第17話 お、俺には奴隷ちゃんがいるんだぞ
舞子さんを追い落とそうとしていたスタルト家内の勢力は、一掃された。
権力者の暗殺などは、確実に仕留めなければならない。
でなければ、逆に勢力を潰されることになる。
それを、身を持って教えてくれた。
スタルト家の重鎮……昔から家に仕える誇りや名誉を重視する者たちから、舞子さんは嫌われていた。
一方で、その卓越した高い能力を信頼し、慕う勢力も少なからず存在したのである。
実際、彼女が当主となってから、スタルト家の力は何倍にも膨れ上がっている。
それだけの金を産みだしている。
だから、舞子さんの暗殺に失敗した時点で、反舞子さん勢力は終わりしか待っていなかった。
首謀者であるイビルの居室が調べられ、つながりのあった人間たちも次々に見つかり、処分されていった。
……迂闊過ぎない?
「判断を間違ったのよ。絶対に私を殺せると思ったんでしょうね。まあ、実際私の力じゃあ、元国軍の兵士があれだけの数いたら、何もできずに殺されていたでしょうし。外部への警戒はしていても内部への警戒はできていなかったら、勝ちを確信するのも不思議じゃないわ」
ひと段落してから、俺と奴隷ちゃんは舞子さんに呼び出されていた。
報酬金の受け取りについてだが、ちょっとした話になっていた。
いくら俺でも、さっさと金渡せとは言えない。
「でも、舞子さんならしなかっただろう?」
「私なら……そうねぇ。少なくとも、絶対に私が直接イビルと相対することはなかったでしょうね。その場にさえいなければ、暗殺が失敗したとしても、無関係を押し通すことはできるでしょうから」
もし、あの場にイビルが来ていなければ。
彼まで累を及ぼすことはできなかったかもしれない。
仮に傭兵たちがイビルとの関係を認めたとしても、イビルが認めなければ、押し切ることは難しかっただろう。
ただの傭兵と、スタルト家の重鎮。
そりゃ、後者の言っていることを信じるだろう。
他の重鎮たちも味方するだろうから、結局今回のように現行犯でなければ、どうすることもできなかったはずだ。
「イビルはどうしても最後に自分で私を踏みつぶしたかったのでしょうね。まあ、気持ちは分からないでもないわ。人間、誰しもそういう汚い部分は持っているものよ」
直接自分で手を下すまではいかないものの、みじめな最期は見たかったのだろう。
だから、結局殺されることになってしまった。
……そう言えば、あのフードはなんでイビルを殺したのだろうか。
これが分からない。
「ともかく、スタルト家はもう完全に舞子さんのものになったわけだ。おめでとう」
「どうも」
まあ、スタルト家の内情なんてどうでもいい。
同胞である舞子さんが勝ったというだけで充分である。
そんな中で、俺はふと気になっていたことを聞いてみた。
「……で、テロ組織に資金を流すことは止めないんだな?」
「止めないわ」
即答であった。
笑顔こそ浮かべているが、それは普通の意味のものでないことは明らかだった。
「邪魔する、なんてことはないわよね。あなたはそういう感じじゃないもの」
「まあ、俺に実害が出ない限りは別に敵対はしないと思う。……というか、ヤベエ連中と正面から敵対する勇気はない」
とにかく世界をぶっ壊すと言っている集団である。
超過激派テロリストだ。
俺は絶対に敵対したくない。
まあ、自分の生活が脅かされるのであれば嫌々敵対せざるを得ないだろうが……。
「私はね、この世界が許せないのよ」
舞子さんは、ポツリと呟いた。
そして、それは俺の心にも十分に響く。
「今回の騒動も、結局は私が元奴隷だから気に食わないという感情的なものが一番大きいわ。でもね、私だって奴隷なんかになりたかったわけじゃないし、そもそもこんなクソみたいな世界に来たいなんて思ったことは一度もないのよ」
「そりゃそうだ」
俺はすぐに同調した。
俺だって、この世界に来たいなんて思ったことは一度もないし、今でもそうだ。
舞子さんもそうだが、俺にとってこの世界は本当につらくて醜くて憎くて仕方ない。
「訳が分からないうちにこの世界に連れてこられて、いきなり奴隷よ? そして、【この世界の人間は】誰も助けてくれなかった。奴隷は人間じゃない。何をしてもいい。……私なんて、まだマシな方よね」
俺も舞子さんのすべてを知っているわけではない。
だが、どういう生活を送ってきたかは、想像することはできた。
なにせ、俺も似たようなことを経験しているからだ。
「いや、舞子さんも十分つらい目にあっただろ。ただ、生き残っているということは、最悪ではなかった。そういうことだよ」
「……そうよね。別に、あっちの世界にいた時、私は日本人だけど同族意識なんてまるでなかったわ。あっちの世界でも、毎日誰かが死んで、殺されて、ひどい目に合っていたというのに、何も思わなかった」
交通事故に事件。
確かに毎日ニュースとして流れていた。
「でも、いざ自分がそういう立場に立たされたら、全然違ってしまうのね」
「そんなもんだろ、人間なんて。俺もそうだしな」
苦笑する舞子さんに、俺はそんな言葉を投げかける。
彼女はその後、強い決意を込めた表情を浮かべていた。
「……だから、禍津會に資金を提供することは止めないわ。むしろ、そのことを知る人間が全員消えたから、もっと増やしてやろうかしら」
俺はそれに何かを言うことはない。
それは、はっきり言って自分があまり関係ないから。
だが、ひとたび自分が巻き込まれそうなら話は別だ。
「俺、知っちゃっているんだけど」
「…………」
そう、俺は舞子さんがテロ組織とつながっていることを知ってしまっているのである。
ニッコリと笑いかけてくる舞子さん。
く、口封じする気ですの!?
「お、俺には奴隷ちゃんがいるんだぞ。負けないんだぞ」
「ビビるマスター、かわいいです」
そうだ。
奴隷ちゃんというすさまじく優秀なボディーガードがいる限り、俺に危険はない。
奴隷ちゃんに性的に襲われそうになるという恐怖感は残るが。
……やっぱりおかしい。
しかし、舞子さんはどう落としどころを見つけるのだろうか?
俺が戦々恐々として待っていると、彼女はニッコリと笑った。
「指名依頼料に、色を付けておくわ」
「今後ともごひいきに、麗しきスタルト家御当主様」
俺は、深々と……これ以上ないくらい深々とお辞儀をしていた。