第15話 安心してください、峰打ちです
「あのねぇ……」
舞子さんは、心底呆れたとばかりにため息をついた。
頭が痛そうに抱えている。
「傭兵とか裏社会の人間とか、そういうところと関係を持つっていうことが、いったいどれほどのデメリットを齎すか、ちゃんと考えたことがあるのかしら? もしかして、暗殺をしてもらってお金を払ってはいおしまい、何て風に終わるだなんて思っていないでしょうね?」
傭兵とかはいまいちよくわからないが、反社会的勢力とのつながりがいい方向に転ばないということは、元の世界にいた俺だからこそよくわかる。
契約とか、そういうのが通用する相手とは思えないし。
きっと、自分たちを使ったという弱みに付け込んで、骨までしゃぶりつくすんだろうな。
ふふっ、怖い。
「いやいや、姉ちゃん。俺たちをそこらのカスどもと一緒にしないでくれよ。イビルの旦那が言っていただろ? 俺たちは、元国軍なんだって。信用と実績があるんだぜ」
「でも、今は傭兵なんでしょう? だとしたら、何かしら理由があって国軍を辞めたということになるんだけど、それは話せるのかしら?」
「…………」
舞子さんの言葉に、傭兵は黙して語らない。
沈黙は金というが、少なくともこの場ではそうはならないようだ。
「自分たちの意志でただ辞めたというだけならいいけれど。脱走兵や強制的に除隊させられた兵士が集まった、なんてことだと、普通のカスどもよりも質が悪いと思わない?」
「……くくっ、随分と賢しいな。さすがは名家の当主様だ」
否定しないということは、そういうことなのだろう。
戦争犯罪でも犯したのかもしれないな。
……この世界にそんな倫理観があるとは思えないが。
「おい、イビルの旦那。女どもは貰ってもいいんだったよな?」
「ああ。最終的に確実に殺し、表に出てこれないようにするのであれば、好きにしろ」
「へへっ、了解」
傭兵たちは武器を取り出し、色欲にまみれた目を舞子さん、そして奴隷ちゃんに向けていた。
室内で剣を振り回すのは自殺行為だと思うが、スタルト家の邸宅ということもあって、とても広い。
充分に暴れることができる。
そして、衣装が薄く身体の凹凸がはっきりとした舞子さんにそう言う目を向けるのは、このクソみたいな世界の住人にはありがちなことだ。
しかし、奴隷ちゃんにも向けるとは……。
こいつら、死にたいのか?
ドラゴンよりも強い女だぞ?
俺、絶対無理だわ。
ところで……。
「なあ、奴隷ちゃん。これ、完全に俺って視界に入っていないよな」
「間違いなくぶっ殺されますね、マスター」
ですよね。
問答無用で殺されますよね、俺。
「じゃあ、とりあえず一番いらねえ男から……死ねや!」
「しかも真っ先に狙われるし!」
嬉々として襲い掛かってくる傭兵たち。
なんで俺から!? と思ったが、まあ一番戦えそうなのが俺なのだろう。
実際、大して戦えないが。
しかし、そんな事情を知らなければ、鉄火場を知らないであろうセレブの舞子さんと、メイド姿の奴隷である。
そりゃ、俺を狙うわな。
「マスターに手は出させません」
そんな俺の前に、奴隷ちゃんが立ちはだかる。
ど、奴隷ちゃん……(トゥンク)。
「マスターを傷物にするのは、私です」
「どんな啖呵なの、それは?」
胸の高鳴りが一瞬で消える。
止めろ。ただでさえ傷だらけなのに、これ以上どんな傷をつけようって言うんだ。
「そうかい! じゃあ、手足の一本くらいは覚悟しろよ!」
傭兵たちは、奴隷ちゃんを性の吐け口として見ている。
それこそ、手足なんて必要ではないのだろう。
邪魔をする女を痛い目に合わせようと、猛然と剣を振るう。
元国軍の兵士ということもあって、それはなかなかの斬り筋だ。
だが……。
「はっ?」
ガキン、と音が鳴る。
人の身体を斬った音ではない。
硬い鉄同士がぶつかり合うような音だ。
傭兵の斬撃に合わせて、奴隷ちゃんが武器を使った?
