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第18話 貴人

 










 綺麗に掃除されゴミ一つ落ちていない廊下を歩く。

 立派な造りのそれは、名家であるスタルト家よりもさらにグレードの高いものだった。


 ふかふかの絨毯が敷かれてあるため、足音も出ない。

 まあ、彼女がその気になれば、簡単に足音くらい消せるのだが。


 青い髪のポニーテールを揺らしながら綺麗な姿勢で歩いていると、使用人たちとすれ違う。

 彼らは彼女を見ると、うやうやしく頭を下げる。


 そんな彼らに掌をひらひらと振って、彼女は歩き続ける。

 今の対応から、彼女がこの場所でそれなりに高い地位にいることが分かる。


 そして、彼女が向かう先からも、それが分かった。

 そこは、たとえ使用人でも簡単に近づくことは許されない場所。


 使用人の中でもランクの高い者たちのみが世話することができる、貴人の住む場所だった。

 そこをスタスタと歩き、彼女は何の気負いもなしに扉を開けた。


 そこには、美しい女が、開かれた窓から風を浴びて目を閉じていた。

 ゆっくりと開かれ、きれいな瞳が彼女を捉える。


 すべてを見透かされそうな、恐怖すらも感じる目。

 それを直視して、彼女は……。


「ごめんね、失敗しちゃったよ」


 たははっ、と可愛らしく笑いながら言った。

 大して悪いと思っていないことが伝わってくる。


 貴人に失敗を報告すれば、どのような処分を受けるのかと恐怖するのが普通である。

 しかし、自分は処罰を受けないと確信しているのか、とても自然体だった。


 もしかすると、たとえ処罰を受けたとしても、平気であるという自身の力への自信があるかもしれないが。

 じっと彼女を見ていた貴人は、ふーっとため息をついた。


「……まさか、あなたが失敗するとは思ってもいませんでした」

「そんな怒らないでよー」

「いえ、別に怒っていませんよ。あなたで失敗するのであれば、誰を出しても失敗したでしょうし。ただ、確実に成功すると勝手に決めつけていたものですから、そのショックが少々あります」


 貴人は彼女の能力の高さを信頼している。

 実際、今まで任せた仕事は完璧にこなしてきたのだから。


 そんな能力の高い彼女を、この一度の失敗で切るはずもなかった。

 そんなに手駒は多くないのである。


「しかし、何があったのですか? あなたが失敗するなんてこと、よほどのことがあったのだろうとは思いますが」


 彼女に任せていた任務は二つ。

 その内の一つが、マイコ・スタルトの暗殺だった。


 大して戦う力を持たないという事前調査だった。

 それなのに、卓越した力を持つ彼女が失敗した理由は何なのか?


 彼女はばつが悪そうに頭をかいた。


「いやぁ、それが一人の奴隷に邪魔されちゃってさあ」

「……奴隷に? たかが奴隷にあなたが後れを取ったのですか?」


 目をパチクリと丸くする貴人。

 奴隷は、この世界では敗北者だ。


 能力が低く、そして運も悪い。

 ただ消費されていくだけの弱者に、彼女が敗北した?


「うん。てか、あんな化物ともう二度と眼前で会いたくないね。人間を文字通りちぎっては投げをしていたんだよ? 素手で」

「素手で人間をちぎっては投げるってどういうことですか?」

「僕が聞きたいよ」


 白目を向けてくる彼女。

 ありえないと言いたいところだが、彼女が嘘をつくことはないだろう。


 理由としては、失敗した理由を誇張したいというものが思いつくが……まあ、彼女に関してはないだろう。

 ということは、本当に魔法も使わず人間をぶっ飛ばしまくる奴隷がいるということだ。


「少なくとも、あれは無理だなぁ。僕でも殺されそう。だって、場数を踏んだ傭兵、しかも元国軍の兵士が振るった剣が、まったく通らなかったんだから。肌に薄い傷すらついていなかったよ。魔法を使った痕跡もなかったし、単純な防御力だろうね」

「刃物が通らない身体って、人間でありえますか?」

「知らないよ。でも、実際にそうだったし」


 聞けば聞くほど頭が混乱してくる。

 そんなむちゃくちゃな人間がいるだろうか? いや、いない。


 というか、いたらダメだろう。

 本当に人間なのかも疑わしい。


「……世の中、とんでもない奴隷もいるんですね。なんで奴隷をしているんでしょうか? その気になれば簡単に逃げ出せそうですが」


 それだけ強ければ、自力で支配者を殺害し、逃げ出せそうなものだが……。


「望んでいないのかもしれないね。ずいぶん手厚く世話をされているみたいだったし」

「ああ。そういう珍しい雇用主もいるらしいですね。しかし、マイコ・スタルトがそんな奴隷を飼っていたなんて知りませんでした」


 マイコ・スタルトは一定以上の富裕層にとっては当たり前の奴隷を飼わない女だった。

 おそらく、過去の自分と結び付けてしまうからだろう。


 しかし、その認識を改める必要がありそうだ。

 だが、彼女が首を横に振る。


「ああ、マイコの飼っている奴隷じゃないみたいだよ。マイコが雇った冒険者の奴隷みたいだ」

「……その冒険者の名前は?」

「リヒトっていうみたい。たまーにしか活動していないけど、依頼達成率はめちゃくちゃ高いよ」

「なるほど、実力のある冒険者を飼ったんですね」


 貴人はその固有名詞を認識しているわけではないが、優秀な冒険者ということは伝わってきた。

 マイコはそれを子飼いにしているのだろう。


 自分の身を守るには、いい判断だ。


「しかし、残念です。スタルト家の財力をそのままかすめ取ることができれば、かなりいいことだったのですが」

「そんなにうまくはいかないってことだね」


 マイコ・スタルトの暗殺を狙ったのは、彼女が蓄積したスタルト家の財産を接収することにある。

 やはり、金はとても大事だ。


 その金を、あまりよからぬことに使っているということは、イビルを通して伝わってきていた。

 ならば、自分が有効活用してやろうとイビルに助力をしたのだが……失敗だった。


 だが、成功したこともある。


「まあ、あの傭兵団を潰せたので及第点としましょう。あれらは元国軍ということで、国家の品位を下げることになる。加えて、こちらの機密情報を持たれているかもしれないと、不安で眠れませんから」

「よく言うよ」


 彼女に任せていた任務の二つ目が、元国軍兵士の傭兵たちの殺害である。

 こちらの機密情報を他国に持ち込まれたりしたら、堪ったものではない。


 しかも、元兵士が傭兵として活動して悪い評判が広まれば、もともと所属していたこちらにも被害があるかもしれない。

 それは認められない。


 だから、全員殺すことにした。

 まあ、結局処理したのは奴隷ちゃんなのだが。


 彼女は伸びをしながら、不満そうに顔をゆがめた。


「あーあ。むかつく下等種族である転移者を殺せなかったのは残念だなぁ」

「そんな残念に思う必要はありません。これから、いくらでも転移者を殺すことはあるでしょうから」


 貴人は薄く笑いながら、小さく呟いた。


「禍津會。勝手なことをされたら、困るんですよねぇ」




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