第14話 テロ組織のパトロン
「あら、うまく隠せていたと思っていたのだけれど」
否定しないの!?
俺はギョッとして舞子さんを見る。
横領なんて、元の世界にいた社畜の俺からすると、とんでもないことだ。
絶対に手が出せない。
しかし、舞子さんは余裕綽々である。
つ、強い……。
「否定したところで無駄でしょう。この男は、無能ではないわ」
「その通り。お前に言われるのもなんだが、私は有能だ。とくに、金の動き、動かし方に関してはな」
俺の言いたいことが顔に出ていたのか、舞子さんは振り返って言った。
イビルもしたり顔で頷いている。
自分で自分のことを有能と言えるのは凄いよな。
元の世界では、俺は絶対に口が裂けても言えなかったことだ。
だって、仕事が際限なく増えるんだもん……。
「さすがに、いくらお前でも、金をちょろまかしていたことが公になれば、その立場は危ういものになるだろう。スタルト家は、金に関してはうるさいからな」
「…………」
舞子さんは笑みを浮かべつつ、それを否定しない。
つまり、イビルの言っていることは真実だということだ。
このことが露呈すれば、舞子さんの立場も危うくなるということ。
「しかしまあ、あれだけの大金をどこに動かしたのやら」
「その分稼いでいるから、文句を言われる筋合いはないと思うわ」
「それがどれだけ苦しい言い訳かは理解しているようで何よりだ。スタルト家の当主にいるからこそ、お前はそれがよく分かっているだろうに」
もはや、勝利以外は確信していない。
イビルはそんな顔をしていた。
「当主の座を降りろ、マイコ・スタルト。私は別にお前を殺したいわけではない。ただ、今の立場にいられると、スタルト家の誇りと名誉が傷つく。それが許容しがたいのだ」
これが最後通告だと、イビルは言外に言っていた。
「お前の才覚は確かなものだ。非常に不本意だが、そこは認めざるを得ない。これからも、その能力をスタルト家のために活かしてほしい。……当主以外の立場でな」
「それはできない相談ね」
その最後通告を、舞子さんは一切考慮することなく、あっさりと蹴った。
つ、強い……。
「私には……私たちには、たくさんのお金が必要なのよ。大きなことをするには、それ相応の資金が必須。このスタルト家の当主という立場は、その資金を作るためにとても有用で、代えがたい場所なのよ」
「……何を言っている?」
俺も気になる。
舞子さんの椅子になりながら、とても気になる。
私たち? 舞子さん一人ではないのか?
「私がどこに消えた大金を流し込んだか、知りたい?」
舞子さんの声は果てしなく冷たくて、クスクスと笑うしぐさは色っぽくて。
瑞々しい唇を揺らし、口を開いた。
「【禍津會】よ」
「なん、だと……!?」
愕然。
イビルの表情を表すのに、この言葉以外に的確なものはなかった。
ま、まが……なんだって?
「……奴隷ちゃん、知ってる?」
「割と有名ですよ、マスター。逆に、何で知らないんですか?」
なんでって……世の中のことに大して興味がないからかな。
「あの最低最悪のテロ組織のパトロンになっているだと!?」
「……奴隷ちゃん、最低最悪のテロ組織とか言われているんだけど、これマジ?」
「世間一般の評判はそうですよ。なにせ、ただただ世界を破壊したいという凄い思想の集団ですから」
凄すぎない?
世界を破壊したいという一つの意志のみで集まった集団か。
色々とぶっ飛んでいるなあ。
そりゃあ、最低最悪のテロ組織なんて呼ばれるわけだ。
元いた世界にそんな集団がいたら、俺だってそう思っていたことだろうさ。
「……そんな組織に大金を横流ししているとか聞こえた気がしたんですけど、気のせいですか?」
「都合の悪いことは幻聴で片付けようとする。さすがマスターです」
テロ組織のパトロンって、色々とやばくない?
やばいよ、絶対やばいよ。
「そこまで落ちたか、マイコ!!」
「落ちるも何も。私はこれが一番正しいと思っているわ。こんな世界、一度壊れてしまえばいいのよ」
その声はゾッとするほど冷たくて、詰問していたイビルをもひるませる。
そして、すぐ後ろで聞かされていた俺はもっとひるむ。
怖い。自然と身体が震えるぜ、ふふっ。
「あのね、イビル。私はあなたが言ったように、元奴隷よ。そして、この世界での奴隷の扱いは、人間として扱われない非情なもの」
その目は、怒りと恨みでドロドロに溶けていた。
「私がこの世界を呪わないはずがないじゃない」
「だからと言って、テロ組織に我が家の金をつぎ込むなど……! 断じて許すことはできん。先ほどの言ったことはなしだ。お前はここで死んでもらう」
脂汗を浮かび上がらせながら、気丈にイビルが叫ぶ。
おかしいな。どっちが悪者か分からなくなってきた。
とはいえ、舞子さんに死んでもらうのは困る。
それは、俺にとっても非常に困るのだ。
「ふふっ、あなたに彼を殺せるかしら? 相当強いわよ?」
「あれ? もしかして、俺が戦わせられようとしています?」
「指名依頼、受けたわよねぇ?」
「ひいっ」
ニッコリと笑いかけられて恐怖を覚えるってどういうことなんだ?
そんなことを考えつつ、舞子さんを椅子に下ろし、立ち上がる。
「まあ、そういうわけだ。悪いけど……本当に悪いけど、俺はこの人を守らないといけないんだ」
「凄く葛藤していますね、マスター」
「あんたが戦う力がないことは、立ち姿からもわかる。無駄な抵抗は止めて、殺されてくれないか?」
「さすがよ、理人。ここまでぶっちゃけたからには、死んでもらわないと困るのよねぇ」
ひぃっ。
しかし、絶対に舞子さんはイビルを生かして返すつもりはないのだろう。
だから、ペラペラしゃべったわけだが……。
まあ、この機会に自分を蹴落とそうとするやつを一網打尽にしようとしているのかもしれないな。
「それに、殺害予告をしたのもあなたとその仲間でしょう?」
「…………」
核心を突く舞子さんの言葉に、イビルは何も返さなかった。
それが、何よりの答えだった。
イビルは自分でも言外に言っていたが、戦う力はない。
俺も別に強いわけではないのだが、完全素人のこいつくらいなら殺せる。
だから、まさしくこいつにとっては絶望的な状況のはずなのに、イビルはまったく恐れていなかった。
こうなっても、自分は生き残るのだと、確信しているように。
「ふんっ。私がここに踏み込むために、何も準備していないとでも? お前が冒険者を指名依頼で囲いこんでいたことなんて、承知していたのに? 当然、戦力は整えてある!」
「どーもぉ。お邪魔しまぁす」
ぞろぞろと広い執務室に入ってくる屈強な男たち。
全員が鍛えられ、そして戦闘経験のあることが分かる。
うん、俺、負けそう。
「……何かしら、こいつらは?」
「お前たちを仕留めるために雇った、傭兵だよ。元国軍の兵士の、殺人のプロだ」
んなもん雇うなよ、馬鹿ぁ。