第118話 うおおおおおお! これで終わってくれええええ!
冷たい風が吹き抜ける。
……めっちゃ冷たい。何なら、アリアトの暴風雪よりも冷たい。
それほど、奴隷ちゃんの口から飛び出た言葉が信じられなかった。
「皆殺しにしました」
「……いや、二回も言わなくていいけど……マジ?」
「マジです」
俺は天を見上げる。
これが嘘と断じてしまうのは簡単だ。というか、普通ならそう思う。
禍津會のメンバーは、本当に強い。
俺はマカから奪っただけだが、彼らは本当に自分の力で強大だ。
ベアトリーチェあたりなら、こちらを怒らせたり狼狽させたりするために嘘をつくことはありそうだ。
ポーカーフェイスだし、嘘をつくのも慣れていそうだし。
しかし、奴隷ちゃんである。
彼女も無表情の鉄仮面であるが、嘘は言ったことがない……気がする。
それに、彼女はその気になれば本当にやってしまえそうな力を持っている。
だから、否定することができなかった。
「散らばっていたので少々手間でしたが。一日もかかりました」
「一日であいつらを全滅させたの……?」
もう俺勝てないじゃぁん……。
がっくりと肩を落とす。
いや、そもそも勝てる気なんてしていなかったけれども。
しかし、マカの力がない俺よりはるかに強い彼らが殺されたという事実は、あまりにも重い。
それは、改めて奴隷ちゃんの力の強大さを見せつけられたということもあるが、やはり言葉を交わして目的を同じにしていた仲間が殺されたというのは、しんどいものだ。
正直、あまり交流がなかった者も多かったが、たとえば舞子さんや愛梨、雪、響に蒼佑に杠。
彼らともう話せなくなったというのは、非常にキツイ。
……彼らが本当にすんなり殺されるかと思うと、ちょっと疑問があるが。
いくら奴隷ちゃんが相手でも、そう簡単に死ぬようなタマではないと思うが。
「……しかし、そうか。皆、死んでしまったか」
ただ、さっきも思ったことだが、奴隷ちゃんは嘘をつくようなタイプではない。
本当に殺されたのか。
まあ、遅いか早いかの違いだ。
俺も直に死ぬし。
多分、皆地獄行きだろうし、その時に話でもするとしよう。
「大丈夫です。マスターもすぐそこに行きますから」
「奴隷ちゃんの殺意がマシマシで怖い。俺、何かしたっけ……?」
あれほど慕ってくれていた奴隷ちゃんに殺害予告されるのは、凄く怖い。
思わずショックでそんなことを口走ってしまうが、自分の言動を省みてすぐに納得した。
いや、散々しているわ。
世界を滅ぼそうとしているのだから、この世界の人間である奴隷ちゃんが怒って当然だろう。
そりゃ殺すだろう。俺はそうではなかったが、まったく無関係の人に対しても報復行為をしているのが禍津會だし。
「まあ、世界を守るために俺を殺そうとするのは当たり前だな」
「いえ、この世界のことは正直どうでもいいというか……。私も嫌いですし」
「えぇ……?」
じゃあなんで敵対しているのぉ?
愛想をつかしたとかだろうか?
なら、奴隷から解放させてくれてもいいのに……。
「言ったじゃないですか。私はマスターを助けるんです」
「……ちょっと良く分からないが……」
やけに自信をもって言うものだから、俺もそれ以上突っ込んで聞くことができなかった。
俺を助けるということは、いったいどういうことだろうか?
本当に分からないが、今やるべきことは分かっている。
「とりあえず、先に死んだ仲間の弔い合戦も含めて、邪魔者を排除させてもらおうか」
世界をリセットするために、奴隷ちゃんは邪魔だ。
それに、先に散った禍津會のメンバー。
俺は彼らのことを気に入っていた。
なら、彼らのことを思って戦うのも、悪くない。
そんな俺を、うっとりとした目で見る奴隷ちゃん。
怖い……。
「マスター、格好いいです」
「気持ちが入らないなぁ……」
苦笑する。
今から殺し合いが始まるとは思えない雰囲気だ。
だから、今のうちに、速攻で不意打ちを仕掛ける。
「その余裕を、潰せるように頑張るよ」
そう言って、俺はマカから奪った眼を使った。
◆
理人は、初手で最大最高の切り札を繰り出した。
戦闘において、力を温存しつつ戦うということはよくある。
その一戦だけで終わることが確実なら最初から全力でいくべきだろうが、連戦となる可能性も考えるのであれば、ある程度抑えて戦うのは理にかなっている。
ただ、それは『力を抑えていても勝てる場合』に限られる。
では、奴隷ちゃんを相手にそれができるだろうか?
絶対に否である。
少しでも出し惜しみをすれば、一瞬でひき肉にされる。
理人には確信があった。
だからこその切り札である。
正直、異世界側にベアトリーチェがいる以上、万が一奴隷ちゃんを退けることができたとしても、そのすぐ後を狙って暗殺者が送り込まれてくることだろう。
そして、当然無傷ではいられないだろうし、致命傷を負っている状況でそれと相対しなければならないことは確定している。
だが、それが分かっていても、奴隷ちゃん相手に出し惜しみはできない。
「うおおおおおお! これで終わってくれええええ!」
絶叫する理人。
しかし、実際この眼は非常に強力なものである。
なにせ、攻撃の過程を相手に悟らせず、致死的ダメージを与えることができるからである。
攻撃が見えないので、避けるも防ぐもないのである。
ただ、視界に入っているだけで、死に至らしめる。
それも、多種多様な死因によって。
おそらく、この世界に存在するありとあらゆる生命に対して、最も有効的な即死攻撃だろう。
英雄と呼ばれる人間であっても、強靭な肉体と魔力を誇る魔族であっても、個で災害と称される力を持つドラゴンであっても。
理人の眼は、彼らを圧倒することだろう。
「なん、だと……?」
人の夢と書いて儚い。
これで終わってくれという理人の血を吐くほどの切実な思いは、当然届くことはなかった。
「マスターのその攻撃は、認識される前に高速で動けば大丈夫ですね。やりました」
「普通、そんな速度で動けないんだよなあ……」
文字通り、目にもとまらぬ速さで動きまくる奴隷ちゃんを見て、理人は激しく絶望するのであった。
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クズな主人公貴族くんがちょっとヤバいメイドたちに振り回されるコメディ小説です。
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あと、少しで本作も終わりそうです。