第13話 本性、現したわね
「もう分かってんの? なら、そいつを処分すれば終わりじゃん。よかった、俺のやることはなかった。帰るぞ、奴隷ちゃん。報酬金はちゃんと貰っとけよ」
「さすがマスター。がめついです」
問題解決。
よかった、あっさり終わった。
あとは金だけ貰って帰ろう。
指名依頼だから、また高額だ。
もう二か月は何もしなくても生きていけるぞ!
「待ちなさい」
「ぐぇっ」
首根っこを掴まれ、変な声が漏れる。
お、俺より力が強い。
雌ゴリラ舞子。
「できるんだったらもうそうしているわよ。やっていないということは、できない理由があるのよ」
「なに?」
犯人が分かっていて捕まえることができない理由ってあるの?
しかも、自分の命を狙っているんだろ?
絶対に俺はそのままにできないけどな。
奴隷ちゃんをけしかけてやる。
ワンパンですよ、神。
「まず、相手もバカじゃないから、簡単にしっぽを掴ませないの。明確な証拠がなかったら、私が疑心暗鬼になって内部の人間を信用しないで処分したことになる。そうすれば、もっと私の立場が悪くなるわ」
確信はあっても証拠はないんかい。
いや、あっても、絶対にそれだと分かる証拠がないのか。
ふーん、じゃあばれないように謀殺したら?
……ああ、そういう風に使える駒が、スタルト家の中にいないのか。
「それに、たとえ証拠がある程度あっても、スタルト家を昔から支えてきた重鎮たちを処分すると、やっぱりあまりいい評判にはならないのよ。もしかしたら自分も処分されるのでは、とか考えられてバカな方向に突き進まれたら、それは困るもの」
……サラッと言っているけど、舞子さんを狙っているのがスタルト家の重鎮なの?
最悪じゃん。全然ダメじゃん。
で、こっちから積極的に仕掛けることはできない、と。
ほーん。
「じゃあ、もう何もできないじゃん。舞子さん、死ぬのか……?」
「数少ない同胞になんてことを言うのかしら、このガリガリは」
頬を引っ張られる。
いたぁい!
「ただ、現行犯なら処断できるわ。だから、誘い出す必要があるのよ」
「自分を囮にするわけか。えぐいこと考えるなあ」
確かに、現行犯ならこれ以上ないほど明確な証拠となる。
処断することもできるだろう。
ただ、自分の命も非常に危険なことになる。
俺なら絶対にできないな、うん。
少しでも命の危険があったら絶対に出て行かない。
「つられてくれるのはいいんだけど、私は戦う力なんてないからね。だから、いざというときにすぐに助けてもらえるよう、あなたの傍にいることにしたの」
「いや、俺が引っ付いていたら、警戒して近づいてこないんじゃないか?」
「だから、挑発することも兼ねているのよ。私が淫蕩に耽る女のふりをすれば、スタルト家に誇りを持つ下手人は絶対に我慢できなくなるわ。ただでさえ、私がトップにいるということで不快な思いをしているのに、スタルト家の名を貶めるようなことをするんですもの」
舞子さんはそう言うと、艶っぽく笑う。
艶めかしいスケスケの衣装を着ていることもあって、とてつもない色気を醸し出していた。
彼女がその気になれば、本当に淫靡な金持ち当主になることができるだろう。
「なるほど。……あまり演技もする必要がないということだな?」
「頬っぺた引きちぎるわね?」
「ごめんなさい」
引きちぎられはしなかったが、赤く腫れあがる程度には痛めつけられた。
泣きそう。
痛みにもだえていると、ふと思いつく。
「……あれ? それはいい作戦かもしれないけど、それって一緒にいる俺も殺意を向けられない?」
犯人は、スタルト家の名誉を重んじる人間だとする。
すると、当主である舞子さんはもちろんだが、そんな彼女に引っ付く俺も許せない対象になるのでは?
舞子さんはニッコリ笑う。
「だから、私の情夫のようにふるまってね。とりあえず、ばれないように一度ヤりましょうか」
「何を? あと奴隷ちゃん、その気はまったくないから服を脱ぐな」
ウキウキでベッドに飛び込んでこようとする奴隷ちゃんを制止しながら、覆いかぶさってくる舞子さんを迎撃する。
結局、一緒のベッドで寝た。
◆
それからの舞子さんは、かなりひどい色ボケぶりだった。
どこに行くのにも、俺を侍らせる。
屋敷にこもって書類仕事をするときも、俺を椅子に座らせ、その膝の上に座る。
むっちりとした臀部が存分に押し付けられ、腰を振る。
振り返り、艶っぽい流し目を向けてくる。
……重たいとは言えなかった。
さすがの俺でも、それくらいのデリカシーは持ち合わせていた。
ここでは、スタルト家の方針を決めたり投資先を考える重鎮たちが俺たちを見る。
庭を散歩するときも、俺の腕を絡めとる。
豊かな胸の谷間に腕を挟んで、心底楽しそうに。
すると、スタルト家に雇われているだけで、内部の人間ではない使用人たちにガッツリと見られる。
そして、極めつけは街を練り歩くこと。
出店の食べ物を歩きながら食べる。
お互い違うものを買い、気になるからとそれぞれの食べかけを食べさせ合う。
ここでは、街の住人たちに見られる。
……俺の評判がぁ。
ルーダの心底面白そうな顔が憎かった。
絶対に報復してやるからな。
ともかく、こうして俺と舞子さんは、色ボケの女当主とその情夫を見事に演じ切ったのである。
そして、それは想定以上にスタルト家の重鎮たちをいらだたせていた。
「俺、面と向かって舌打ちされたんだけど」
「いい調子ね。これこそが、私たちの求めていたものよ」
執務室で、相変わらず俺の膝の上に座る舞子さんに愚痴ってしまう。
しかし、彼女からは望むところだと言わんばかりの好戦的な返答。
戦えないとか言っているくせに、やたら強気なのは何なの?
