第119話 え、何それ……
理人がマカから奪った、人を一瞬で抹殺する魔眼。
誰にも防ぎようがない、即死攻撃であると思われていた。
だが、奴隷ちゃんからすると、割とどうとでもなりそうなものだった。
その対応の一つが、今している高速移動である。
要は、魔眼の視界内に入らないようにしているだけだ。
魔眼は、対象を視界に入れて力を籠めないといけない。
ならば、そこに映りこまなければ。あるいは、映りこんでも理人が念じる暇すら与えなければ。
即死攻撃が届くことはないのである。
「いや、そうかもしれないけど、普通そんなことできるのぉ……?」
唖然とする理人。
マカの力を完全に掌握している今、力を使っても激痛に襲われることも寿命が減ることもない。
だから、何度失敗しても遠慮なくリトライすることができるのだが、まったく効果がなければ意味がなかった。
理人に問いかけられた奴隷ちゃんは、自信満々の笑みを浮かべて言った。
「愛ゆえに、です」
「嘘つけ。じゃあ、止まってくれ」
「死ぬので嫌です」
こんな会話をしている中でも、奴隷ちゃんは姿が見えないほど高速で動き続けている。
そこにいたと思って魔眼を使っても、残像である。
初めて見た残像に、ちょっと興奮する理人であった。
「……本当に奴隷ちゃんって死ぬの?」
「……多分」
「本人すら分からないのか……」
絶望する理人。
本人すら死ぬことができるのか不明の相手である。
どう頑張っても勝てるビジョンが浮かんでこなかった。
だから、ガシッと腕を掴まれるほど奴隷ちゃんに接近されてしまう。
「捕まえました」
奴隷ちゃんが近くに来て腕をつかんだということは、彼女も静止しているということである。
今こそ、魔眼を使う最大最高の好機!
だが、当然奴隷ちゃんもそんなことは分かっている。
彼が力を使う前に、動いた。
「あっ」
ゴキャッ! と音がした。
理人は無表情で自分の腕を見る。
もう折れていた。完全に折れていた。
奴隷ちゃんの細腕で、ぽっきりと腕をへし折られていた。
「動かないでください。マスターを痛めつけるつもりはありませんので」
「いや、これだけで発狂ものの激痛なんだけど」
冷や汗をダラダラと流す理人。
それでも、大声を上げて泣き叫ばないことが、彼の精神力の異常性を物語っているだろう。
とはいえ、痛みはやはり強い。
魔眼を使おうにも、集中できない。
「離してくれないか?」
「いいえ、不可能です。このまま終わらせるので」
グッと拳を握る奴隷ちゃん。
ワイバーンをワンパンする黄金の右ストレートである。
理人の……人間の頭なんて、一撃でパァン! である。
粉々に消し飛ぶことだろう。
そんな絶望的な状況で、理人は笑った。
「そうか。俺は奴隷ちゃんのためを思って言ったんだがな」
「……ん?」
血がダラダラと流れる。
それは、案の定理人……ではなく、何と奴隷ちゃんの鼻からであった。
◆
奴隷ちゃんが奴隷ちゃんとなってから、初めてのダメージ。
それが、理人によって通された。
痛みは、かつて人間たちに虐待を受けていた日以来のものである。
激痛で泣き叫ぶような無様はさらさなかった。
自分のマスターである理人が、そういう人だから。
だから、顔には一切出していなかったが、戸惑いは隠しきれなかった。
その間に、理人は奴隷ちゃんから距離をとる。
それでも、腕が握りつぶされて使い物にならなくなっていた。
「まさか、この私にダメージが通るとは……。さすがです、マスター」
「大魔王みたいなこと言うなよ……」
苦笑いする理人。
奴隷ちゃんは改めて自分の身体を確認するが、やはり刺されたり魔法攻撃を受けたりした様子は見受けられない。
どうして自分が痛みを味わっているのかが、分からなかった。
「これはどういう方法でしょうか? 攻撃を受けていることはないはずなのですが……」
「奴隷ちゃんに攻撃が当たっても通らない可能性があるとはずっと思っていた。……まさか、当たりもしないとは思っていなかったけど。だから、こういう準備もしていたんだ」
理人は特に隠すこともなく、答えを教えた。
また何度も使える攻撃手段なら隠していただろうが、人生でたった一度切りしか使えないのだから、わざわざ出し惜しみする理由もなかった。
理人は自分の首元を見せる。
すると、奴隷ちゃんは得心がいくようにうなずいた。
それは、触れただけでも他者を死に至らしめる悍ましいものだった。
「……なるほど、自分の身体に毒を」
「正確には呪いだな。触れただけで感染する。奴隷ちゃんの攻撃はステゴロがほとんどだから、これを準備していた」
ふっと笑った理人。
準備していたものがうまくいって、少し嬉しそうだ。
まあ、うまくいっていなければ、自分だけが一方的に苦しむ羽目になっていたから、その感情も理解できなくもない。
呪い。
魔法とはまた少し違うが、この異世界に存在する不思議な力。
様々な効果があるが、魔法と違って言えることは、割と誰でも使おうと思えば使える手軽さがある。
才能と努力が必要な魔法に対して、呪いは才能がなくとも努力をせずとも、やり方を理解し必要なものをそろえれば、子供でも行使することができる。
それも、相手を死に至らしめる大きな効果を持つものを。
だが、そんなお手軽で強力な力ならば、誰しもが濫用するはずだ。
それをされていないということは、当然デメリットがある。
呪いには、代償が必ず必要となる。
どれほど些細な呪いでも、それ以上の代償を支払わなければならない。
だから、ほとんど行使されることはない。
「まんまとマスターにはめられてしまったわけですね」
「……なんではめられたっていうところを強く言ったのかは知らないけど、そうなるな」
「でも、その呪いも、諸刃の剣では?」
奴隷ちゃんは呪いというのものを理解していた。
だから、触れただけで相手を死に至らしめる強力な効果を持っていれば、その代償はとてつもないほど重たいものであると確信していた。
「……奴隷ちゃんの言う通りだな。俺も間違いなく死ぬ。自分の身体に呪いを打ち込んでいるわけだからな。ちょっと触れただけのお前よりも、はるかに死に近いだろう」
代償は、当然命。
加えて、想像を絶するほどの激痛が、今もなお理人を襲っている。
痛みだけでも発狂するレベルのものが、発狂も意識を失うことも許されずに味わう。
常人なら、数分も持たないだろう。
それが、この呪いの代償であった。
理人も顔色を真っ青にして脂汗を大量に浮かび上がらせている。
だが、それでも、彼にはこの世界をリセットするという大きな目的がある。
それは、妄執と言っていいかもしれない。
そのため、強靭な精神力で、その激痛に耐え忍んでいた。
「それほどまで私のために……」
「殺そうとしても好感度が上がるとか、もう怖いわ……」
何をしても褒められそうである。
さすがにそこまでくるとビビる。
「そういうわけで、退いてくれないか。俺も長くないし……足止めしているうちに世界をリセットしてもらおうとしていた仲間も全滅したみたいだから、俺がやる必要がある。命が残っているうちにな」
激痛で意識が遠のく中、理人はそう告げる。
だが、呪いに侵されながらも、奴隷ちゃんは引かない。
「いいえ、させません。これほどの覚悟を見せてもらったのです。なら、今度は私の番です」
そう言うと、奴隷ちゃんの身体が光を放つ。
それは徐々に形を作っていき……。
「え、何それ……」
理人は、呆然とそれを見上げた。
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クズな主人公貴族くんがちょっとヤバいメイドたちに振り回されるコメディ小説です。
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