【小説第1巻発売記念】じゃあ、仕方ないですね……
「マスターに怒らなければいけないことがあります」
「なんで……?」
真剣な表情で……というか、いつも無表情だからいまいちよく分からないが、ともかく普段とはまた違った雰囲気を出しながら俺にずずいと顔を寄せてくる奴隷ちゃん。
俺、何か悪いことしたっけ……?
何もしていない気がするんだけど……。
というか、されてばかりな気がする。
反省しろ、奴隷ちゃん。
そんなことを考えながら、俺は困惑した様子で奴隷ちゃんに問いかける。
「色々と分からないことだらけなんだけど。まず、奴隷が主人を怒るってどういうこと……? そんなことって、この世界に存在するの……?」
「いえ、ないと思います」
「だよな。よかった、俺の認識が間違っていなくて」
このクソみたいな世界、奴隷が主人に反抗的な態度を見せるなんてありえないだろう。
そういう関係を望んでいるわけではないので、俺に屈服しろ、とかは思っていないんだけど。
それどころか、早くこの子を奴隷から解放したい。
俺を解放してくれ……。
奴隷ちゃんは自信満々に胸を張る。
「ただ、私とマスターの関係は、他の一般的な奴隷と主人の関係とは一線を画しているので。他は参考になりません」
「そうかな……。そうかも……」
こんなに奴隷に振り回される主人なんて、他には存在しないだろう。
だって、この世界って基本的に奴隷の人権がないものだから、本当に想像通りのひどい扱いが当たり前なのだ。
そういうこと、自分が自分の身をもって一番わかっている。
だから、俺と奴隷ちゃんの様な関係性の主従は他には存在しないと、自信をもって言える。
奴隷ちゃんは、やれやれと呆れたように首を横に振り、窘めてくる。
「だいたい、他所は他所、うちはうちです。他を見て羨んだところで、何も改善しませんよ」
「あれ、おかしいな。なんで俺がわがままを言って宥められているような感じになってんの……?」
どう考えてもおかしいのはお前だよな?
俺、何もおかしいことを言っていないよな!?
正直、言いたいことは山ほどあるのだが、それを言っても奴隷ちゃんに響かないことは明白だった。
俺はすっかり諦めて、ため息をついた。
「まあ、もういいや。俺、口で勝負しても奴隷ちゃんに勝てないし」
「夜もですよ」
「うん、黙れ」
こっちが引いたからって一歩踏み込んでくるんじゃねえ! ブチギレるぞ!
いつもと変わらず奴隷ちゃんの空気に飲み込まれながら、俺は口を開く。
「それで、なにに対して怒っているんだ? ぶっちゃけ、相当自由にしているだろ、奴隷ちゃん」
これ以上、何の不満があるっていうのか。
不満があるなら出て行ってくれて構わないんだけど。
そんな俺に対し、奴隷ちゃんは自分の衣服をアピールした。
「この服のことです」
それは、俺が初めて奴隷ちゃんに会った日。
そして、奴隷ちゃんに自分のことをめちゃくちゃ押し売りされた日。
奴隷らしく粗雑な衣服しかもっていなかったから、その日のうちに新しい衣服を買いに行ったのだ。
……いや、行かされたと言っても過言ではないだろう。
だって、最初に着ていた服、すんごいボロボロだったんだもん。
あれを着させて外を歩かせる勇気、俺にはなかったんだ……。
「服って……。奴隷ちゃんの、一般的なメイド服とはまったく異なる、先鋭的なヤバい服のことか?」
「私の服をそんな風に……。厭らしい目で見ていたんですね、マスター……。バッチこい」
「俺の言葉のどこを切り取ったらそうなるんだ……? あと、奴隷ちゃんにそんなことしないから腕を広げて歓迎するのは止めろ」
奴隷ちゃんが着ているのは、大きく見ればメイド服だろう。
だけれども、何か胸の谷間は見えているし、というかビキニみたいなものしかつけていないし。
……厭らしいことに使うコスプレ用のメイド服にしか見えない。
この世界にコスプレとかいう概念、あったっけ?