むしろ、これくらい気が強くなければ、スタルト家の当主なんてやってられないのかもしれないが。
というか、今は誰も見ていないのに、こうも密着していなければならないのだろうか?
お尻の感触が伝わってきて、割と気まずいのだが。
「敵意はまだしも殺意はダメだろ。殺されるのは嫌だぞ。まだやりたいことが残っているし」
「それは私もそうよ。一緒よ」
俺と舞子さんは頷き合う。
まだやるべきことも残っているし、それはお互い様だ。
じゃあ、殺意を向けられるようなことは止めようよ。
「必要な演技よ。我慢してちょうだい」
「演技って言う割には楽しんでない?」
「そんなことはないわよ」
なんでそんな笑顔なんですかねぇ……。
それなりに付き合いが長いけど、こんな笑顔は久しぶりに見たぞ。
いくら演技にしても、本当に四六時中距離感が近い。
見ろ、奴隷ちゃんの顔を。
あれ、絶対ろくでもないことを考えている顔だぞ。
そういう顔をしているぞ。
俺には分かるんだぞ。
「マイコ様!」
部屋にノックもなしに飛び込んできたのは、スタルト家の重鎮の一人に数えられる男、イビルだった。
何だっけ、舞子さんから聞いたのは……。
舞子さんがいなかったら、スタルト家の当主を継いでいた可能性が高い男だったはずだ。
その分、優秀は優秀なのだろう。
お金の動かし方なんて微塵もわからないが。
「ちっ、この男もいたのか……」
膝の上に座られているものだから、舞子さんのすぐ後ろにいる俺を見て、心底忌々しそうに舌打ちをするイビル。
露骨すぎぃ。
「見ろ、奴隷ちゃん。俺は名前すら呼ばれないぞ」
「さすがです、マスター」
「お前さすがですって言えばいいと思ってんの?」
文脈めちゃくちゃじゃない?
俺と奴隷ちゃんのことは、もう考えないようにしたのだろう。
イビルは、真摯に舞子さんだけを見て話し始めた。
「マイコ様、いくら何でもひどすぎます」
「何のことかしら?」
「とぼけるのも大概にしていただきたい。言われずとも分かっているはずだ。あなたの立ち居振る舞いは限度を超えている。今、スタルト家の名誉は著しく傷ついている。断じて許容できません」
イビルの言葉を聞いていると、舞子さんの目論見は成功していたと言えるだろう。
とはいえ、こいつが舞子さんの命を狙っているなら煽ってもいいかもしれないが、そうでなければ、むしろ敵を増やしただけになる。
今更だが、結構諸刃の剣だな、これ。
「仕方ないじゃない。私は真実の愛を見つけたのよ」
舞子さんは、そう言うと身体をひねってギュッと抱き着いてくる。
でかい。
でかくて柔らかいものが胸板でつぶれている。
元々薄い衣装だから、ダイレクトに伝わってくる。
甘い匂いも立ち上ってきて、俺も転移前だったらたまらなくなっていたのだろうが……。
「…………」
「マスター、愛の告白をされているとは思えない顔をするのは止めてください」
奴隷ちゃんからそう言われる表情をしていたようだ。
なに、だらしない顔だったの?
それとも、苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔だったの?
……まあ、後者だろうな。
「それに、仕事はちゃんとしているでしょう? スタルト家の財産は、私が当主になってから数倍に膨れ上がっているわ。今も進行形でね。違うかしら?」
「……それは、違いませんが」
苦々しそうにイビルは呟く。
そう、口だけなら、舞子さんの立場はこれほど確固とした強いものにはなっていなかっただろう。
この人は、高い能力がある。
お金を動かし、増やすことができる。
だから、多少ヤンチャやわがままをしたところで、その立場が揺らぐことはない。
羨ましい。
「私は結果を出している。それなのに、そのことを評価せずにあれこれ文句を言われるのは心外だわ。決して聞き入れることはないわね」
「スタルト家の名誉を貶めたどこの馬の骨とも知れない女が、偉そうに! 貴様のことを認めている重鎮は、誰一人としておらん! 元奴隷の分際で、うまく前当主に取り入りおって……!」
「本性、現したわね」
したり顔で頷く舞子さん。
イビルも我慢の限界だったようで、遂に怒鳴ってしまった。
外部の人間。
それも、この世界では同じ人間として見られないほど扱いの低い奴隷。
舞子さんは、それだった。
同じ転移者であり、だからこそ奴隷になっていた。
そんな彼女が、今ではスタルト家を掌握し、しかもいい方向に進めている。
もしかしたら当主になれるかもしれない位置にいたイビルがうっぷんを溜めるのも、不思議ではなかった。
「でも、残念だけど、この世界は結果がすべてよ。私の運用で財産は数倍になっている。この結果がある限り、私が淫蕩だとか色狂いだとかで排斥することはできないのよ」
「ふん、それだけならばそうかもな。だが、お前も心当たりがあるはずだ」
イビルは強い自信を持っていた。
この状況で当主に反逆して、なおもこの余裕。
こちらにとっては都合が悪そうだ。
舞子さんも、余裕の笑みを消して表情を引き締めている。
そんな俺たちの反応をあざ笑うかのように、イビルは嗜虐的に笑った。
「スタルト家の財産の一部が、消えている」
横領ですの!?