いいや、奴隷ちゃんは武器を使わない。
間違いなく、傭兵の剣は奴隷ちゃんの身体を捉えていた。
「今、何かしましたか?」
平然と立っている奴隷ちゃん。
彼女の身体にぶつかった剣は、微塵も傷つけることができていない。
元軍人が、全力で振るった剣をまともに受けて、傷一つつかない華奢な肉体。
あれれぇ、おかしいぞぉ?
奴隷ちゃん、ずっと思っていたけどお前本当に人間か?
「ば、ばけも――――――!」
「ていっ」
軽い声と共に、奴隷ちゃんの小さな拳が傭兵の腹部にめり込んだ。
硬い鉄の防具を身に着けていたのに、それはたったの一撃で粉々に破壊される。
勢いをまったく消しきれず、傭兵は血を吐き出しながら吹き飛び、壁にめり込んだ。
ば、化け物……。
『…………』
シンと静まり返ってしまう場。
全員が唖然として奴隷ちゃんを見ていた。
そんな注目の的である彼女は、プラプラと手を振って……。
「安心してください、峰打ちです」
殴りつけたことに峰打ちってあったっけ?
あと、口から血反吐まき散らしていたんだけど、あれって間違いなく臓器含めて内部に甚大なダメージが入っているよね?
死んでいないってだけで、かなり重たい後遺症とか残っちゃう感じだよね?
「では、続きのゴミ掃除を」
「ひっ、ひいいいいいいいっ!!」
元国軍の傭兵たちが、メイド服を着た一人の奴隷に蹴散らされていく。
凄い、夢かな?
奴隷ちゃんのことを知らなければ、俺は絶対に受け入れられていなかっただろう。
どったんばったんの大騒ぎ。
なお、戦いは一方的な模様。
元軍人たちがボッコボコにされていくのを見て、イビルは顔を青ざめさせている。
そりゃそうだ。
頼みの綱が奴隷一人にぶっ飛ばされていくのだから。
「う、うわああああ!」
イビルは恥も外聞もなく逃げ出した。
それは、決して悪いことではないだろう。
むしろ、英断と言える。
自分は舞子さんを殺すと言っておいて、自分が生かされるはずがない。
あ、やばい。
逃がしたら舞子さんが横領してテロ組織に資金を横流ししているのがばれてしまう!
……字面にすると本当にひどいな、これ。
俺はイビルを仕留めようと、背中を追いかけようとして……。
「あがっ?」
ビクンとして、イビルの動きが止まった。
いや、止められたのだ。
彼の背中に、一本の細剣が突き出ていた。
それは、イビルを正面から突き刺した下手人がいるということで……。
「な、んで……?」
そのイビルの質問に答える声はなかった。
代わりとばかりに、イビルの首が飛ばされる。
腹を突きさし、首を飛ばす。
殺す気満々である。
まあ、実際に死んだわけだが。
ゴロリと首が転がると同時に、イビルの身体も崩れ落ちる。
その陰から現れたのは、フードを被って姿を隠す一人の人間。
「…………っ」
その雰囲気は、あまりにも他の傭兵たちと異なっていた。
粗雑で自身が強いことを積極的にひけらかすような連中とは違って、その強さを内面に押し隠し、いざというときに一気に解放させるような。
そして、それが今だった。
フードは爆発的な加速で、一気に迫る。
「え?」
そこにいるのは、戦う力のない舞子さんで……。
『しゃあないのう』
「あっぶねっ!」
俺はその細剣が届く直前、ギリギリその間に滑りこみ、それを打ち払ったのであった。
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