「で、結局何に怒っているんだよ?」
「このマスターに買ってもらった服、とても気に入っています。エッチですし、エッチですし、エッチです」
「気に入っている要素がゴミみたいなんだけど……」
衣服の良さをエッチかどうかでしか判断できないの……?
なに、その悲しい生き物……。
そう思っていると、奴隷ちゃんは突然自分の服に手をかける。
「問題点は、これです」
「うわぁっ!? 急に服を引きちぎろうとするのは止めろぉ!」
ふん! と力を込めて衣服を引きちぎろうとする奴隷ちゃん!
止めろぉ! まともなメイド服ではないけど、一応服なんだからやめろぉ!
「何してんだ! 結構……というか、かなり高かったんだぞ! それに、店員の目も痛かった! すごくつらい中で頑張って買ったのに、破こうとするなよ!」
「確かに、あの私たちの初めてのデートは素晴らしいものでしたね」
「あれをデートに換算するのか、お前は。そして、あれを素晴らしいと言えるのか、お前は」
はあはあと肩で息をする俺。
何とか奴隷ちゃんの暴挙を止めることはできた。
あの苦痛の時間を思い出して、俺は少しげんなりとしていたが……。
奴隷ちゃんは不服そうに、自分の服を引っ張った。
「これ、私がそれなりに力を込めても破れないんです。それに、ドラゴンのブレスを受けても燃えませんでした」
「あ、ああ。それは、俺が魔法をかけて耐久力を上げたからな。危ない討伐とかにも付き合ってもらうことがあるし、それくらいは……」
本人に言うのは恩着せがましいとは思うが、一応奴隷ちゃんのことを思って防御力を高めておいたのだ。
家にいてくれてもいいのに、なんかついてくるから……。
そんな俺に対し、奴隷ちゃんはそっと顔をそらした。
「余計なことを……」
「えぇっ!? 良かれと思ってしたのに!?」
何が余計なことだ!
全然おかしいことでも悪いことでもないだろ!
俺の怒りを受けて、奴隷ちゃんは『やれやれ、こいつ全然わかってないな』みたいな感じで首を横に振る。
むかつくからやめろ。
「破けないので、マスターに私のエッチな裸体を見せる機会がありません。このままでは、性欲に暴走したマスターに襲ってもらえません。早くこの魔法を解除してください」
「今の理由を聞いて、俺が魔法を解除すると思うか?」
馬鹿なのか?
奴隷ちゃんが全裸でいても、俺が襲い掛かるとでも?
大口を開けて待っているワニの前に突っ込むバカがいると思っているのか……?
欲求不満だったら、ルーダとか貸すけど……。
「というか、そもそもそれって一度かけたらずっと継続するものだから、今解除しようとしてもできないんだけど」
「……ちっ」
「嘘だろ……? 俺に舌打ち……?」
あまりにも衝撃的なことが起きて、腰が砕けそうになった。
し、舌打ちはおかしいだろ……。
「じゃあ、仕方ないですね……」
ふう、と息を吐いた奴隷ちゃんは、俺にウインクした。
「私の服、マスターがびりびりに手ずから破いていただいて構いませんよ?」
「うるせえ」
そんな、かつてのひと時の話。
小説第1巻が本日発売です!
ごろー先生の美麗なイラストが目印です。
下記の表紙から飛べるので、よろしくお願いします!
また、コミカライズ企画も進行していますので、また続報をお待ちください。
(特典情報)
【電子書籍】「奴隷ちゃんの読書」3000字程度
【ゲーマーズ様】「舞子さんのパスタ」1500字程度
【書泉芳林堂様】「アイリスと気まずいだけの日」1000字程度
気になるところからご購入いただければ幸いです!