第116話 私は絶対におすすめです
「また、ね」
「ああ」
はにかむ少女を見て、理人も思わず笑みを浮かべる。
そして、彼は去って行った。
残されたのは、血だらけで倒れ伏す女と、解放された奴隷ちゃんだった。
たった一人で、この世界を生きていく。
困難しか待ち受けていないだろうが、それでも今の彼女は希望に満ち溢れていた。
なにせ、目的がしっかりと生まれたのだから。
理人の役に立つ、手助けをするという、とても大切な目的が。
「くっ、げほっ……」
その声は、奴隷ちゃんではないものだった。
血の塊を吐き出しているのは、女だった。
彼女は、まだ死んでいなかった。
「こ、こんな、この私が……クソ、クソぉ……!!」
美しい顔を鬼のように変貌させながら、必死に立ち上がろうとする。
しかし、受けたダメージは深刻で、うまく身動きが取れない状況のようだった。
そんな様子の女を、奴隷ちゃんはじっと見ていた。
今のうちに逃げ出すのが最適解であり、そうするべきだろう。
今なら、力を持たない奴隷ちゃんでも逃げ出すことは可能だ。
だが、彼女はそれをしなかった。
「はっ、でも、弱っているのは確かなようね。私を殺せていないんだから。すぐに怪我を治して、力を蓄えて……あの人間諸共殺してやる……!」
「…………」
復讐の散弾をつけ始める女を、やはり奴隷ちゃんはじっと見下ろしていた。
観察しているような、無機質な目だった。
理人がいれば……いや、常識的な考えを持つ人間がいれば、その目を見れば震え上がることだろう。
人間がしていい目ではなかったからだ。
だが、超常の存在である女は、気づくことはなかった。
「ん? まだいたの。バカね。いいわ、お前も使って……」
女の頭の中で、復讐の計画が積み上げられていく。
そこには、奴隷ちゃんのことを再度道具のように使う案もあった。
ニヤニヤと笑う女だが、そんな彼女に奴隷ちゃんはゆっくりと近づいていく。
「力がいる。あの人の役に立つために、力が……」
「……何をブツブツ言って」
ここに至って、ようやく女は彼女の変化に気づいた。
奴隷ちゃんの方から近づいてくるなんて、ネタ晴らしをする前ならよくあったことだが、地獄に突き落とした後では考えられない。
悲鳴を上げて逃げてもいいはずなのに、少女はそれをしない。
フラフラと、危ない足取りで近づいてくる。
「力のある者を喰らえば、その力を……」
「ち、近づくな。私にこれ以上近づいたら、また地獄に叩き落してやるわよ!?」
今まで感じたことのない恐怖を覚える女。
必死に逃れようとするが、マカによって痛めつけられた身体は、まったく思う通りに動いてくれない。
彼女が普段見下してあざ笑っていた人間のように、這って逃げようとする。
だが、そんな動きでは当然逃げることは叶わず、女のすぐそばに奴隷ちゃんがやってきて……。
「いただきます」
「あ、ぎゃあああああああああああああああ!?」
バリバリ、グチャグチャという悍ましい音と、それをかき消すような女の悲痛な叫び声が響き渡った。
「……おぉっ?」
『なんじゃ? いきなり身体を震わせおって』
「……いや、何か将来の俺がめちゃくちゃ苦労しそうな予感が……」
『はあ?』
怪我を治療中の理人が、そんなことを言ってマカに呆れられていた。
◆
奴隷ちゃんは超常の存在である女を喰らった。
そして、その力を簒奪したのだ。
もともと、彼女は女が戯れで作った存在。
だからこそ、女の力との適合性は非常に高く、その力を奪って何倍にも膨れ上がらせることができた。
そうして、彼女はこの世界でも有数……いや、最強の力を持つ存在になった。
それこそ、何でもすることができただろう。
とくに、この世界では暴力というのは非常に重要な地位を占める。
自分の欲望のままに行動することもできただろう。
だが、奴隷ちゃんはそんなことはしなかった。
そんなことに、何の魅力も感じなかった。
「……あの人の元に行かなければ」
奴隷ちゃんの脳裏にあるのは、理人のことだけだった。
初対面の自分を救うために、自分よりもはるかに格上の女と相対し、戦ってくれた。
そして、最後に別れるとき、約束したのだ。
必ず、あの人を助けると。
「まずはあの人の傍に身を置く必要があるのですが……どうしましょうか」
超常の力を手に入れて、理人のことをこっそりストーカーしていた奴隷ちゃん。
彼の傍に行くために、観察して分析をしていた。
そして、理人の行動原理などもすべて読み取る。
「あの思想では、私を押し売りしたところでどうにもならなそうですね」
異世界人に恨みなどがあるわけではないようだが、異世界人を仲間にすることはなさそうだ。
ならば、『強くなったからあなたの手助けをさせてください』という王道ルートはすでに閉ざされた。
何とか理人が受け入れざるを得ない状況を作るしかない。
そうして、少女が考え付いたのが……。
「よし、奴隷になりましょう」
そうなった。
「あれ、こんな奴隷いたっけ……?」
適当に見繕った奴隷商人の中に商品として入り込む。
不思議そうにしている商人であったが、見た目は非常に整っている少女であるから、特に考えることなく受け入れた。
なお、自分の愛妾にしようとしたところ、なぜか毎回意識を失うので、不気味に思って近づかないようになっていた。
ついでとばかりに暗示をかけ、理人が拠点としている街に行商に行くように仕向け、また彼が通りかかれば無理やりにでも引っ張ってくるように命じる。
そして……。
「――――――もし」
「うん?」
彼女は、数年ぶりに、ようやく理人と再会できた。
彼はすっかり自分のことなど忘れているようだった。
自分と出会ってからも、それ以上に濃い経験をしたからだろう。
だが、それでもいい。
自分のすべきことは、すでに決まっているのだから。
「私は絶対におすすめですむしろ私以外の奴隷なんて必要ないと思います絶対にそうだと思います何せ私はとても頑丈そこの醜いおっさんが言っているとおり病気も怪我もしません無敵ですはい食事だって別に必要ではありません不要です飲み物も必要ではありません不要です余裕ですゴキブリ並みの生命力ですから私奴隷としての利用価値も高いです私めちゃくちゃ強いです余裕で勇者も魔王も殺せますワンパンです任せてください攻撃も一切効きません刃物も皮膚を通りませんガキンとなって刃物が砕けます家事能力も万全です料理できます適当に何でも黒くなるまで焼けば食べられます散らかっている部屋は一度ドーンとすれば綺麗になります更地になりますもちろん奴隷としての本分である性欲処理もばっちりですばっちこいです私巨乳ですしあなた様の劣情を一身に受け止めることが可能です先ほど飲み物は不要といいましたがあなた様から排出される体液で余裕でのどを潤せます無敵です私を買わない選択肢はないと思いますということで私お買い上げでよろしいですね毎度あり」
「えぇ……」
こうして、少女は奴隷ちゃんとなり、理人の傍に侍ることになったのであった。
久々に会えた嬉しさと何とか一緒にいられるためにと、かなり早口になってアピールしたことは、後々鉄仮面の奴隷ちゃんを赤面させる黒歴史になった。
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