最終話 自分を押し売りしてきた奴隷がドラゴンをワンパンしてた
俺はゆっくりと外を歩いていた。
あっちの世界に行って臓器とか一部破壊されていた時は、激しい運動をしようと思ってもできなかったので、こんなのんびりとした動作が身体に染みついていた。
まあ、マカの力を使えるようになってからは痛みもだいぶ抑えられていたが、今では完全に回復している。
やはり、身体の調子はけた違いによかった。
「はあ、やっと退院かあ……」
そんなわけで、俺は退院となった。
こっちに戻ってきてから大けがも完治しているので、そういった意味では入院する理由はどこにもなかった。
突如として行方い不明から戻ってきたということで、その調査を受けていたのだ。
それに、一時期はマスコミもかなり白熱した報道をしていたものだから、気軽に外に出れば一瞬で囲まれるような事態になっていたことだろう。
それを避けるために、入院という形で閉じこもっていたわけだ。
俺が金を払うわけでもなく国が出してくれたので、とくに文句もなかった。
「しかし、これからどうするかなあ。さすがに国がある程度保証してくれるらしいが、ずっとそのままというわけじゃないし……。十年近く空白期間がある行方不明者のこと、雇ってくれるかね?」
ポツリと呟く。
当然だが、十年近く行方不明になっていたのだから、それ以前の生活に戻ることはできない。
俺が住んでいた部屋も当然別の人が住んでいるから、今は国が借り上げてくれた部屋に向かっている途中である。
そして、社畜として学校卒業後忠誠をささげてきた会社も、俺をクビにしていた。
というか、会社がつぶれていた。
悲しいなあ……。
まあ、ブラックだったから別に何とも思わないけど。
そんなことを考えながら歩いていると……。
『あー、大丈夫じゃ大丈夫じゃ。安心しろ』
「……いや、お前は本当なんでこっちに来てんだよ。お前も転移者だったっていう、驚愕の真実があったりするのか?」
頭の中で響く声。
あっちの世界では当たり前になっていたが、こちらの世界では発生すること自体あり得ないのこと。
そして、俺が裏切ってからは聞こえなくなっていた声。
つまり、マカであった。
なぜかこっちの世界に俺と一緒に戻ってきていた。
『いや、ないぞ。そもそも、わらわは人間とは異なる存在じゃ。異世界からやってきたわけではない』
俺にへばりつきながら、楽しそうに笑うマカ。
大きくて柔らかい感触も背中にぴっとりと引っ付いている。
『まあ、こっちについてきた方が面白そうでな。あと、貴様の魂をまだもらっておらん。別の世界にいたところで、わらわは諦めんぞ』
「本当、とんでもないメンタルをしているわ。普通、自分を裏切った奴を追いかけて世界を渡ってくるかね?」
恨みごとの一つでも言ってくるかと思いきや、それすらもない。
俺、正直かなりひどいことをした自覚はあるんだけど……。
だからこそ、彼女のことを邪険に扱うことができなかった。
身から出た錆だわ。
『自力で世界を渡ってきたというより、貴様の身体にへばりついていたような感覚じゃな。じゃから、大して苦労せずに世界を渡ってこられたわけじゃが……』
あちらの世界とはまるで異なるこの世界を見渡し、マカは笑った。
『いやはや、凄い世界じゃ』
◆
国からあてがわれたマンションの一室を目指して、階段をゆっくりと昇っていた。
どうやら、他の転移者も複数このマンションに住むことになるらしい。
少なくとも、舞子さんや愛梨、雪はこのマンションにいるらしい。
……鍵の戸締りはしっかりしておこう。何だか不安だから。
まあ、望月もこっちらしいから、最悪彼に助けを求めよう。
裏切ったから、合わせる顔がないんだけどね。
……どうしよう。
階段で上がっているのは、大した理由はない。
ただ、エレベーターよりも、身体を動かすことができる方を選んだだけだ。
自由に身体を動かすことができるというのは、とてもいいことだ。
不自然に息切れもしないし、最高だ。
身体が動かせなくなった老人が思うようなことを、俺は思うようになっていた。
それに、考え事をするとき、身体を動かしていた方がなんだかいいアイデアが浮かぶこともあるのだ。
「はあ……。こんなに幸運で、本当にいいのか? 後の揺り戻しが怖いんだけど」
『何を急にビビっておるんじゃ、貴様は』
