃない。こうして肌を重ねるのだって久しぶりなんだし。……あの奴隷を飼ってから、付き合いが悪くなったわよね」
……珍しく舞子さんがすねていた。
頬を小さく膨らませている。
何だこの人、かわいい。
「だって、付き合おうとしたらあいつの目が怖いんだもん。ほら、今も暗闇でランランと光っているし……」
俺が舞子さんのことを嫌いになったというわけではない。
単純に奴隷ちゃんが怖いのである。
あいつが把握している範囲で女に手を出したら、間違いなく食われる。
で、奴隷ちゃんに食われたら、たぶんめちゃくちゃ絞り出されて残りかすみたいになりそうな気がする。
まだ干からびて死ぬわけにはいかない……!
部屋の隅っこでギラギラした目で凝視してくる奴隷ちゃんに恐怖を覚えながら、舞子さんに言う。
「それでも、邪魔してこないのは奴隷として教育されているわね」
「……いや、俺何もしていないんだけど」
奴隷としての教育なんてしたことないんだけど。
何ならまだ買っていない時から色々ぶっ飛んでいたんだけど。
しかし、今まで話をしていてなんだが、結局舞子さんはここに何をしにきたのだろうか。
彼女はまだ何も言っていない。
肌を重ね合わせたい?
舞子さんの言っていることをそのままうのみにするのはバカだ。
彼女がこうしてやってきた理由を、俺はとっくに分かっていた。
少しベッドにスペースを開ける。
「いいよ、このまま寝たら」
「あら、遂に受け入れてくれる気になったのね? もう捨てられたかと思ったわ」
わざとらしく唇を舐めて、色気を醸し出す舞子さん。
取って付けたようなそれは、たとえ彼女が全裸でも俺には通用しない。
素直に助けてほしいと言えない、可愛らしいプライドと意地である。
護衛の時はあっさりとお願いしてくるくせに、こういう内面的な部分で助けを求めるのは苦手なようだ。
「思い出したんだろ? いいよ。俺が傍にいるだけで楽になるんだったら、いつでも頼ってくれ」
思い出したというのは、舞子さんの奴隷時代のことだ。
今では、こうしてスタルト家の当主として君臨している彼女。
敵対勢力を根絶やしにするなど、強気で気丈な女として知られている。
しかし、彼女も弱い一面を持っていた。
同胞というわけではなく、単純に舞子さんという人間が好きだから、頼ってくれるのはまったく問題なかった。
まあ、頼られすぎたらすぐに倒れる弱い柱だけどな。
「……あっちの世界でホストかヒモやってた?」
「俺の顔でいけると思う?」
喧嘩売っているのかな?
「別にブサイクじゃないわよ。……でも、あっちの世界にいたら、私はあなたと関わることはなかったかもしれないわね」
舞子さんが元の世界でどういう生活を送っていたかは聞いていないし、俺も話していない。
なんとなくタブーというか、聞かないという暗黙の了解があった。
元の世界のことを話していると、郷愁の気持ちに駆られてしまうからである。
舞子さんは、スッと身体を倒して密着してきた。
柔らかい感触と、甘い匂い。
だが、俺は興奮せず、ただ彼女を受け入れた。
「……ちょっとだけ強く、抱きしめて寝て」
「はいよ」
舞子さんに言われるがまま、俺は対応するのであった。
……ど、奴隷ちゃん。厭らしい気持ちは微塵もないから、そんな目で睨むな。
◆
舞子は突然この世界に転移してきた。
何かの予兆があったわけではない。
ただ、いつも通り出勤しようとマンションの部屋を出たら、そこは異世界になっていたというものだった。
まず、転移者というのは、この世界に生活基盤を持たない。
頼れる人もいないので、完全に孤独な一人ということになる。
加えて、手に職がないと言うことが多い。
この世界では、生まれた家というものがとても重要だ。
貴族が親なら貴族になり、騎士が親なら騎士になる。
そして、外部からそれになろうとするのは、よっぽどの功績がない限り不可能であり、確定的なゆるぎない階級制となっている。
では、そういった立場になれない人間がある程度の安全と生活を手に入れるのであれば、強さが必要となる。
冒険者という職業は、まさにそれだ。
犯罪者でない限り、身分なんて関係ない。
おのれの力で、どこまでも上り詰めることができる。
そして、この世界では元の世界の日本のように警察組織が確立しているわけでもないため、自分の身は自分で守らなければならない。
平和な日本で、それができる者がどれほどいるだろうか?
少なくとも、荒事なんてまったくの無縁であった舞子に、そんな力はまったくなかった。
だから、彼女は至極あっさりと、当たり前のように、奴隷という立場に落ちていった。
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