第117話 すでに皆殺しにしました
「そろそろ、かな……」
俺はそんな絶望的な一言を、ポツリと呟いていた。
別に言葉だけを捉えれば普通のものなのだが……。
ただ、俺のテンションは激しく低下していたし、げんなりとしている。
なにせ、勝機がほとんど見えない絶望的な戦いに身を投じなければならないのだ。
誰が好き好んでそんなことをするだろうか?
いや、好きという奇特な人間もいるだろうが、俺はそうではない。
ただ、この世界をリセットし、普通の世界にするためにも、引くわけにはいかない。
引くわけにはいかないと分かってはいるんだけれども……。
「やっぱり、やだなあ……」
急速に近づいてくる気配を感じ取って、俺は顔面蒼白になる。
その気になれば、俺に気配すら感じさせずに行動できるはずだ。
こうして分かるということは、あえてアピールしているのだろう。
あまりにも速度が速いので、今から逃げようとしても間に合わない。
そして、彼女がやってきた。
ズドン! と目の前に飛来する一人の少女。
地面が砕け、砂煙が舞い上がる。
……登場がダイナミック過ぎない?
「お久しぶりです、マスター。あまりにも会いにきてくれないので、私の方から来ちゃいました」
「あ、うん……。そんなに期間は空いていないと思うけど……」
俺の前に降り立ったのは、奴隷ちゃん。
解放するといっているのに解放させてくれない、謎多き俺の奴隷である。
なお、俺よりも強くて傍若無人である。
……いや、本当になんで奴隷なの?
それに、期間が空いているとはいっても、数か月も経っていない。
「それだけ、私がマスターを求めていたということです」
自信満々に頷く奴隷ちゃん。
嬉しいより怖いのは、彼女の言動故か。
「う、うーん。だったら、そっち側じゃなくてこっち側に来てくれないか? 正直、すっごく助かるんだが……」
「……マスターから求められた。なんと嬉しいことでしょうか。思わず幸福の絶頂に上り詰めそうになりました」
し、下ネタじゃないよな? まだセーフだよな?
奴隷ちゃんとの会話は色々な意味でドキドキする。
本当、色々な意味で。
「本当はそうしたいところなのですが……それは、マスターをお助けすることにならないと確信しておりますので」
「いや、マジでそっちの方が助かるんだが……」
奴隷ちゃんと戦わなくていいというだけで、どれほど助かるか。
俺は本当にそう思っているつもりなのだが、彼女は首を横に振る。
「いいえ、それは違います」
「……そうか」
奴隷が主人の言うことを否定するというのは、かなり異例のことだ。
だが、奴隷ちゃんがやるなら別に何とも思わないし、その言葉には力があった。
俺も何も言えず、頷いてしまう。
「しかし、今や世界を脅かす最強最悪の組織である禍津會のリーダーが、たった一人でいるのは危険ですよ。私以外にも、マスターを狙う愚か者は大勢いるでしょう」
「ああ、確かに何度か襲撃を受けたよ。まあ……」
そう言えばと思い返す。
やけに襲撃が多くなったのは、それが理由かと。
確かに、禍津會のメンバーは全員強大な力を持っている。
そんな彼らがおらず、リーダー(とされている)が一人でのこのこ歩いていたら、暗殺に動くのは当然かもしれない。
「全部殺したけどさ」
ただ、マカの力を我が物顔で振り回す今の俺には、何ら脅威になりえなかった。
むしろ、彼女の力がどんどんと俺に馴染んでいっている。
俺は、かなり強くなっている。
……でも、奴隷ちゃんには負けそう。
「さすがです、マスター」
「人殺しをしてそんな褒められるとは思っていなかった」
「なるほど、お強いからこそ、護衛は必要ないということですね。確かに、私もそこらの有象無象が近くにいれば、邪魔でしかないですし。ルーダとかいう変な大男がついてきたがっていましたが、みぞおちに一発入れてぶっ倒してきました」
る、ルーダ……。
大丈夫かな。お腹に風穴があいていたりしないかな。
奴隷ちゃんの拳、ワイバーンも破裂させるくらいだし……。
「護衛がいないのは、俺が強いっていうより、奴隷ちゃん対策だな。俺が足止めしているうちに、計画を進める。それが理由だ」
正直、奴隷ちゃんが相手ならば、こちらが百人で固まっていたとしても意味がないだろう。
それなら、俺がボコられる時間の間に、リセットを進めてくれた方がいい。
結構反対意見も多かったが、それが一番だった。
そんなわけで、俺は一人でいるわけだけども……。
「なるほど。そうしてもらえたおかげで、うまくいきました」
「……うまく?」
奴隷ちゃんは、コクリと無表情のまま頷いた。
「禍津會は、マスター除いてすでに皆殺しにしました」
「…………んん?」
今、なんだかとんでもないことを言われなかった?
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