「いや、だって……。今までさんざんだったからさ……」
マカの声に、そう答える。
今までさんざん不幸だったのに、急に幸運をチラつかされても困るのである。
これが、夢ではないだろうかと、入院中何度嫌なドキドキを味わったことか。
『むしろ、あの状態が異常だったのではないか? 貴様らの普通とは、今の状態を言うのじゃろうが』
「それもそうだな」
マカの言葉に納得させられる。
まさか、裏切って殺しかけた相手に慰められるとは……。
いや、本当字面にするとひどいな。
これ、死んだ後絶対にひどい目に合うよな。
絶対にマカが手放してくれなさそう。
「そう考えると、やっぱり奴隷ちゃんには感謝してもしきれないな」
『あれなあ……。本当、よくあれと戦ったな』
「あれって言うな」
追いかけ回されて殺されかけたトラウマのあるマカは、どうにも奴隷ちゃんが苦手らしい。
心底嫌そうな顔をしているのが面白い。
しかし、奴隷ちゃんと戦ったというのは、確かに凄いことだと思う。
一応、彼女も本気で俺を殺そうとしてきていたし、戦ったと言うことはできるだろう。
まあ、瞬殺されたわけですけどね。
無理だわ。最期のあれ、なに?
神がいるかどうかは知らないが、そんな存在でも奴隷ちゃんには勝てないと確信したわ。
「もう二度と会えないことが残念だ。本当に、お礼くらい言わせてほしかった」
まあ、殺された立場だから、お礼を言う暇すらなかったというのが正しい。
こんなことになるとは思ってもいなかったし。
しかし、残念なことに、もう俺と彼女が会うことはない。
世界が違うのだから、どれほど頑張っても再会できないのは当然だろう。
だから、感謝の念だけは、いつでも持ち続けていよう。
俺はそう思った。
『お礼なんて言ったら、あれは暴走して貴様を押し倒していたことじゃろうな』
「ここまでしてもらえるんだったら、それくらい構わない。そもそも、あっちの世界の人間に情が移らないようにしていただけだし」
マカのからかうような言葉に、そう返す。
正直、あれだけの美少女に好き好き言われて迫られていたら、悪い気はしない。
奴隷ちゃん、美人だったし。
それでも彼女を受け入れなかったのは、世界をリセットすると決めていたから。
あっちの世界の人間に好感を持っていたら、その踏ん切りがつかなくなるかもしれない。
だから、できる限り彼女は遠ざけていたのだ。
『ほーん……まあ、自分で言ったことには責任を持つことじゃな』
「んあ?」
マカがやけにしんみりと不思議なことを言うので、首をかしげてしまう。
何だか含みがあるなあ。
あっちの世界ではこういった言動に強い警戒心を持っていたものだが、こっちの世界ではそこまで考える必要はないだろう。
すでに、俺の住処となる部屋にもついたわけだし。
国から渡された鍵を使い、扉を開けると……。
「――――――おかえりなさいませ、マスター」
「…………」
そこには、灰色の髪をこちらに見せて深くお辞儀をする、メイド服を着た少女がいた。
その声、その姿、もちろん全部覚えている。
嬉しさがこみあげてくると同時に……なんだか怖さも沸き上がってきた。
いや、どうやってこっちに……?
「随分と遅いおかえりでした。あたりを破壊しながら探そうかとも思いましたが、まあこっちに来て最初ですし自重しました。褒めてください」
むふーっと拳を握る少女。
言っていることがテロリスト。
「えーと……どうやってここに?」
「世界を渡るなんて、私にかかれば余裕です。とりあえず、世界の境界を拳で破壊してこちらに来ました」
「えぇ……」
世界線って、そんな簡単に移動できるの……?
いや、無理だろ。絶対に無理だろ。
そんな感じで呆然としていると、少女は――――奴隷ちゃんは、にっこりと笑った。
「これからもよろしくお願いします、マスター」
「…………」
俺はそんな邪気のない笑顔を見て、思わず笑顔を返してしまった。
そして、俺が思ったのは一つだった。
――――――うちの奴隷ちゃんが強すぎる。
『自分を押し売りしてきた奴隷がドラゴンをワンパンしてた』 終わり。
最終話です!
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それでは、また別の作品でお会いしましょう!